◇第八十話◇闇に紛れて消える馬車
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安全運転よりもスピードを重視された馬車は、さっきから左右に揺れながら、最高速度で兵舎に戻っているようだった。
爆弾騒ぎの雑踏から抜けた馬車の窓から見える景色は、あっという間に寂しい夜の街へと変わっていた。
(みんな…、無事でありますように。)
窓の外を眺めながら、私はひたすら願った。
崩れていたロビーの下から流れ出る血の記憶が、不安を煽る。
1回目の爆発は会場の中からだったはずだ。
だから、たぶん、2回目の爆発がロビーなんじゃないかと思っている。
あのとき、調査兵団の兵士達は既に誘導を始めていた。ロビーにも何人もいたはずだ。
ということは、あの爆発に巻き込まれていた可能性が高いー。
会場の受付で見かけたジャンのことも心配だった。
その奥が爆発の起きたロビーだった。巻き込まれていなければいい。
「リヴァイ兵長は本当に兵舎に戻ってしまったんですか?」
どうしても信じられなくて、何度目かの確認をした。
だって、リヴァイ兵長が私を連れて逃げようとしたのはロビーとは反対方向だった。
それに、冷たいように見えて誰よりも仲間想いのリヴァイ兵長が、爆弾騒ぎの中に調査兵を残して自分だけ兵舎に戻るなんて、彼らしくない。
だがー。
「巨人相手じゃないどうでもいい仕事は、俺達に任せるってよ。
偉いと恋人連れてパーティー出かけたり、
マズいことがあれば、すぐに逃げられるんだからいいよな。」
金髪の若い調査兵が言うと、茶髪の調査兵達も同調して非難し始める。
下っ端は働かされるばかりで割に合わないー。
そればかりが繰り返されて、嫌になって私はまた窓の外を眺め出す。
馬車に乗ってから、彼らの名前を教えてもらったけれど、聞き覚えはなかった。
調査兵団の兵士、全員を把握しているわけじゃない。
顔に見覚えだけはあったから、少なくとも兵舎ですれ違うくらいはしたことがあるのだろう。
(あれ…?)
トロスト区へ続く内門へ向かっているとばかり思っていた馬車が、壁から離れて行っていることに気が付いた。
建物の中に人の気配を感じていた街並みからも外れ、工場地帯のような場所へ入っていく。
「道を間違ってますよ。内門に続く道は、あっちです。」
私は、後ろの方を指さして、調査兵達に教えた。
ただ、単純に、道を間違えたのかと思った。
でもー。
「内門には行かねぇから、こっちでいいんだよ。」
「え?」
悪びれもせず、当然のように言い放った金髪の調査兵の隣で、茶髪の調査兵がニヤリと口を歪めた。
そこでようやく、私は違和感を覚える。
いや、もうとっくに、何かがおかしいことには気づいていたはずだ。
それなのに、どうして信じてしまったのかー。
「降ろして。」
立ち上がろうとする私の腕を、隣に座っていた茶髪の調査兵が掴んだ。
腰のあたりに硬いものが当たったことに気が付いて、瞳だけを動かして確認する。
調査兵団のマントの下から覗くのは、拳銃だった。
茶髪の調査兵は、引き金に指をかけている。
いや、彼らが本当に調査兵かどうかすら怪しい。
だって、調査兵団の兵士達は、リヴァイ兵長がどんな男かを知っている。
部下を駒扱いなんて絶対にしないし、むしろ命を懸けて守ろうとしてくれる。
それに、私とリヴァイ兵長が恋人のフリをしてあの場にいたことだって、きっと知っているはずだ。
「撃たれたくなけりゃ、座れ。」
拳銃を腰に押し当てる茶髪の男が、低い声を出す。
馬車の中は、いつの間にか殺気で包まれていた。
「綺麗な身体も、穴が空いちまったら魅力半減だぜ?」
金髪の男が口元をニヤつかせて言うが、瞳は本気だった。
本気で、人を殺すことを躊躇していないー。
仕方なく腰をおろした私を見て、男達は満足気に口元を歪めた。
「あなた達、誰。目的は何。」
「さっきも言っただろ?俺達は、お前の王子様の駒だ。
他の奴らは死んでも構わねぇが、
お前だけは安全な場所に連れて行くように指示されてんだよ。」
「リヴァイ兵長はそんな風に部下を扱ったりしないわ。」
「へぇ~、噂通り、すげぇ惚れてんだな。あんなチビのどこがいいんだか。」
前屈みになった金髪の男は、私の顎を指で摘まむと無理やり顔を上げさせた。
そして、ジロジロと見てくる気持ちの悪い瞳を睨みつけてから顔を反らせば、男はそれが嬉しそうに口元を歪めた。
それで、思い出したー。
「あなた達、前にトロスト区で私に絡んできた…っ!」
「やぁーっと気づいたかよ。」
金髪の男は椅子に深く腰掛けると、面白そうに口の端を上げた。
「兵団服着てりゃ、誰にも怪しまれねぇし
雰囲気が変わるからお前にも気づかれねぇってマジだったんだな。
助かったぜ。」
「あなた達が、爆弾騒ぎの犯人なの。」
「まさか。俺達は借りを返すチャンスを貰っただけだ。
やられっぱなしなんて、俺の流儀に反するからさぁ。」
「どういうことよ。じゃあ、爆弾は何なの。あなた達とは別なの?」
爆弾騒ぎの犯人がここにいるのなら、もうパーティー会場で爆発が起こることはない。
一瞬そう思っただけに、彼らが爆弾騒ぎの犯人ではないと知り、また不安が胸を占め始める。
「言っただろ?俺達は駒なんだよ。お前を安全な場所へ連れて行くのが俺達の仕事だ。」
「爆弾犯がそう言ったの?私の知ってる人ってことなの?」
「質問には答えるつもりはねぇ。
あー、でも、それだけじゃつまらねぇから、ヒントはやろうか。」
「ヒント?」
「あぁ、そう、ヒントだ。」
金髪の男は、ジャケットの内ポケットから銃を取り出すと、それを私の額に押し当てた。
そして、睨みつける私を見て、心から楽しそうに口を開いた。
「俺達も本当はか弱いお姫様を襲うのなんて、本意じゃねぇんだよ。
指示されてってのも面白みがねぇ。報酬もたんまりもらったし、
お前を襲うのはただの副産物だ。」
「…それで、ヒントってなによ。」
「まぁ、焦るな。お前は知ってるはずだ。
悪魔を鎮める魔法の呪文を。」
「魔法の呪文?」
どこかで聞いたことのあるフレーズが、私の記憶の奥を刺激しようとしていた。
でも、いつ、どこで聞いたのか、思い出せない。
そんな私の頭の中が見えたみたいに、金髪の男は面白そうに口元を歪める。
「その魔法の呪文をお前が唱えられたら、俺達はお前から引く。
そうすりゃ、お前は自由の身だ。
でも、唱えられなけりゃ…バーンッ。」
金髪の男が、ふざけて銃を撃ったフリをした。
それが合図だったみたいに、隣に座る茶髪の男に、口元にハンカチを押し付けられた。
途端に急激な眠気に襲われる。
「せいぜい必死に魔法の呪文を唱えるんだなー。」
意識を失っていく瞳の向こうで、金髪の男が嬉しそうに口の端を上げたのが見えたー。
爆弾騒ぎの雑踏から抜けた馬車の窓から見える景色は、あっという間に寂しい夜の街へと変わっていた。
(みんな…、無事でありますように。)
窓の外を眺めながら、私はひたすら願った。
崩れていたロビーの下から流れ出る血の記憶が、不安を煽る。
1回目の爆発は会場の中からだったはずだ。
だから、たぶん、2回目の爆発がロビーなんじゃないかと思っている。
あのとき、調査兵団の兵士達は既に誘導を始めていた。ロビーにも何人もいたはずだ。
ということは、あの爆発に巻き込まれていた可能性が高いー。
会場の受付で見かけたジャンのことも心配だった。
その奥が爆発の起きたロビーだった。巻き込まれていなければいい。
「リヴァイ兵長は本当に兵舎に戻ってしまったんですか?」
どうしても信じられなくて、何度目かの確認をした。
だって、リヴァイ兵長が私を連れて逃げようとしたのはロビーとは反対方向だった。
それに、冷たいように見えて誰よりも仲間想いのリヴァイ兵長が、爆弾騒ぎの中に調査兵を残して自分だけ兵舎に戻るなんて、彼らしくない。
だがー。
「巨人相手じゃないどうでもいい仕事は、俺達に任せるってよ。
偉いと恋人連れてパーティー出かけたり、
マズいことがあれば、すぐに逃げられるんだからいいよな。」
金髪の若い調査兵が言うと、茶髪の調査兵達も同調して非難し始める。
下っ端は働かされるばかりで割に合わないー。
そればかりが繰り返されて、嫌になって私はまた窓の外を眺め出す。
馬車に乗ってから、彼らの名前を教えてもらったけれど、聞き覚えはなかった。
調査兵団の兵士、全員を把握しているわけじゃない。
顔に見覚えだけはあったから、少なくとも兵舎ですれ違うくらいはしたことがあるのだろう。
(あれ…?)
トロスト区へ続く内門へ向かっているとばかり思っていた馬車が、壁から離れて行っていることに気が付いた。
建物の中に人の気配を感じていた街並みからも外れ、工場地帯のような場所へ入っていく。
「道を間違ってますよ。内門に続く道は、あっちです。」
私は、後ろの方を指さして、調査兵達に教えた。
ただ、単純に、道を間違えたのかと思った。
でもー。
「内門には行かねぇから、こっちでいいんだよ。」
「え?」
悪びれもせず、当然のように言い放った金髪の調査兵の隣で、茶髪の調査兵がニヤリと口を歪めた。
そこでようやく、私は違和感を覚える。
いや、もうとっくに、何かがおかしいことには気づいていたはずだ。
それなのに、どうして信じてしまったのかー。
「降ろして。」
立ち上がろうとする私の腕を、隣に座っていた茶髪の調査兵が掴んだ。
腰のあたりに硬いものが当たったことに気が付いて、瞳だけを動かして確認する。
調査兵団のマントの下から覗くのは、拳銃だった。
茶髪の調査兵は、引き金に指をかけている。
いや、彼らが本当に調査兵かどうかすら怪しい。
だって、調査兵団の兵士達は、リヴァイ兵長がどんな男かを知っている。
部下を駒扱いなんて絶対にしないし、むしろ命を懸けて守ろうとしてくれる。
それに、私とリヴァイ兵長が恋人のフリをしてあの場にいたことだって、きっと知っているはずだ。
「撃たれたくなけりゃ、座れ。」
拳銃を腰に押し当てる茶髪の男が、低い声を出す。
馬車の中は、いつの間にか殺気で包まれていた。
「綺麗な身体も、穴が空いちまったら魅力半減だぜ?」
金髪の男が口元をニヤつかせて言うが、瞳は本気だった。
本気で、人を殺すことを躊躇していないー。
仕方なく腰をおろした私を見て、男達は満足気に口元を歪めた。
「あなた達、誰。目的は何。」
「さっきも言っただろ?俺達は、お前の王子様の駒だ。
他の奴らは死んでも構わねぇが、
お前だけは安全な場所に連れて行くように指示されてんだよ。」
「リヴァイ兵長はそんな風に部下を扱ったりしないわ。」
「へぇ~、噂通り、すげぇ惚れてんだな。あんなチビのどこがいいんだか。」
前屈みになった金髪の男は、私の顎を指で摘まむと無理やり顔を上げさせた。
そして、ジロジロと見てくる気持ちの悪い瞳を睨みつけてから顔を反らせば、男はそれが嬉しそうに口元を歪めた。
それで、思い出したー。
「あなた達、前にトロスト区で私に絡んできた…っ!」
「やぁーっと気づいたかよ。」
金髪の男は椅子に深く腰掛けると、面白そうに口の端を上げた。
「兵団服着てりゃ、誰にも怪しまれねぇし
雰囲気が変わるからお前にも気づかれねぇってマジだったんだな。
助かったぜ。」
「あなた達が、爆弾騒ぎの犯人なの。」
「まさか。俺達は借りを返すチャンスを貰っただけだ。
やられっぱなしなんて、俺の流儀に反するからさぁ。」
「どういうことよ。じゃあ、爆弾は何なの。あなた達とは別なの?」
爆弾騒ぎの犯人がここにいるのなら、もうパーティー会場で爆発が起こることはない。
一瞬そう思っただけに、彼らが爆弾騒ぎの犯人ではないと知り、また不安が胸を占め始める。
「言っただろ?俺達は駒なんだよ。お前を安全な場所へ連れて行くのが俺達の仕事だ。」
「爆弾犯がそう言ったの?私の知ってる人ってことなの?」
「質問には答えるつもりはねぇ。
あー、でも、それだけじゃつまらねぇから、ヒントはやろうか。」
「ヒント?」
「あぁ、そう、ヒントだ。」
金髪の男は、ジャケットの内ポケットから銃を取り出すと、それを私の額に押し当てた。
そして、睨みつける私を見て、心から楽しそうに口を開いた。
「俺達も本当はか弱いお姫様を襲うのなんて、本意じゃねぇんだよ。
指示されてってのも面白みがねぇ。報酬もたんまりもらったし、
お前を襲うのはただの副産物だ。」
「…それで、ヒントってなによ。」
「まぁ、焦るな。お前は知ってるはずだ。
悪魔を鎮める魔法の呪文を。」
「魔法の呪文?」
どこかで聞いたことのあるフレーズが、私の記憶の奥を刺激しようとしていた。
でも、いつ、どこで聞いたのか、思い出せない。
そんな私の頭の中が見えたみたいに、金髪の男は面白そうに口元を歪める。
「その魔法の呪文をお前が唱えられたら、俺達はお前から引く。
そうすりゃ、お前は自由の身だ。
でも、唱えられなけりゃ…バーンッ。」
金髪の男が、ふざけて銃を撃ったフリをした。
それが合図だったみたいに、隣に座る茶髪の男に、口元にハンカチを押し付けられた。
途端に急激な眠気に襲われる。
「せいぜい必死に魔法の呪文を唱えるんだなー。」
意識を失っていく瞳の向こうで、金髪の男が嬉しそうに口の端を上げたのが見えたー。