◇第七十九話◇廻りだす運命の歯車
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爆発に巻き込まれまいと、周辺の住民まで家から出て逃げだしてしまったから、会場のまわりは見渡す限り人で溢れていた。
貴族も巻き込んだ爆弾騒ぎを聞きつけ、近隣に駐在していた憲兵も少しずつ集まりだしているようだった。
ただちになまえを探し出せー。
そんな緊迫した指令が届いてから、まだ数分しか経っていないはずだ。
それなのに、急がないと今すぐにでも手遅れになってしまうような、漠然とした不安がジャンを必要以上に焦らせていた。
(クソッ、どういうことだよ…!)
拳を握り、忙しなく左右に動く瞳に怒りと不安を揺らし、ジャンは人の群れの中から必死になまえの姿を探す。
『爆弾は目くらましにすぎん。
何かしらのかたちで必ずなまえが狙われる。
お前達は、なまえの周りで不審な動きがないか注意しておいてくれ。』
最初の爆弾騒ぎが起きた日の夜、酔い覚ましに宿舎を歩き回っていたジャンは、人気の少ない廊下の端で、分隊長のミケが数名の精鋭兵達にそんな指示を出しているのをたまたま聞いてしまった。
なまえの元婚約者の王子様が関係しているようなことを言っていたが、なぜそんなことになっているのかまでは聞こえてこなかった。
ただ分かったのは、大切な人の命が危ないということー。
それだけ分かれば、これからどうすべきかなんて決まっていた。
だからー。
「無事でいてくれ…!」
願をかけるように、敢えて口に出した。
その途端、むしろ不安は色を濃くして、胸の中を支配し始める。
今夜のパーティーに、爆弾騒ぎの担当調査兵達だけではなく精鋭兵までもが警備に入ると聞いたとき、嫌な予感はしたのだ。
何か悪いことが起こるような、それはなまえを傷つけるようなー。
そしてそれは、パーティー会場でなまえの姿を見つけた時、確信に変わった。
あのときもっとちゃんと反対していたらー。
押し寄せてくる後悔は、視界の奥に見つけた男への怒りへとかたちを変えるー。
難しい顔で話している数名の精鋭兵達のそばにいるエルヴィン、彼に何かを言っているのはリヴァイだった。
まるで、それが当然であるかのように、その隣になまえの姿はない。
それが、リヴァイの元へ向かうジャンの足を無意識に早くする。
「なまえがいないってどういうことですか。」
リヴァイの前に立ったジャンは、怒りを含んだ静かな声で責めた。
「君はなまえと親しい新兵だね。この人混みではぐれたんだ。
なまえが心配なのは分かる。とにかく今は探そう。」
リヴァイとの間に入ったのは、見覚えのある精鋭兵だった。
クリスタの所属する班の班長でナナバという名前だったはずだ。
ミケに、なまえが爆弾犯に狙われていると聞かされていた調査兵の1人ー。
不安と焦り、何も出来ない自分への苛立ちで、ジャンは声を荒げた。
「アンタ達は、なまえを囮にして爆弾犯をおびき出そうとしたんだろ!?」
「なぜそれを…!?」
言ってしまってから失言に気づいたらしいナナバはハッと口を噤んだあと、ばつが悪そうに頭を掻いた。
やっぱりー。
さらに怒りを募らせるばかりのジャンに、ナナバは、言い訳にしか聞こえない言葉を続けた。
「このままでは、捜査を任された調査兵団の立場も危うかった。
それに、いつまでも爆弾犯を野放しにしてるわけにもいかなかったんだ。
どうにかして尻尾を掴まないとー。」
「そんな言い訳を聞きたいんじゃないんです!」
説得しようとしてくるナナバの肩を押し、ジャンはリヴァイに詰め寄る。
「アイツは何も知らねぇで…!それでも、リヴァイ兵長を信じてついてきたんじゃないんですか?!
それなら、最後までちゃんと守ってくれよ!なんで1人にしちまうんですか…!?」
怒りに任せたまま声を荒げた。
殴りたいのに殴れないジャンの拳は震えていた。
悔しかったー。
自分なら絶対に手を離さない、守ってやる。たとえば、命にかえたって。
そう、自信を持って言えるのに、それをなまえが望まない。
自分の手を、握ってはもらえないー。
なまえは、伸ばした手を振りほどく男ばかりを求めて、信じて、そして、結局、ひとりで傷つく。
それを自分はいつも見てることしかできなかった。
それでもなまえを守りたくて必死に爆弾犯を探していたはずなのに、今、こうして、嫉妬の対象を責めることしか出来ないなんてー。
せめて、少しくらい、リヴァイが狼狽えていれば気持ちも違っていたかもしれないのに、いつも通りの冷静な顔をしてるから、余計に腹が立った。
「言いてぇことはそれだけか。」
「な…!?」
せめて、何かしらの反応があると思っていた。
まるで、どうでもいいことのように自分を見るリヴァイが、ジャンは信じられなかった。
思わず言葉を飲み込んだジャンを見て、話は終わったと思ったのか、リヴァイは横を通り抜けてどこかへ行こうとする。
「なまえに悪いと少しも思わないんですか?!」
ジャンの怒り任せの声がリヴァイを追いかけた。
すると、リヴァイは、仕方なくという様子で振り返った。
「思えば、なまえは見つかるのか。」
「そんな屁理屈を聞いてるんじゃー。」
「俺は今、少しでも時間が惜しい。アイツになら、後からいくらでも詫びる。
てめぇの文句も好きなだけ聞いてやる。
だが、なまえを見つけてからだ。」
リヴァイにしては早口で続けられた言葉に、ジャンは漸く口を閉ざす。
言い返す言葉がないのは、自分の方だったと気付いた。
「待て、リヴァイ。この騒動の中で闇雲に動き回るのは効率的ではない。
とりあえず、なまえを探している精鋭兵達の報告を待て。」
「俺達が大勢集まって待ってる間、アイツはどうしてればいい?
1人でいろってことか?それとも、爆弾とお友達のクソ野郎と仲良くしとけってことか。」
「そうは言ってない。この会場の間取りは全て把握してある。
それに、 参加者リストに協力しそうな人間の名前もなかった。来るなら外からだ。
その入口も出口も精鋭兵が塞いでいる。まだ会場にいればすぐ見つかる。」
「だが、まだ見たかってねぇ。
それなのに、貴族らはほとんど外に出たらしいじゃねぇか。」
エルヴィンとリヴァイの睨み合いが始まった。
さっき、ジャンがリヴァイを見つけた時も、同じようにしていたことを思い出す。
もしかしたらー。
今、なまえを一番必死に探しているのはリヴァイなのかもしれない。
そんなことに気づいて、嫉妬や悔しさに混じって、虚しさを感じた。
どう足掻いても、自分は蚊帳の外なのかー。
「エルヴィン団長!なまえと一緒にいたという親子を見つけました!」
人混みの向こうから、興奮気味に走ってやってくる精鋭兵が見えた。
ナナバとよく一緒にいる、ゲルガーだ。
彼の後ろから、小さな男の子を抱いた給仕係だと思われる女もやってきている。
「一緒にいた、てのはどういうことだ。
アイツは今、どこにいる?!」
「落ち着け、リヴァイ。
とにかく、分かることを教えてくれ。」
ゲルガーに詰め寄るリヴァイの必死の問いをエルヴィンが制止する。
リヴァイの気迫に押され、不安そうな女性に代わり、ゲルガーが聞いた情報を話し始める。
「迷子を見つけて母親を探してた女ってのが、なまえと特徴が似てるんだ。
その女は、母親に息子預けた後、一緒にいた調査兵達と兵舎に帰ったらしい。」
「え?帰ったの?」
ナナバがキョトンとした表情になったが、同じような顔をした自信がジャンにもあった。
とんだ拍子抜けだ。
「ったく、なんだよ…っ。」
ジャンは、乱暴に頭を掻く。
必死に探してたのに、もう兵舎に帰っていたなんてー。
なまえを見つけた調査兵も、ちゃんと報告をしてくれればこんな大騒動にならなかったのにー。
それでもホッとして、緊張で強張っていた顔が緩んでいくのを感じた。
「なまえを連れて帰ったのが誰かは分かってるのか。」
「いや、それがわからないんです。
今、ミケ分隊長に報告がいってないか確認しているところです。
見つけたらすぐにリヴァイ兵長のところに連れていくように指示があったはずなんすけど…。」
ゲルガーは困ったように眉尻を下げたが、またいつ爆発が起こるかも分からない場所になまえを留めておく方が不安なジャンには、その調査兵の気持ちも分からなくもなかった。
だからって本当に上官に報告もしないで勝手な行動をとっていたのなら、それは褒められたことではないけれどー。
「ゲルガーさん!」
それからすぐに走ってやってきたのは、ゲルガーの班に所属するまだ若い調査兵だった。
そばにエルヴィンとリヴァイも一緒にいることに気づくと、敬礼をしてから口を開いた。
「おう、ミケ分隊長に確認出来たか?」
「それが、ミケ分隊長のところにも報告はなかったようです。
今、この会場にいないのが誰かを確認してるところですが、
二度目のロビー爆発の時に数名の調査兵が巻き込まれていて、把握するのに時間がかかりそうです。」
「そうか…、了解だ。
とりあえず、お前は貴族の誘導と憲兵への状況説明をしておいてくれ。」
「はっ!」
急いで人の群れの中に戻っていく若い調査兵の背中を見ながら、ナナバが困ったように息を吐いた。
「まったく、誰だ、勝手な行動をとったやつは。
私の班なら、明日から飯抜きだ。」
ため息交じりながらも、一応は安心したようだった。
だが、エルヴィンとリヴァイの表情は硬いままだ。
「兵舎に戻る。」
「待て、リヴァイ。それは母親の話を聞いてからだ。」
「…チッ。」
すぐさま走り出しそうな身体をなんとかここに留めている様子のリヴァイは、苛立っているようではあったが、エルヴィンの指示に従った。
それを確認してから、エルヴィンは女性に訊ねる。
「おそらく、貴女の息子と一緒にいたのは私の部下だ。
私達は今、彼女を探しているのだが、
彼女と一緒にいた調査兵の特徴は覚えているだろうか?」
「若い調査兵の方達でした。1人は金髪で、残りの2人は茶髪で…。
すみません、女性の方としか話していないので…、お顔はあまり覚えていません。」
女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
金髪や茶髪なんてたくさんいる。
あまり有力な情報とは言えないが、兵舎に帰ればすぐにわかることだ。
それなのに、エルヴィンとリヴァイが何を焦っているのかー。
ジャンには分からなかった。
「たとえば、何か気になったことはなかったかな。」
「気になったことですか?えっと…。」
母親には、何か気になったことがあったようだった。
だが、口を開きかけたものの、エルヴィンやリヴァイ、周りにいる調査兵達をチラチラと見るばかりでなかなか続きを話し出してはくれなかった。
調査兵達の目を気にしているように見えた。
何か言いづらいことを言おうとしているようなー。
そう思ったのはジャンだけではなかったようで、エルヴィンが、どんなことでも構わないから話してほしいと伝えれば、漸く母親が続きを話し出す。
「なまえさんという方はとても感じのいい女性で、
子供も優しいお姉ちゃんだったと言っていました。
子供を助けてくれて私もとても感謝しています。ただ…。」
母親はまた、言いづらそうな顔をして調査兵達をチラチラと見る。
「大丈夫だ。気にしないで、教えてくれ。」
「一緒にいらした兵士さん達は、すごく感じが悪くて…。」
母親が、尻しぼみになりながら教えてくれたそれを聞いて、言いづらそうにしていた理由を理解する。
それは、調査兵達、しかも団長の前では言いたくないだろう。
「どんな感じにかな?私は部下を指導しなければならない立場にある。
詳しく教えてもらえると助かるのだが。」
エルヴィンがそう言うと、母親はホッとしたようで言葉を少し饒舌にした。
その調査兵達に対して、思うことが多々あったようだ。
「女性の方をとにかく出来るだけ早く兵舎に連れて帰りたいようでした。
だから、迷子の息子のことを邪魔に思っていたようで
私を探している間も、息子は、おねえちゃんは優しかったけど、おにいちゃんは怖かったと…。」
「それは息子さんにも申し訳ないことをしてしまった。
私からも謝らせてくれ。
具体的に何か言っていたとか、言われたとかはあるかな?」
「いえ…、無理して親切にしてるような嫌な笑顔ではありましたけど
ひどいことを言われたりは…。
あ、でも…。」
「でも、何かな?」
「いえ…、私に何か言われたわけではないので、大丈夫です。」
母親は思い直したように言って、首を横に振った。
だが、どうしてもその続きをエルヴィンは聞きたいようだった。
教えてほしいとお願いすると、躊躇いがちに母親はなまえが若い調査兵に言われていた言葉というのを教えてくれた。
「女性の方は、ここに残っている方達を…たぶん、皆さんのことをとても心配していて
兵舎には戻りたくないようでした。それを若い兵士さん達が無理やり説得している感じで…
リ…、なんとかって…、あの、強い兵士さんいらっしゃいますよね?有名な方…。」
「リヴァイかな?」
「あぁ!そうです!そのリヴァイ兵長さんって方が先に兵舎に戻って
心配して待ってるって言われて、ようやく納得して馬車に乗って帰って行かれました。
リヴァイ兵長さんの恋人さんですか?」
母親は、目の前にいるのが、そのリヴァイ兵長だということに気づいていないようだった。
兵団についての知識があまりないのかもしれない。
そういう民間人も少なくないので、驚きもしない。
ただー。
母親の話をうまく咀嚼できずにいるジャンとは裏腹に、リヴァイやエルヴィン、ナナバ達は瞬時に理解出来たようだ。
しかも、悪い方向にー。
焦った顔を見せられて、ジャンも不安になっていく。
「クソ…ッ。」
リヴァイ兵長は舌打ちをすると、すぐに駆け出した。
「ゲルガー、君はリヴァイと一緒に兵舎に急いで戻って
本当になまえが帰っていないか確認してくれ。
我々の想像通りなら、数名を兵舎に待機させ、残りは総出でなまえの捜索だ。」
「了解です。エルヴィン団長は?」
「貴族が被害にあった上、憲兵団も集まっている状況だ。
私はここから離れられない。そっちの指揮はミケに任せよう。」
「はっ!」
敬礼で応えたゲルガーは、近くにいた自分の班の班員に至急トロスト区へ戻るようミケへの伝言を頼んだ後、自分も急いで走っていった。
そんな中、ジャンは、ほんの少し前まで漠然としていた焦りと不安に襲われていた。
悪いことが起こっている、それは自分が想像した一番最悪の事態に繋がるものでー。
でも、頭が回らない。
母親の言葉に覚えた違和感も、頭が拒否しているみたいに、何だったか分からない。
傷つくなまえを想像したくない心が、頭の回転をストップさせようとしているようだった。
「エルヴィン団長、本当に兵士がなまえを攫ったのでしょうか?」
ナナバは、どうしても信じられないと言う顔でエルヴィンを見上げた。
「それはまだ分からない。
だが、兵団服を着ていたということは、
どちらにしろ兵士の中に協力者がいるということだ。」
エルヴィン団長の鋭い眼光の先で、王子様が嬉しそうに笑ったのが見えた気がした。
貴族も巻き込んだ爆弾騒ぎを聞きつけ、近隣に駐在していた憲兵も少しずつ集まりだしているようだった。
ただちになまえを探し出せー。
そんな緊迫した指令が届いてから、まだ数分しか経っていないはずだ。
それなのに、急がないと今すぐにでも手遅れになってしまうような、漠然とした不安がジャンを必要以上に焦らせていた。
(クソッ、どういうことだよ…!)
拳を握り、忙しなく左右に動く瞳に怒りと不安を揺らし、ジャンは人の群れの中から必死になまえの姿を探す。
『爆弾は目くらましにすぎん。
何かしらのかたちで必ずなまえが狙われる。
お前達は、なまえの周りで不審な動きがないか注意しておいてくれ。』
最初の爆弾騒ぎが起きた日の夜、酔い覚ましに宿舎を歩き回っていたジャンは、人気の少ない廊下の端で、分隊長のミケが数名の精鋭兵達にそんな指示を出しているのをたまたま聞いてしまった。
なまえの元婚約者の王子様が関係しているようなことを言っていたが、なぜそんなことになっているのかまでは聞こえてこなかった。
ただ分かったのは、大切な人の命が危ないということー。
それだけ分かれば、これからどうすべきかなんて決まっていた。
だからー。
「無事でいてくれ…!」
願をかけるように、敢えて口に出した。
その途端、むしろ不安は色を濃くして、胸の中を支配し始める。
今夜のパーティーに、爆弾騒ぎの担当調査兵達だけではなく精鋭兵までもが警備に入ると聞いたとき、嫌な予感はしたのだ。
何か悪いことが起こるような、それはなまえを傷つけるようなー。
そしてそれは、パーティー会場でなまえの姿を見つけた時、確信に変わった。
あのときもっとちゃんと反対していたらー。
押し寄せてくる後悔は、視界の奥に見つけた男への怒りへとかたちを変えるー。
難しい顔で話している数名の精鋭兵達のそばにいるエルヴィン、彼に何かを言っているのはリヴァイだった。
まるで、それが当然であるかのように、その隣になまえの姿はない。
それが、リヴァイの元へ向かうジャンの足を無意識に早くする。
「なまえがいないってどういうことですか。」
リヴァイの前に立ったジャンは、怒りを含んだ静かな声で責めた。
「君はなまえと親しい新兵だね。この人混みではぐれたんだ。
なまえが心配なのは分かる。とにかく今は探そう。」
リヴァイとの間に入ったのは、見覚えのある精鋭兵だった。
クリスタの所属する班の班長でナナバという名前だったはずだ。
ミケに、なまえが爆弾犯に狙われていると聞かされていた調査兵の1人ー。
不安と焦り、何も出来ない自分への苛立ちで、ジャンは声を荒げた。
「アンタ達は、なまえを囮にして爆弾犯をおびき出そうとしたんだろ!?」
「なぜそれを…!?」
言ってしまってから失言に気づいたらしいナナバはハッと口を噤んだあと、ばつが悪そうに頭を掻いた。
やっぱりー。
さらに怒りを募らせるばかりのジャンに、ナナバは、言い訳にしか聞こえない言葉を続けた。
「このままでは、捜査を任された調査兵団の立場も危うかった。
それに、いつまでも爆弾犯を野放しにしてるわけにもいかなかったんだ。
どうにかして尻尾を掴まないとー。」
「そんな言い訳を聞きたいんじゃないんです!」
説得しようとしてくるナナバの肩を押し、ジャンはリヴァイに詰め寄る。
「アイツは何も知らねぇで…!それでも、リヴァイ兵長を信じてついてきたんじゃないんですか?!
それなら、最後までちゃんと守ってくれよ!なんで1人にしちまうんですか…!?」
怒りに任せたまま声を荒げた。
殴りたいのに殴れないジャンの拳は震えていた。
悔しかったー。
自分なら絶対に手を離さない、守ってやる。たとえば、命にかえたって。
そう、自信を持って言えるのに、それをなまえが望まない。
自分の手を、握ってはもらえないー。
なまえは、伸ばした手を振りほどく男ばかりを求めて、信じて、そして、結局、ひとりで傷つく。
それを自分はいつも見てることしかできなかった。
それでもなまえを守りたくて必死に爆弾犯を探していたはずなのに、今、こうして、嫉妬の対象を責めることしか出来ないなんてー。
せめて、少しくらい、リヴァイが狼狽えていれば気持ちも違っていたかもしれないのに、いつも通りの冷静な顔をしてるから、余計に腹が立った。
「言いてぇことはそれだけか。」
「な…!?」
せめて、何かしらの反応があると思っていた。
まるで、どうでもいいことのように自分を見るリヴァイが、ジャンは信じられなかった。
思わず言葉を飲み込んだジャンを見て、話は終わったと思ったのか、リヴァイは横を通り抜けてどこかへ行こうとする。
「なまえに悪いと少しも思わないんですか?!」
ジャンの怒り任せの声がリヴァイを追いかけた。
すると、リヴァイは、仕方なくという様子で振り返った。
「思えば、なまえは見つかるのか。」
「そんな屁理屈を聞いてるんじゃー。」
「俺は今、少しでも時間が惜しい。アイツになら、後からいくらでも詫びる。
てめぇの文句も好きなだけ聞いてやる。
だが、なまえを見つけてからだ。」
リヴァイにしては早口で続けられた言葉に、ジャンは漸く口を閉ざす。
言い返す言葉がないのは、自分の方だったと気付いた。
「待て、リヴァイ。この騒動の中で闇雲に動き回るのは効率的ではない。
とりあえず、なまえを探している精鋭兵達の報告を待て。」
「俺達が大勢集まって待ってる間、アイツはどうしてればいい?
1人でいろってことか?それとも、爆弾とお友達のクソ野郎と仲良くしとけってことか。」
「そうは言ってない。この会場の間取りは全て把握してある。
それに、 参加者リストに協力しそうな人間の名前もなかった。来るなら外からだ。
その入口も出口も精鋭兵が塞いでいる。まだ会場にいればすぐ見つかる。」
「だが、まだ見たかってねぇ。
それなのに、貴族らはほとんど外に出たらしいじゃねぇか。」
エルヴィンとリヴァイの睨み合いが始まった。
さっき、ジャンがリヴァイを見つけた時も、同じようにしていたことを思い出す。
もしかしたらー。
今、なまえを一番必死に探しているのはリヴァイなのかもしれない。
そんなことに気づいて、嫉妬や悔しさに混じって、虚しさを感じた。
どう足掻いても、自分は蚊帳の外なのかー。
「エルヴィン団長!なまえと一緒にいたという親子を見つけました!」
人混みの向こうから、興奮気味に走ってやってくる精鋭兵が見えた。
ナナバとよく一緒にいる、ゲルガーだ。
彼の後ろから、小さな男の子を抱いた給仕係だと思われる女もやってきている。
「一緒にいた、てのはどういうことだ。
アイツは今、どこにいる?!」
「落ち着け、リヴァイ。
とにかく、分かることを教えてくれ。」
ゲルガーに詰め寄るリヴァイの必死の問いをエルヴィンが制止する。
リヴァイの気迫に押され、不安そうな女性に代わり、ゲルガーが聞いた情報を話し始める。
「迷子を見つけて母親を探してた女ってのが、なまえと特徴が似てるんだ。
その女は、母親に息子預けた後、一緒にいた調査兵達と兵舎に帰ったらしい。」
「え?帰ったの?」
ナナバがキョトンとした表情になったが、同じような顔をした自信がジャンにもあった。
とんだ拍子抜けだ。
「ったく、なんだよ…っ。」
ジャンは、乱暴に頭を掻く。
必死に探してたのに、もう兵舎に帰っていたなんてー。
なまえを見つけた調査兵も、ちゃんと報告をしてくれればこんな大騒動にならなかったのにー。
それでもホッとして、緊張で強張っていた顔が緩んでいくのを感じた。
「なまえを連れて帰ったのが誰かは分かってるのか。」
「いや、それがわからないんです。
今、ミケ分隊長に報告がいってないか確認しているところです。
見つけたらすぐにリヴァイ兵長のところに連れていくように指示があったはずなんすけど…。」
ゲルガーは困ったように眉尻を下げたが、またいつ爆発が起こるかも分からない場所になまえを留めておく方が不安なジャンには、その調査兵の気持ちも分からなくもなかった。
だからって本当に上官に報告もしないで勝手な行動をとっていたのなら、それは褒められたことではないけれどー。
「ゲルガーさん!」
それからすぐに走ってやってきたのは、ゲルガーの班に所属するまだ若い調査兵だった。
そばにエルヴィンとリヴァイも一緒にいることに気づくと、敬礼をしてから口を開いた。
「おう、ミケ分隊長に確認出来たか?」
「それが、ミケ分隊長のところにも報告はなかったようです。
今、この会場にいないのが誰かを確認してるところですが、
二度目のロビー爆発の時に数名の調査兵が巻き込まれていて、把握するのに時間がかかりそうです。」
「そうか…、了解だ。
とりあえず、お前は貴族の誘導と憲兵への状況説明をしておいてくれ。」
「はっ!」
急いで人の群れの中に戻っていく若い調査兵の背中を見ながら、ナナバが困ったように息を吐いた。
「まったく、誰だ、勝手な行動をとったやつは。
私の班なら、明日から飯抜きだ。」
ため息交じりながらも、一応は安心したようだった。
だが、エルヴィンとリヴァイの表情は硬いままだ。
「兵舎に戻る。」
「待て、リヴァイ。それは母親の話を聞いてからだ。」
「…チッ。」
すぐさま走り出しそうな身体をなんとかここに留めている様子のリヴァイは、苛立っているようではあったが、エルヴィンの指示に従った。
それを確認してから、エルヴィンは女性に訊ねる。
「おそらく、貴女の息子と一緒にいたのは私の部下だ。
私達は今、彼女を探しているのだが、
彼女と一緒にいた調査兵の特徴は覚えているだろうか?」
「若い調査兵の方達でした。1人は金髪で、残りの2人は茶髪で…。
すみません、女性の方としか話していないので…、お顔はあまり覚えていません。」
女性は申し訳なさそうに頭を下げた。
金髪や茶髪なんてたくさんいる。
あまり有力な情報とは言えないが、兵舎に帰ればすぐにわかることだ。
それなのに、エルヴィンとリヴァイが何を焦っているのかー。
ジャンには分からなかった。
「たとえば、何か気になったことはなかったかな。」
「気になったことですか?えっと…。」
母親には、何か気になったことがあったようだった。
だが、口を開きかけたものの、エルヴィンやリヴァイ、周りにいる調査兵達をチラチラと見るばかりでなかなか続きを話し出してはくれなかった。
調査兵達の目を気にしているように見えた。
何か言いづらいことを言おうとしているようなー。
そう思ったのはジャンだけではなかったようで、エルヴィンが、どんなことでも構わないから話してほしいと伝えれば、漸く母親が続きを話し出す。
「なまえさんという方はとても感じのいい女性で、
子供も優しいお姉ちゃんだったと言っていました。
子供を助けてくれて私もとても感謝しています。ただ…。」
母親はまた、言いづらそうな顔をして調査兵達をチラチラと見る。
「大丈夫だ。気にしないで、教えてくれ。」
「一緒にいらした兵士さん達は、すごく感じが悪くて…。」
母親が、尻しぼみになりながら教えてくれたそれを聞いて、言いづらそうにしていた理由を理解する。
それは、調査兵達、しかも団長の前では言いたくないだろう。
「どんな感じにかな?私は部下を指導しなければならない立場にある。
詳しく教えてもらえると助かるのだが。」
エルヴィンがそう言うと、母親はホッとしたようで言葉を少し饒舌にした。
その調査兵達に対して、思うことが多々あったようだ。
「女性の方をとにかく出来るだけ早く兵舎に連れて帰りたいようでした。
だから、迷子の息子のことを邪魔に思っていたようで
私を探している間も、息子は、おねえちゃんは優しかったけど、おにいちゃんは怖かったと…。」
「それは息子さんにも申し訳ないことをしてしまった。
私からも謝らせてくれ。
具体的に何か言っていたとか、言われたとかはあるかな?」
「いえ…、無理して親切にしてるような嫌な笑顔ではありましたけど
ひどいことを言われたりは…。
あ、でも…。」
「でも、何かな?」
「いえ…、私に何か言われたわけではないので、大丈夫です。」
母親は思い直したように言って、首を横に振った。
だが、どうしてもその続きをエルヴィンは聞きたいようだった。
教えてほしいとお願いすると、躊躇いがちに母親はなまえが若い調査兵に言われていた言葉というのを教えてくれた。
「女性の方は、ここに残っている方達を…たぶん、皆さんのことをとても心配していて
兵舎には戻りたくないようでした。それを若い兵士さん達が無理やり説得している感じで…
リ…、なんとかって…、あの、強い兵士さんいらっしゃいますよね?有名な方…。」
「リヴァイかな?」
「あぁ!そうです!そのリヴァイ兵長さんって方が先に兵舎に戻って
心配して待ってるって言われて、ようやく納得して馬車に乗って帰って行かれました。
リヴァイ兵長さんの恋人さんですか?」
母親は、目の前にいるのが、そのリヴァイ兵長だということに気づいていないようだった。
兵団についての知識があまりないのかもしれない。
そういう民間人も少なくないので、驚きもしない。
ただー。
母親の話をうまく咀嚼できずにいるジャンとは裏腹に、リヴァイやエルヴィン、ナナバ達は瞬時に理解出来たようだ。
しかも、悪い方向にー。
焦った顔を見せられて、ジャンも不安になっていく。
「クソ…ッ。」
リヴァイ兵長は舌打ちをすると、すぐに駆け出した。
「ゲルガー、君はリヴァイと一緒に兵舎に急いで戻って
本当になまえが帰っていないか確認してくれ。
我々の想像通りなら、数名を兵舎に待機させ、残りは総出でなまえの捜索だ。」
「了解です。エルヴィン団長は?」
「貴族が被害にあった上、憲兵団も集まっている状況だ。
私はここから離れられない。そっちの指揮はミケに任せよう。」
「はっ!」
敬礼で応えたゲルガーは、近くにいた自分の班の班員に至急トロスト区へ戻るようミケへの伝言を頼んだ後、自分も急いで走っていった。
そんな中、ジャンは、ほんの少し前まで漠然としていた焦りと不安に襲われていた。
悪いことが起こっている、それは自分が想像した一番最悪の事態に繋がるものでー。
でも、頭が回らない。
母親の言葉に覚えた違和感も、頭が拒否しているみたいに、何だったか分からない。
傷つくなまえを想像したくない心が、頭の回転をストップさせようとしているようだった。
「エルヴィン団長、本当に兵士がなまえを攫ったのでしょうか?」
ナナバは、どうしても信じられないと言う顔でエルヴィンを見上げた。
「それはまだ分からない。
だが、兵団服を着ていたということは、
どちらにしろ兵士の中に協力者がいるということだ。」
エルヴィン団長の鋭い眼光の先で、王子様が嬉しそうに笑ったのが見えた気がした。