◇第六話◇悪魔の囁き
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馬車から飛び降りた私を追いかけてきたハンジさんは、家に送り届けるまでずっと巨人の話をしていた。あの人は、調査兵団の兵員というよりも、巨人オタクだ。しかも、異常な。
あれから数日が過ぎたが、調査兵団からの接触はない。
最低な提案だったと思い直してくれたのならいいが、どうしてもそうは思えなかった。
あんなに身勝手な提案をしているのに、ハンジさんの目はイキイキしていたし、調査兵団をまとめ上げるエルヴィン団長がすぐに諦めるような提案を危険を冒してまでしに来るとは思えない。
だって、私が怒り狂って誰かに言えば、調査兵団だけではなく、私を巨人討伐の場に追いやった駐屯兵団もただでは済まないことくらい、エルヴィン団長が一番理解しているはずだ。
嵐の前の静けさ―。
それだとしか思えない。
「なまえ?聞いてる?」
ルーカスの声にハッとすれば、自分の顔を覗き込む恋人の心配そうな顔が見えた。
忙しい合間を縫ってわざわざ会いに来てくれた恋人との逢瀬中に、調査兵団のことを考えてしまうなんて、どうかしている。
「ごめんなさい。もう一度、言ってくれる?」
「あぁ、本当にごめんよ。僕も両親に何度も言ったんだけど、どうしてもダメだって言うんだ。」
「ダメ?」
「だから、君との結婚のことだよ。」
「あぁ…、そう…。」
そういえば、会いに来るなり暗い顔をしていたルーカスは、部屋で二人きりになってすぐ、結婚の破談について話をしたんだっけ。
「ショックなのは分かるよ。僕も…だから。」
「でも、仕方がないわね。私達はもともと住む世界が違いすぎるんだもの。」
「そんなこと関係ない!」
プロポーズされる前から諦めていた私を、ルーカスがキツく抱きしめる。
もう何度もこの腕の中で眠りについて、朝を迎えたことがあるのに、いまだに慣れない。
この世界で最も遠いところにいる人に抱きしめられているような、奇妙な感覚になる。
たぶん、ルーカスが手の届かない人だという気持ちがいつまでもなくならないからだと思う。
この腕の中に入ってみたい、とどれくらいの女の子達が夢見たんだろう。いや、きっと今だって、夢見ている女の子はいくらでもいるに違いない。
ストヘス区で、王子様と呼ばれている彼には、お姫様候補なんて腐るほどいる。
巨人が暴れまわったトロスト区の田舎娘と結婚するくらいなら、お姫様候補の誰かと結婚させたいとご両親が思っていても、それは当然のことだと思う。
「でも、僕は、君に結婚の破談を伝えるためにここに来たんじゃないよ。」
「え?」
どういうことかと、うずめていた胸から顔を上げると、優しく微笑むルーカスがいた。
「いくつかの条件を出されたけど、君との結婚の許可を貰えたんだ。」
「どういうこと?」
もともと、ルーカスと私の結婚には、いくつもの条件が出されていた。
そのすべてをのむことでなんとか結婚の許しを貰ったのだ。
今回、その条件に何か新しいものが付け加えられたということだろうか。
「ストヘス区は今、いつか押し寄せてくるかもしれないウォール・ローゼの住民に怯えているんだ。」
「えぇ、知ってるわ。」
誰も敢えて口に出すことはしないが、人類みんなが分かっている。
ウォール・ローゼの内門が破壊され、そこに暮らす人々がウォール・シーナになだれこんだとき、人類は滅びることになるだろう。
巨人に食い荒らされるのが先か、生きる場所や物資を奪い合う人々の戦争が先かは分からない。でも、きっと、そのどちらかで人類が滅びるのは確実だろう。
それだけではない。あの巨人化出来る訓練兵、エレン・イェーガーのことが内地にも伝わり、そのことで大騒ぎになっていると噂好きの友人から聞いている。
巨人化出来る訓練兵がいたトロスト区の住人など、恐ろしくて受け入れたくないと内地の人間なら言うに決まっている。
「だから今、トロスト区に暮らす君と結婚して
ストヘス区へ君達家族を招くことをどうしても許してもらえなかった。」
「…仕方がないわ。」
「でも、必死に説得して、君だけならストヘス区へ移住してもいいと許可が出たんだっ。」
ルーカスが、何とも嬉しそうな顔で言った。
本当に嬉しそうな無邪気な笑顔に、私はただ聞かずにはいられなかった。
「…私だけって?…私の家族は?」
「それは…、僕も必死にお願いしたんだけど、どうしてもダメだって。
でも、君だけならー。」
「だって、プロポーズしたときは、私の家族も一緒に
ストヘス区に来てもらうって言ったじゃないっ。」
「そうなんだけど、状況が変わったんだよ。
どうしても君の家族までは―。」
「どうしてよ!私の家族を内地に連れて行ってくれるって言ったから、私は…!!」
そこまで叫んで、口をつぐんだ。
ルーカスのまっすぐの視線を感じる。でも、私はルーカスの顔を見れない。そのまっすぐの瞳を見つめることは、出来ない。
「私は、何かな?」
「…何でもない。」
「そう。」
気まずい沈黙。
ルーカスを失望させてしまったに違いない。
結婚を受け入れた理由が、自分と自分の家族の安全のためだっただなんて。自分を愛しているからではなかっただなんて、彼を傷つけるのには十分すぎる。
私と結婚するために、両親だけではなく、きっと他の貴族達まで説得して、なんとか条件付きで結婚を認めてもらえたのだろう。
そのことを、私はちゃんと知っているいるのに。
なにより、彼の誠実で一途な愛を、私は真正面から受け止めてきたはずなのにー。
それからルーカスとどうやって別れたのか覚えていない。
でも「またね。」のキスがなかったことと彼の悲しそうな瞳だけは、ボーッとする頭で理解していた。
(どうしよう…。こんなところにいたらいつかまた巨人が来るのに…。
私だけ内地に行くんじゃ意味がない。どうにかして家族も…。)
優しい恋人を傷つけてもなお、私は自分と家族の安全の心配ばかりしている最低な人間だ。
あれから数日が過ぎたが、調査兵団からの接触はない。
最低な提案だったと思い直してくれたのならいいが、どうしてもそうは思えなかった。
あんなに身勝手な提案をしているのに、ハンジさんの目はイキイキしていたし、調査兵団をまとめ上げるエルヴィン団長がすぐに諦めるような提案を危険を冒してまでしに来るとは思えない。
だって、私が怒り狂って誰かに言えば、調査兵団だけではなく、私を巨人討伐の場に追いやった駐屯兵団もただでは済まないことくらい、エルヴィン団長が一番理解しているはずだ。
嵐の前の静けさ―。
それだとしか思えない。
「なまえ?聞いてる?」
ルーカスの声にハッとすれば、自分の顔を覗き込む恋人の心配そうな顔が見えた。
忙しい合間を縫ってわざわざ会いに来てくれた恋人との逢瀬中に、調査兵団のことを考えてしまうなんて、どうかしている。
「ごめんなさい。もう一度、言ってくれる?」
「あぁ、本当にごめんよ。僕も両親に何度も言ったんだけど、どうしてもダメだって言うんだ。」
「ダメ?」
「だから、君との結婚のことだよ。」
「あぁ…、そう…。」
そういえば、会いに来るなり暗い顔をしていたルーカスは、部屋で二人きりになってすぐ、結婚の破談について話をしたんだっけ。
「ショックなのは分かるよ。僕も…だから。」
「でも、仕方がないわね。私達はもともと住む世界が違いすぎるんだもの。」
「そんなこと関係ない!」
プロポーズされる前から諦めていた私を、ルーカスがキツく抱きしめる。
もう何度もこの腕の中で眠りについて、朝を迎えたことがあるのに、いまだに慣れない。
この世界で最も遠いところにいる人に抱きしめられているような、奇妙な感覚になる。
たぶん、ルーカスが手の届かない人だという気持ちがいつまでもなくならないからだと思う。
この腕の中に入ってみたい、とどれくらいの女の子達が夢見たんだろう。いや、きっと今だって、夢見ている女の子はいくらでもいるに違いない。
ストヘス区で、王子様と呼ばれている彼には、お姫様候補なんて腐るほどいる。
巨人が暴れまわったトロスト区の田舎娘と結婚するくらいなら、お姫様候補の誰かと結婚させたいとご両親が思っていても、それは当然のことだと思う。
「でも、僕は、君に結婚の破談を伝えるためにここに来たんじゃないよ。」
「え?」
どういうことかと、うずめていた胸から顔を上げると、優しく微笑むルーカスがいた。
「いくつかの条件を出されたけど、君との結婚の許可を貰えたんだ。」
「どういうこと?」
もともと、ルーカスと私の結婚には、いくつもの条件が出されていた。
そのすべてをのむことでなんとか結婚の許しを貰ったのだ。
今回、その条件に何か新しいものが付け加えられたということだろうか。
「ストヘス区は今、いつか押し寄せてくるかもしれないウォール・ローゼの住民に怯えているんだ。」
「えぇ、知ってるわ。」
誰も敢えて口に出すことはしないが、人類みんなが分かっている。
ウォール・ローゼの内門が破壊され、そこに暮らす人々がウォール・シーナになだれこんだとき、人類は滅びることになるだろう。
巨人に食い荒らされるのが先か、生きる場所や物資を奪い合う人々の戦争が先かは分からない。でも、きっと、そのどちらかで人類が滅びるのは確実だろう。
それだけではない。あの巨人化出来る訓練兵、エレン・イェーガーのことが内地にも伝わり、そのことで大騒ぎになっていると噂好きの友人から聞いている。
巨人化出来る訓練兵がいたトロスト区の住人など、恐ろしくて受け入れたくないと内地の人間なら言うに決まっている。
「だから今、トロスト区に暮らす君と結婚して
ストヘス区へ君達家族を招くことをどうしても許してもらえなかった。」
「…仕方がないわ。」
「でも、必死に説得して、君だけならストヘス区へ移住してもいいと許可が出たんだっ。」
ルーカスが、何とも嬉しそうな顔で言った。
本当に嬉しそうな無邪気な笑顔に、私はただ聞かずにはいられなかった。
「…私だけって?…私の家族は?」
「それは…、僕も必死にお願いしたんだけど、どうしてもダメだって。
でも、君だけならー。」
「だって、プロポーズしたときは、私の家族も一緒に
ストヘス区に来てもらうって言ったじゃないっ。」
「そうなんだけど、状況が変わったんだよ。
どうしても君の家族までは―。」
「どうしてよ!私の家族を内地に連れて行ってくれるって言ったから、私は…!!」
そこまで叫んで、口をつぐんだ。
ルーカスのまっすぐの視線を感じる。でも、私はルーカスの顔を見れない。そのまっすぐの瞳を見つめることは、出来ない。
「私は、何かな?」
「…何でもない。」
「そう。」
気まずい沈黙。
ルーカスを失望させてしまったに違いない。
結婚を受け入れた理由が、自分と自分の家族の安全のためだっただなんて。自分を愛しているからではなかっただなんて、彼を傷つけるのには十分すぎる。
私と結婚するために、両親だけではなく、きっと他の貴族達まで説得して、なんとか条件付きで結婚を認めてもらえたのだろう。
そのことを、私はちゃんと知っているいるのに。
なにより、彼の誠実で一途な愛を、私は真正面から受け止めてきたはずなのにー。
それからルーカスとどうやって別れたのか覚えていない。
でも「またね。」のキスがなかったことと彼の悲しそうな瞳だけは、ボーッとする頭で理解していた。
(どうしよう…。こんなところにいたらいつかまた巨人が来るのに…。
私だけ内地に行くんじゃ意味がない。どうにかして家族も…。)
優しい恋人を傷つけてもなお、私は自分と家族の安全の心配ばかりしている最低な人間だ。