◇第六十三話◇雲を払う
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なまえは会議室のテーブルに肘をついて頭を抱えるようにして顔を伏せていた。
ピリピリした空気が放たれ続けていて、いつもなら軽口だって言い合える仲のペトラでさえも声をかけられずにいる。
早朝に起きた被験体襲撃事件を受けて、緊急で行われた会議には、前回の壁外調査で巨人捕獲作戦に参加したメンバーも含め、上官達が全員集められていた。
詳しい捜査は憲兵団が行うが、当事者である調査兵団の中に容疑者が現れたことで、何もしないわけにはいかなくなったのだ。
そこで、巨人捕獲作戦のメンバーとしても参加したなまえは犯人として疑われていたし、彼女のアリバイを証言するジャンとアルミン、犯人を見たというジーニーも参加していた。
結局、訓練場で早朝からなまえが自主練をしているところは、ジャンとアルミン以外にも、数名の上官が確認していたらしく、今朝の巨人研究所でのなまえの本当に犯人を殺しかねない殺気からも、疑いはすぐに晴れたのだけれどー。
「でも!!私は本当に見たんです!!嘘じゃないんですっ!!」
ジーニーはさっきからそればかりだ。
ペトラも最初は、どうにかしてなまえを犯人に陥れようとしているのではないかーと疑ってしまっていたが、ここまでくると彼女も嘘をついているのではないのではないかという気がしてくる。
だからと言って、なまえが犯人だとはほんの欠片も思わないが。
「今、ここにいるもので、なまえのマントにルル・クレーデルの紋章が
縫い付けてあるのを知っていたものは挙手してくれ。」
しばらく黙っていたエルヴィン団長が訊ねたのは、そんなどうでも良さそうなことだった。
何の確認だろうかと訝しがる会議参加者たちはお互いの顔を見合わせる。
結果、数名を除いて、この会議に参加しているほとんどの調査兵が、なまえのマントにルルの紋章が縫い付けてあることを知っていたことが分かった。
「そうか。
今回、犯人の背中を見たのはジーニーだけしかいなかったが、
他の調査兵が見ていたとしても、そのほとんどがなまえが犯人だと思うわけだ。」
エルヴィンが言った言葉で、ペトラはようやくさっきの質問の意味を理解した。
そして、ゾクリとする。
だってー。
「どうしてもなまえを犯人にしたいやつがいるってことか。」
ハンジさんが苦々し気に唇を噛んだ。
その隣で、リヴァイは苛立たし気に机を足で蹴る。
「なまえ、犯人に心当たりあるかい?」
モブリットがなまえに訊ねた。
頭を抱えて目を伏せたままのなまえの顔は上がらず、ピリピリとした空気が消えることもない。
会議室に静寂が訪れる。
しばらく答えを待つと、ようやく、顔を上げないままでなまえが口を開いた。
「さっきからずっと、考えてるんです。」
「そうか…、分からないよな、そんなの。ごめん。」
「私を…、陥れるために、そんなくだらないことのために、
大切な被験体を殺したんでしょうか?」
「え?」
「さっきからずっと、考えてるんです。
どうしてそんな馬鹿なことしたのかって。アレをどうやって捕まえたか、私達はみんな知ってた。
どんな意味があってあの巨人研究所にいたのか、みんな知ってた。」
それなのに自分を陥れるためだけに大切な被験体を殺したのかー。
なまえは絞り出すような声で、苦しそうに訊ねてくる。
自分の話を聞いているエルヴィン達に訊ねるというよりは、なぜそんな馬鹿なことをするんだという苦しみが声になったようだった。
でも、ペトラは、誰が犯人か、そればかり考えていて、理由については置いてきぼりだったことに、気が付いた。
エルヴィンやハンジ達はどうだったかは分からないが、少なくとも今、ペトラと同じようにハッとしたような顔をした調査兵達は、ペトラと同じように犯人を捜すことだけに注視していたのだろう。
「なまえを陥れたくて被験体を殺したのか、被験体を殺すためになまえを利用したのか。
どちらが先だったかは、分からない。
だが、それも、犯人が分かればおのずと答えも出ることだ。」
エルヴィンに言われて、それもそうかとペトラは納得する。
犯人を、捜すしかない。
誰が大切な被験体を殺し、なまえを犯人に仕立て上げようとしたのか。
「まぁ、とりあえず、冤罪が生まれなくてよかったよ。
ジャン、アルミン、なまえの無実の証言をしてくれてありがとう。」
「いえっ!俺達は何も…っ、本当のことを言っただけなのでっ!」
「それに、僕たちの証言がなくても、なまえさんは自分で無実を証明出来たと思います。」
ハンジに頭を下げられ、ジャンとアルミンはあたふたし始める。
でも、本当にジャンとアルミンには感謝だ。
もし、ジャンがなまえを早朝の自主練に誘っていなかったらー。
想像するだけで、ゾッとする。
確かに、アルミンが言うように、なまえは、調査兵達に自分の無実を証明することは出来たかもしれない。
ペトラも巨人研究所で、なまえの目だけで人を殺さんばかりの殺気は見ている。
あんな空気を放つ人間が、犯人なわけがないと誰もが分かるだろう。
でも、アリバイを証明することが出来ないなまえを、頭の固い憲兵は犯人と決めつけて連れて行くに決まっている。
結局、会議は犯人のめぼしもつかないままで終了となってしまった。
会議に参加していた調査兵達が続々と席を立ち、会議室を出て行く。
その流れの中で、なまえも暗い雰囲気のままで立ち上がり会議室を出て行った。
犯人の意図が何かは分からないけれど、なまえを犯人にしようとしたことだけは確かだった。
だから、自分のせいでこんなことになった、と自分を責めているのかもしれない。
「リヴァイ兵長。」
ペトラは、会議室を出て行こうと立ち上がったリヴァイに声をかけた。
「なんだ。」
会議室の扉へ向かいながら、リヴァイが答える。
その隣に並んで、ペトラは続けた。
「なまえを追いかけてあげてください。
ルルと一緒に頑張って捕まえた巨人を殺されただけでもツラいのに、
なまえはきっと自分のことを責めてます。」
「お前が行ってやれ。」
「どうしてですか。きっとなまえはー。」
会議室の扉近くで話していたペトラの肩に誰かがドンッとぶつかった。
驚いて顔を上げると、ジャンと目があった。
「すみませんっ!」
「ううん、こんなとこで喋ってたら邪魔だったね。ごめんね。」
「いえっ、お疲れさまでしたっ!」
ジャンはそれだけ言って、手短に頭を下げると慌てた様子で会議室を飛び出していった。
そして、彼が走って追いかけた先には寂しそうに歩くなまえの背中があった。
「なまえさんっ!!」
廊下の向こうから、会議室を出たばかりのペトラとリヴァイにも聞こえるような声で、ジャンがなまえの名前を呼んだ。
思わず立ち止まって見ると、振り返ったなまえに追いついたジャンが何かを話しかけている。
「リヴァイ兵長、私、他に好きな人が出来たんです。」
ペトラの思いがけない告白にリヴァイは驚いたようでほんの僅かに目を見開いた。
そして、ゆっくりとペトラの方を見ると「そうか。」とだけ呟いた。
「今さら、逃した女が惜しくなったってもう遅いですよ。
いい女っていうのは、いつだって他の男に狙われてるんです。
横から掻っ攫われてから後悔したって、私は知りませんから。」
私はルルの分までなまえの味方でいると決めたんですー。
ペトラが、リヴァイにそう宣言した向こうで、真っ赤な顔したジャンがなまえの頭を撫でる。
驚いた顔をしたなまえは、困ったような顔で、でも嬉しそうな笑みを見せた。
さっきまでの張りつめた空気の彼女はもういない。
ぎこちないけれど、彼女を笑顔にしたのは、リヴァイじゃない。
今のなまえの心はきっと、分厚い雲に覆われているのだろう。でも、光が消えているわけじゃない。雲の向こうには必ず光があるのだと、ペトラは知っている。
だから、不器用でも、一生懸命に、ただただ自分のためだけに必死になってくれて、そして分厚い雲を払ってくれる人がいたのなら。
そして、ほんの小さな切れ間だって見せてくれたのなら、その誰かになまえが恋に落ちてしまったとしても、なにも不思議なことではないのだ。
むしろ、その方が幸せなことだってあってー。
「誰が掻っ攫っても構わねぇ。俺よりはマシだ。」
リヴァイはそう言うと、なまえとジャンに背を向けて歩き出す。
どうしても、なまえの気持ちを受け止めるつもりはないらしい。
それならどうしてー。
「それなら、あんなに切なそうになまえを見ないでください…。」
ペトラの胸に懐かしい痛みが走る。
どうして恋は、こんなに私達を苦しめるのだろう。
誰もがきっと、幸せを願っているのにー。
幸せになる権利が、あるはずなのにー。
ピリピリした空気が放たれ続けていて、いつもなら軽口だって言い合える仲のペトラでさえも声をかけられずにいる。
早朝に起きた被験体襲撃事件を受けて、緊急で行われた会議には、前回の壁外調査で巨人捕獲作戦に参加したメンバーも含め、上官達が全員集められていた。
詳しい捜査は憲兵団が行うが、当事者である調査兵団の中に容疑者が現れたことで、何もしないわけにはいかなくなったのだ。
そこで、巨人捕獲作戦のメンバーとしても参加したなまえは犯人として疑われていたし、彼女のアリバイを証言するジャンとアルミン、犯人を見たというジーニーも参加していた。
結局、訓練場で早朝からなまえが自主練をしているところは、ジャンとアルミン以外にも、数名の上官が確認していたらしく、今朝の巨人研究所でのなまえの本当に犯人を殺しかねない殺気からも、疑いはすぐに晴れたのだけれどー。
「でも!!私は本当に見たんです!!嘘じゃないんですっ!!」
ジーニーはさっきからそればかりだ。
ペトラも最初は、どうにかしてなまえを犯人に陥れようとしているのではないかーと疑ってしまっていたが、ここまでくると彼女も嘘をついているのではないのではないかという気がしてくる。
だからと言って、なまえが犯人だとはほんの欠片も思わないが。
「今、ここにいるもので、なまえのマントにルル・クレーデルの紋章が
縫い付けてあるのを知っていたものは挙手してくれ。」
しばらく黙っていたエルヴィン団長が訊ねたのは、そんなどうでも良さそうなことだった。
何の確認だろうかと訝しがる会議参加者たちはお互いの顔を見合わせる。
結果、数名を除いて、この会議に参加しているほとんどの調査兵が、なまえのマントにルルの紋章が縫い付けてあることを知っていたことが分かった。
「そうか。
今回、犯人の背中を見たのはジーニーだけしかいなかったが、
他の調査兵が見ていたとしても、そのほとんどがなまえが犯人だと思うわけだ。」
エルヴィンが言った言葉で、ペトラはようやくさっきの質問の意味を理解した。
そして、ゾクリとする。
だってー。
「どうしてもなまえを犯人にしたいやつがいるってことか。」
ハンジさんが苦々し気に唇を噛んだ。
その隣で、リヴァイは苛立たし気に机を足で蹴る。
「なまえ、犯人に心当たりあるかい?」
モブリットがなまえに訊ねた。
頭を抱えて目を伏せたままのなまえの顔は上がらず、ピリピリとした空気が消えることもない。
会議室に静寂が訪れる。
しばらく答えを待つと、ようやく、顔を上げないままでなまえが口を開いた。
「さっきからずっと、考えてるんです。」
「そうか…、分からないよな、そんなの。ごめん。」
「私を…、陥れるために、そんなくだらないことのために、
大切な被験体を殺したんでしょうか?」
「え?」
「さっきからずっと、考えてるんです。
どうしてそんな馬鹿なことしたのかって。アレをどうやって捕まえたか、私達はみんな知ってた。
どんな意味があってあの巨人研究所にいたのか、みんな知ってた。」
それなのに自分を陥れるためだけに大切な被験体を殺したのかー。
なまえは絞り出すような声で、苦しそうに訊ねてくる。
自分の話を聞いているエルヴィン達に訊ねるというよりは、なぜそんな馬鹿なことをするんだという苦しみが声になったようだった。
でも、ペトラは、誰が犯人か、そればかり考えていて、理由については置いてきぼりだったことに、気が付いた。
エルヴィンやハンジ達はどうだったかは分からないが、少なくとも今、ペトラと同じようにハッとしたような顔をした調査兵達は、ペトラと同じように犯人を捜すことだけに注視していたのだろう。
「なまえを陥れたくて被験体を殺したのか、被験体を殺すためになまえを利用したのか。
どちらが先だったかは、分からない。
だが、それも、犯人が分かればおのずと答えも出ることだ。」
エルヴィンに言われて、それもそうかとペトラは納得する。
犯人を、捜すしかない。
誰が大切な被験体を殺し、なまえを犯人に仕立て上げようとしたのか。
「まぁ、とりあえず、冤罪が生まれなくてよかったよ。
ジャン、アルミン、なまえの無実の証言をしてくれてありがとう。」
「いえっ!俺達は何も…っ、本当のことを言っただけなのでっ!」
「それに、僕たちの証言がなくても、なまえさんは自分で無実を証明出来たと思います。」
ハンジに頭を下げられ、ジャンとアルミンはあたふたし始める。
でも、本当にジャンとアルミンには感謝だ。
もし、ジャンがなまえを早朝の自主練に誘っていなかったらー。
想像するだけで、ゾッとする。
確かに、アルミンが言うように、なまえは、調査兵達に自分の無実を証明することは出来たかもしれない。
ペトラも巨人研究所で、なまえの目だけで人を殺さんばかりの殺気は見ている。
あんな空気を放つ人間が、犯人なわけがないと誰もが分かるだろう。
でも、アリバイを証明することが出来ないなまえを、頭の固い憲兵は犯人と決めつけて連れて行くに決まっている。
結局、会議は犯人のめぼしもつかないままで終了となってしまった。
会議に参加していた調査兵達が続々と席を立ち、会議室を出て行く。
その流れの中で、なまえも暗い雰囲気のままで立ち上がり会議室を出て行った。
犯人の意図が何かは分からないけれど、なまえを犯人にしようとしたことだけは確かだった。
だから、自分のせいでこんなことになった、と自分を責めているのかもしれない。
「リヴァイ兵長。」
ペトラは、会議室を出て行こうと立ち上がったリヴァイに声をかけた。
「なんだ。」
会議室の扉へ向かいながら、リヴァイが答える。
その隣に並んで、ペトラは続けた。
「なまえを追いかけてあげてください。
ルルと一緒に頑張って捕まえた巨人を殺されただけでもツラいのに、
なまえはきっと自分のことを責めてます。」
「お前が行ってやれ。」
「どうしてですか。きっとなまえはー。」
会議室の扉近くで話していたペトラの肩に誰かがドンッとぶつかった。
驚いて顔を上げると、ジャンと目があった。
「すみませんっ!」
「ううん、こんなとこで喋ってたら邪魔だったね。ごめんね。」
「いえっ、お疲れさまでしたっ!」
ジャンはそれだけ言って、手短に頭を下げると慌てた様子で会議室を飛び出していった。
そして、彼が走って追いかけた先には寂しそうに歩くなまえの背中があった。
「なまえさんっ!!」
廊下の向こうから、会議室を出たばかりのペトラとリヴァイにも聞こえるような声で、ジャンがなまえの名前を呼んだ。
思わず立ち止まって見ると、振り返ったなまえに追いついたジャンが何かを話しかけている。
「リヴァイ兵長、私、他に好きな人が出来たんです。」
ペトラの思いがけない告白にリヴァイは驚いたようでほんの僅かに目を見開いた。
そして、ゆっくりとペトラの方を見ると「そうか。」とだけ呟いた。
「今さら、逃した女が惜しくなったってもう遅いですよ。
いい女っていうのは、いつだって他の男に狙われてるんです。
横から掻っ攫われてから後悔したって、私は知りませんから。」
私はルルの分までなまえの味方でいると決めたんですー。
ペトラが、リヴァイにそう宣言した向こうで、真っ赤な顔したジャンがなまえの頭を撫でる。
驚いた顔をしたなまえは、困ったような顔で、でも嬉しそうな笑みを見せた。
さっきまでの張りつめた空気の彼女はもういない。
ぎこちないけれど、彼女を笑顔にしたのは、リヴァイじゃない。
今のなまえの心はきっと、分厚い雲に覆われているのだろう。でも、光が消えているわけじゃない。雲の向こうには必ず光があるのだと、ペトラは知っている。
だから、不器用でも、一生懸命に、ただただ自分のためだけに必死になってくれて、そして分厚い雲を払ってくれる人がいたのなら。
そして、ほんの小さな切れ間だって見せてくれたのなら、その誰かになまえが恋に落ちてしまったとしても、なにも不思議なことではないのだ。
むしろ、その方が幸せなことだってあってー。
「誰が掻っ攫っても構わねぇ。俺よりはマシだ。」
リヴァイはそう言うと、なまえとジャンに背を向けて歩き出す。
どうしても、なまえの気持ちを受け止めるつもりはないらしい。
それならどうしてー。
「それなら、あんなに切なそうになまえを見ないでください…。」
ペトラの胸に懐かしい痛みが走る。
どうして恋は、こんなに私達を苦しめるのだろう。
誰もがきっと、幸せを願っているのにー。
幸せになる権利が、あるはずなのにー。