◇第五十六話◇不穏のはじまり(上)
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私史上最大の失恋を経験して、ツラいことが続いている中でも良いことは必ずあるらしい。
昨日、アニから近況を伝える手紙が届いた。
郵便係の調査兵から手紙を受け取った時に飛び跳ねるほど喜んだ私は、自分の近況を伝える返事をすぐに書いた。
さすがに、私史上最大で惨めな大失恋のことについては触れられなかったけれど、元気にしていることと、アニに手紙で訊ねられた次の非番の日を記しておいた。
久しぶりにスキップなんてしながら、兵社内にある郵便所へと向かう。
朝のうちに出しておけば、明日までにはストヘス区の憲兵施設に届くだろう。
「あ、」
「あ、」
郵便所の前でジャンとバッタリ会った。
顔を見るのは、あの夜の日以来だった。
私の顔を見た途端に、ジャンは顔を真っ青にして逃げ出した。
「あっ!待ってっ!」
私は慌ててジャンを追いかける。
ずっと、謝らないといけないと思っていた。
ペトラが、ジャンにはうまく伝えておくから会わなくてもいいと言っていたけれど、こうやって逃げられてしまうのだから、ちゃんと私から謝った方がいいに決まっている。
「ねぇ!お願い、待ってっ!!」
さすが、104期の訓練兵で優秀な成績をおさめた兵士なだけあって、ジャンは足も速い。
なかなか追い付かず、必死に呼び止めること数度目で、ようやくジャンは立ち止まってくれた。
ジャンの背中の後ろで、私は両膝に手を乗せてなんとか肩で息をする。
目の前のジャンは少し息が切れているだけだ。
体力が足りないのを改めて実感する。
明日からは、訓練に体力作り中心の鍛錬をもっと加えた方がよさそうだ。
「大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるジャンに、私はなんとか頷いて返事をする。
少し息を整える時間をもらった後、私はジャンに近くのベンチに座って話をしようと誘った。
丁度、詰所の裏の人気のない場所だったからか、人の目を気にするジャンも頷いてくれた。
「それ、どうしたんすか?」
1人分の距離を開けて、隣に座ったジャンは、自分の左頬に触れながら訊ねた。
「あぁ…!昨日、ちょっとね。」
顔に絆創膏をつけていることを思い出した私は、恥ずかしくなって、自分の左頬に貼ってある絆創膏を擦った。
「傷、残らないといいですね。」
「いいよ、別に残ったって。」
「え、でもー。」
「それより、この前は、本当にごめんなさいっ。」
私は、ジャンの方を向いて頭を下げた。
彼には、本当に失礼なことをした。
「いえ…っ、俺の方こそなんか…っ、すみませんでしたっ!」
ジャンが、顔を赤くして頭を下げる。
でも、彼に謝る理由なんてひとつもない。
「ジャンは何も悪くないよ。
それなのに、怖い思いさせちゃって、本当にごめんなさい。」
「いえ…。」
怖い思いで、思い出してしまったのか。
ジャンは、少し視線を落とした。
気まずい沈黙が流れる。
「あの後、リヴァイ兵長から何かされなかった?」
「いえっ!エレンと会った時に顔は見ましたけど、いつも通りでしたっ。
だから、大丈夫っすよ。」
「いつも通り、か…。」
いいなーと喉の奥まで出かけて、なんとか飲み込んだ。
どうやら、嫌われたのは私だけだったらしい。
それなら、よかった。よかったー。
「ペトラさんから聞いたんですけど…。」
「ん?」
言いづらそうにしているジャンに、首を傾げて続きを促す。
「なまえさんが酔ったら、その…、大胆になるの知ってたリヴァイ兵長が、
部屋に連れて行くって約束してたんすよね。」
「え?」
「それなのに俺が部屋に連れてっちまうから、怒ったんだって。
え?違うんすか?」
疑問符を浮かべる私に、ジャンが戸惑った様子で言う。
ペトラのうまく伝えておくというのは、そういうことだったようだ。
どうやら、ペトラは、大失恋でズタボロの私に、酔っぱらったら見境なく男を誘う変態女という称号を与えてくれたらしい。
他にも何かうまいやり方があったのではないか、と一瞬思ってしまったけれど、あの状況をどうやって誤魔化すのがうまくやる方法かと言われたら私も分からない。
ペトラの精一杯の嘘は、むしろ有り難いものだとすぐに考えを改める。
「ううん、そうなの。ビックリさせちゃって、ごめんね。」
ペトラの嘘に乗っかって、私は困った顔に笑みを乗せた。
「いえ…っ、ビックリは、しましたけど…。大丈夫です。」
私を見ずに地面を見ながらまるで自分に言い聞かせるように言って、ジャンは深く頷いた。
また、気まずい沈黙が訪れる。
今度は、先に口を開いたのはジャンだった。
「リヴァイ兵長って、なまえさんのこと、好きなんですかね。」
前屈みになって膝の上に両肘を乗せて両手を握るジャンは、自分の手を見ながら言う。
自分に確かめるようでもあったけれど、でも、それは確かに私へ向けてかけられた言葉だったのだと思う。
そうでなければ、大きすぎる独り言だ。
「まさか、そんなのありえないよ。」
私は自嘲気味に言う。
そうではないから、私は今、史上最大の失恋に打ちのめされているのだ。
あからさまに避けて、目も合わせたくない女をリヴァイ兵長が嫌いだということはあっても、好きなんてことは天地がひっくり返ったってありはしない。
「でも、好きじゃないと他の男がその…、そういうことしようとしても
あんなに鬼みたいに怒らないんじゃないですか。」
どこか遠くを見ていたジャンが、私を見て訴えるように言う。
ペトラから話を聞いた後に、ジャンが出した答えがそれだったのだろう。
でも、残念ながらそれは大間違いだ。
だから、私は、面倒なことに巻き込まれてしまった被害者であるジャンに正解を教えてやる。
「優しい上司だから、部下が襲われてると思って怒ったんだと思うよ。
もう私は、ただの部下ですらないけどね。」
「何かあったんですか?
最近、リヴァイ兵長の様子がおかしいってあの鈍感なエレンのやつも言ってて。
もしかして、それって、あの夜のことが関係あるんですか?」
自分を嘲るように言う私に、ジャンは気になってたまらないという様子で訊ねた。
「あの後ね、私、リヴァイ兵長に好きって言っちゃったの。」
「…へ?」
照れ臭さと悲しさを誤魔化すようにお茶らけて笑みを浮かべた私をジャンはポカンとした顔で見る。
想像していなかった答えだったようだ。
でも、リヴァイ兵長が私なんかを好きになるという答えよりは、よっぽど現実的な答えだ。
「馬鹿だよねぇ~。フラれるに決まってるのにさ。
可愛い新兵を襲っちゃう女だから、汚いものでも見るみたいな目向けられるし、背を向けられちゃうし
ほんと、嫌われるの最上級で嫌われちゃって、昨日なんて死にかけてるのもほっとかれちゃってー。」
「もういいっす。」
必死に口の端を上げて、ヘタクソな笑顔を作って饒舌に哀れな自分を茶化す私の言葉を、ジャンの腕が止める。
突然抱きしめられて驚いた私が顔を上げると、真っ赤に頬を染めて必死に私を見ないようにしてるジャンがいた。
「汚くなんか、ないですから…!」
「え?」
「なまえさんは、汚くなんかないです、絶対に。
だから、そんな風に自分のこと言わないでください。」
慣れない手つきで抱きしめるジャンは、相変わらず顔を真っ赤にしていたけれど、自分を自分で傷つけようとしていた私を、一生懸命に守ろうとしてくれたのが、なんとなく分かった。
「ありがとう。」
私がジャンの髪をクシャリと撫でると、頬を真っ赤にしたままでジャンが不貞腐れる。
照れ隠しで怒るジャンが可愛かった。
昨日、アニから近況を伝える手紙が届いた。
郵便係の調査兵から手紙を受け取った時に飛び跳ねるほど喜んだ私は、自分の近況を伝える返事をすぐに書いた。
さすがに、私史上最大で惨めな大失恋のことについては触れられなかったけれど、元気にしていることと、アニに手紙で訊ねられた次の非番の日を記しておいた。
久しぶりにスキップなんてしながら、兵社内にある郵便所へと向かう。
朝のうちに出しておけば、明日までにはストヘス区の憲兵施設に届くだろう。
「あ、」
「あ、」
郵便所の前でジャンとバッタリ会った。
顔を見るのは、あの夜の日以来だった。
私の顔を見た途端に、ジャンは顔を真っ青にして逃げ出した。
「あっ!待ってっ!」
私は慌ててジャンを追いかける。
ずっと、謝らないといけないと思っていた。
ペトラが、ジャンにはうまく伝えておくから会わなくてもいいと言っていたけれど、こうやって逃げられてしまうのだから、ちゃんと私から謝った方がいいに決まっている。
「ねぇ!お願い、待ってっ!!」
さすが、104期の訓練兵で優秀な成績をおさめた兵士なだけあって、ジャンは足も速い。
なかなか追い付かず、必死に呼び止めること数度目で、ようやくジャンは立ち止まってくれた。
ジャンの背中の後ろで、私は両膝に手を乗せてなんとか肩で息をする。
目の前のジャンは少し息が切れているだけだ。
体力が足りないのを改めて実感する。
明日からは、訓練に体力作り中心の鍛錬をもっと加えた方がよさそうだ。
「大丈夫ですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくるジャンに、私はなんとか頷いて返事をする。
少し息を整える時間をもらった後、私はジャンに近くのベンチに座って話をしようと誘った。
丁度、詰所の裏の人気のない場所だったからか、人の目を気にするジャンも頷いてくれた。
「それ、どうしたんすか?」
1人分の距離を開けて、隣に座ったジャンは、自分の左頬に触れながら訊ねた。
「あぁ…!昨日、ちょっとね。」
顔に絆創膏をつけていることを思い出した私は、恥ずかしくなって、自分の左頬に貼ってある絆創膏を擦った。
「傷、残らないといいですね。」
「いいよ、別に残ったって。」
「え、でもー。」
「それより、この前は、本当にごめんなさいっ。」
私は、ジャンの方を向いて頭を下げた。
彼には、本当に失礼なことをした。
「いえ…っ、俺の方こそなんか…っ、すみませんでしたっ!」
ジャンが、顔を赤くして頭を下げる。
でも、彼に謝る理由なんてひとつもない。
「ジャンは何も悪くないよ。
それなのに、怖い思いさせちゃって、本当にごめんなさい。」
「いえ…。」
怖い思いで、思い出してしまったのか。
ジャンは、少し視線を落とした。
気まずい沈黙が流れる。
「あの後、リヴァイ兵長から何かされなかった?」
「いえっ!エレンと会った時に顔は見ましたけど、いつも通りでしたっ。
だから、大丈夫っすよ。」
「いつも通り、か…。」
いいなーと喉の奥まで出かけて、なんとか飲み込んだ。
どうやら、嫌われたのは私だけだったらしい。
それなら、よかった。よかったー。
「ペトラさんから聞いたんですけど…。」
「ん?」
言いづらそうにしているジャンに、首を傾げて続きを促す。
「なまえさんが酔ったら、その…、大胆になるの知ってたリヴァイ兵長が、
部屋に連れて行くって約束してたんすよね。」
「え?」
「それなのに俺が部屋に連れてっちまうから、怒ったんだって。
え?違うんすか?」
疑問符を浮かべる私に、ジャンが戸惑った様子で言う。
ペトラのうまく伝えておくというのは、そういうことだったようだ。
どうやら、ペトラは、大失恋でズタボロの私に、酔っぱらったら見境なく男を誘う変態女という称号を与えてくれたらしい。
他にも何かうまいやり方があったのではないか、と一瞬思ってしまったけれど、あの状況をどうやって誤魔化すのがうまくやる方法かと言われたら私も分からない。
ペトラの精一杯の嘘は、むしろ有り難いものだとすぐに考えを改める。
「ううん、そうなの。ビックリさせちゃって、ごめんね。」
ペトラの嘘に乗っかって、私は困った顔に笑みを乗せた。
「いえ…っ、ビックリは、しましたけど…。大丈夫です。」
私を見ずに地面を見ながらまるで自分に言い聞かせるように言って、ジャンは深く頷いた。
また、気まずい沈黙が訪れる。
今度は、先に口を開いたのはジャンだった。
「リヴァイ兵長って、なまえさんのこと、好きなんですかね。」
前屈みになって膝の上に両肘を乗せて両手を握るジャンは、自分の手を見ながら言う。
自分に確かめるようでもあったけれど、でも、それは確かに私へ向けてかけられた言葉だったのだと思う。
そうでなければ、大きすぎる独り言だ。
「まさか、そんなのありえないよ。」
私は自嘲気味に言う。
そうではないから、私は今、史上最大の失恋に打ちのめされているのだ。
あからさまに避けて、目も合わせたくない女をリヴァイ兵長が嫌いだということはあっても、好きなんてことは天地がひっくり返ったってありはしない。
「でも、好きじゃないと他の男がその…、そういうことしようとしても
あんなに鬼みたいに怒らないんじゃないですか。」
どこか遠くを見ていたジャンが、私を見て訴えるように言う。
ペトラから話を聞いた後に、ジャンが出した答えがそれだったのだろう。
でも、残念ながらそれは大間違いだ。
だから、私は、面倒なことに巻き込まれてしまった被害者であるジャンに正解を教えてやる。
「優しい上司だから、部下が襲われてると思って怒ったんだと思うよ。
もう私は、ただの部下ですらないけどね。」
「何かあったんですか?
最近、リヴァイ兵長の様子がおかしいってあの鈍感なエレンのやつも言ってて。
もしかして、それって、あの夜のことが関係あるんですか?」
自分を嘲るように言う私に、ジャンは気になってたまらないという様子で訊ねた。
「あの後ね、私、リヴァイ兵長に好きって言っちゃったの。」
「…へ?」
照れ臭さと悲しさを誤魔化すようにお茶らけて笑みを浮かべた私をジャンはポカンとした顔で見る。
想像していなかった答えだったようだ。
でも、リヴァイ兵長が私なんかを好きになるという答えよりは、よっぽど現実的な答えだ。
「馬鹿だよねぇ~。フラれるに決まってるのにさ。
可愛い新兵を襲っちゃう女だから、汚いものでも見るみたいな目向けられるし、背を向けられちゃうし
ほんと、嫌われるの最上級で嫌われちゃって、昨日なんて死にかけてるのもほっとかれちゃってー。」
「もういいっす。」
必死に口の端を上げて、ヘタクソな笑顔を作って饒舌に哀れな自分を茶化す私の言葉を、ジャンの腕が止める。
突然抱きしめられて驚いた私が顔を上げると、真っ赤に頬を染めて必死に私を見ないようにしてるジャンがいた。
「汚くなんか、ないですから…!」
「え?」
「なまえさんは、汚くなんかないです、絶対に。
だから、そんな風に自分のこと言わないでください。」
慣れない手つきで抱きしめるジャンは、相変わらず顔を真っ赤にしていたけれど、自分を自分で傷つけようとしていた私を、一生懸命に守ろうとしてくれたのが、なんとなく分かった。
「ありがとう。」
私がジャンの髪をクシャリと撫でると、頬を真っ赤にしたままでジャンが不貞腐れる。
照れ隠しで怒るジャンが可愛かった。