◇第四十話◇それぞれの眠れない夜
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作戦会議室から出たペトラは、後ろからリヴァイに声をかけられた。
立ち止まり振り返り、右手と右腕に包帯を巻かれた痛々しい彼の姿に胸が痛む。
「今夜も、なまえを頼む。」
「はい。」
ルルが戦死した日、ペトラのもとへやってきたリヴァイは、エレンのことは自分達に任せてなまえのそばにいてやってくれと言った。
それから毎日、リヴァイはペトラに同じ言葉を繰り返す。
眠れないだろうから夜も一緒にいてやってくれと言い出したのもリヴァイだった。
だから、あの日からずっと、ペトラは、リヴァイの指示通り、自分の仕事で手を離せない時以外はなまえのそばにいるようにしている。
リヴァイから初めてそんな頼みをされたのは、なまえがリヴァイ班で実践演習をすることになる前日だった。
男の自分よりも同性のペトラの方がなまえも頼りやすいだろう、そんな上官らしい気遣いからだったはずだ。
でも、今は、そんなに悲しそうな顔で、なまえの背中を苦しそうに見送りながら、どんな気持ちでその言葉を口にしているのだろう。
「お前にばかり負担をかけて、悪いな。」
「私は大丈夫です。でも…、リヴァイ兵長はいいんですか?」
「何がだ。」
「昨日のうちに仕事の引継ぎも終わりました。元から荷物も少なかったし、
予定通り、明日、なまえは兵団を去りますよ。」
「そうだな。」
「いいんですか?…今夜は、リヴァイ兵長がそばにいてあげたら、
なまえもきっとー。」
「ペトラ。」
リヴァイは、それより先を言うことを許さなかった。
口を噤んだペトラに、リヴァイは意外なことを訊ねた。
「なまえが調査兵団から去ることを、お前はどう思う?」
「私の意見なんて…。」
言ったところで、何かが変わるわけでもない。
なまえが兵団を去ると聞いてからずっと、思うことはあったがそれを声にすることはなかった。
エルド達も同じなのではないだろうか。
一緒にいても、決してなまえの話題を上げない彼らもきっと、同じ気持ちなのだと思う。
「いいから、聞かせろ。」
リヴァイは強引だった。
どうしても聞きたい答えがあるのかもしれない。
そう思ったが、ペトラには彼が何を望んでいるのかは分からない。
だから、正直な気持ちを話すことに決めた。
「なまえは実力のある兵士です。…悔しいですが、技術だけなら私やエルド達よりも上。
これから体力や筋力をつけ、経験まで増えれば、すごい兵士になると思います。」
「それで?」
「だから…、なまえが兵団を去ってしまうことは、
人類にとっても大きな損失だと感じました。ただ…。」
「ただ、なんだ、言え。」
言い淀むペトラに、リヴァイはさらに続けるように促す。
自分の気持ちをどう言葉にすればいいか分からず、ペトラは後ろを振り返った。
ハンジに肩を抱かれたなまえは、覚束ない足取りで自室へと向かっていく。
頼りない背中、あれはもう兵士ではない。
いや、元からなまえは、兵士ではなかったー。
「もしここでなまえが踏みとどまっても、調査兵団にいる限り、
これから何度も大切な仲間を失うでしょう。それが…、次は私かもしれない。
その度に傷つくような…、兵士ではいられないなまえは、必要ありません。」
間違ったことを言ったつもりは、なかった。
でも、リヴァイの瞳が揺れて、スッと目を反らされたとき、彼が求めていた答えはそれではなかったのだと悟った。
自分は答えを間違えてしまったー。
「なまえは、意地っ張りで気も強くて負けず嫌いで
いつだって誰より頑張ってた。
初めて会ったときから、すごい兵士になるんだろうなって思ってました。」
ペトラは、なまえに始めて会った日のことを思い出す。
異例の新兵の噂を聞いていたから、どんな女なのかと身構えていた。それこそ同性ということで、エルド達よりも敵視していたと思う。
そして、初めて会ったなまえは、噂通り、いや、噂以上に綺麗だった。
容姿もそうなのかもしれないけれど、兵団内で目立ってしまっていたのは、綺麗な容姿よりも、綺麗な所作だったのだと思う。
ほどけた髪を耳にかけるその仕草ひとつとっても女性らしくて、兵団内で男達と切磋琢磨していた私達とは全く違っていた。
それが、妬みを増幅させた要因だったと思っている。
例にもれず、自分もそんなことに嫌悪して、どうせ厳しい特訓にはついてこられない彼女のことをすぐに辞めさせるようにリヴァイにお願いしようと思ったのに、彼女は私達の期待をいい意味で裏切った。
弱音も吐かず、泣き言も言わず、必死に食らいついてくるその姿は狂気すら感じるものがあったのに、任務を離れた途端に兵士ではなくなる彼女が、いつの間にか好きになっていた。
兵士らしくない彼女の弱さを守りたいと思うほどには、大切な大切な友人にー。
「そうか。」
「こんな世界に生きてるのに、いつも明るくて、純真で無垢で。
彼女がいると兵団内がパァッと明るくなるんです。
あぁ…、そう。前にナナバさんが言ってました。なまえは天使みたいだって。」
白いワンピースを身に纏ったなまえに、ナナバがそう言ったのは、その洋服も含めてだったのだと思う。
でも、今、気づいた。
なまえは、兵士ではないどころか、人間ですらなかったんだ。
だって、彼女の心は、人間にしては綺麗すぎる。
だから、誰も死なせない兵士になりたいなんて夢みたいなことを言って、仕方のない死に対してもすぐに傷ついて。
儚い心を壊してしまう。
「あぁ…、そうだな。そうかもしれねぇな。」
僅かに目を見開いた後、リヴァイは自嘲気味に口を歪めた。
どうして、そんな顔をするのかは分からなかったけれど、彼も又、なまえのことを同じように感じていたのかもしれない。
そして今、ペトラの言葉で、その正体に気づいたようだった。
「兵士としてではなく、なまえと出逢いたかったです。
…みんなと、もっと普通に。普通に出逢いたかった。」
不意に漏れた本音。
そうだ、これが一番しっくりくる。
なまえが兵団を去ると聞いた時、最初に嫌だと思ったのは、人類にとって損失になるとかそんなことのためじゃない。
ただ、なまえと離れるのが寂しかっただけ。
一緒に、まだ一緒にいたかっただけ。
それは、なまえだけに限ったことではない。
兵舎で一緒に生活しているみんなが大切だ。ずっとずっと、一緒にいたい。
生きていたい。
「あぁ、おれもだ。」
遠い目をするリヴァイも、みんな同じ。
こんな世界でなければ、こんな苦しみはなかったのに。
でも、こんな世界に生まれてしまったから、抜け出そうと必死に戦うしかない。それが、どんなにつらくともー。
「なまえには、綺麗なままでいてほしいから。
仕方ないかなって思います。寂しいけど、もうこれ以上は苦しんでほしくないし。」
「そうだな。あれだけエルヴィンに食い下がったハンジも、
さっきのなまえを見て、考え直しちまったみてぇだ。」
困ったように笑うペトラに、リヴァイの言葉はそう続いた。
ずっと先の廊下を歩いているハンジとなまえの後ろ姿を視線で追いかけるリヴァイは、もしかしてー。
「リヴァイ兵長は、なまえは兵団を去るべきじゃないと考えてるんですか?」
ペトラの質問に、リヴァイは答えなかった。
その代わり、意外な行動をとった。
「お前は、偉いな。」
リヴァイがペトラの頭に手を乗せ、そっと撫でた。
思いも寄らない彼の優しい行動に驚いたペトラだったけれど、嬉しいというよりも、なんだか切ない気持ちになった。
だって、顔を上げて見たリヴァイの表情が、とても切なそうだったから。
自分の頭に乗せられた彼の手を伝わって、彼の気持ちが乗り移ったようだった。
もう一度、なまえのことを頼むと告げて、リヴァイは去っていった。
いつもは堂々として大きく見える背中が、どんどん小さくなっていく。
ペトラのことを偉いと言ったリヴァイは、自分の何を偉くないと思っているのだろうー。
それは、自分は出来る限りなまえには近づかず、そばにいてやろうとはしないことに関係しているのだろうか。
苦しくなって、ペトラは自分のシャツの胸元を握りしめた。
立ち止まり振り返り、右手と右腕に包帯を巻かれた痛々しい彼の姿に胸が痛む。
「今夜も、なまえを頼む。」
「はい。」
ルルが戦死した日、ペトラのもとへやってきたリヴァイは、エレンのことは自分達に任せてなまえのそばにいてやってくれと言った。
それから毎日、リヴァイはペトラに同じ言葉を繰り返す。
眠れないだろうから夜も一緒にいてやってくれと言い出したのもリヴァイだった。
だから、あの日からずっと、ペトラは、リヴァイの指示通り、自分の仕事で手を離せない時以外はなまえのそばにいるようにしている。
リヴァイから初めてそんな頼みをされたのは、なまえがリヴァイ班で実践演習をすることになる前日だった。
男の自分よりも同性のペトラの方がなまえも頼りやすいだろう、そんな上官らしい気遣いからだったはずだ。
でも、今は、そんなに悲しそうな顔で、なまえの背中を苦しそうに見送りながら、どんな気持ちでその言葉を口にしているのだろう。
「お前にばかり負担をかけて、悪いな。」
「私は大丈夫です。でも…、リヴァイ兵長はいいんですか?」
「何がだ。」
「昨日のうちに仕事の引継ぎも終わりました。元から荷物も少なかったし、
予定通り、明日、なまえは兵団を去りますよ。」
「そうだな。」
「いいんですか?…今夜は、リヴァイ兵長がそばにいてあげたら、
なまえもきっとー。」
「ペトラ。」
リヴァイは、それより先を言うことを許さなかった。
口を噤んだペトラに、リヴァイは意外なことを訊ねた。
「なまえが調査兵団から去ることを、お前はどう思う?」
「私の意見なんて…。」
言ったところで、何かが変わるわけでもない。
なまえが兵団を去ると聞いてからずっと、思うことはあったがそれを声にすることはなかった。
エルド達も同じなのではないだろうか。
一緒にいても、決してなまえの話題を上げない彼らもきっと、同じ気持ちなのだと思う。
「いいから、聞かせろ。」
リヴァイは強引だった。
どうしても聞きたい答えがあるのかもしれない。
そう思ったが、ペトラには彼が何を望んでいるのかは分からない。
だから、正直な気持ちを話すことに決めた。
「なまえは実力のある兵士です。…悔しいですが、技術だけなら私やエルド達よりも上。
これから体力や筋力をつけ、経験まで増えれば、すごい兵士になると思います。」
「それで?」
「だから…、なまえが兵団を去ってしまうことは、
人類にとっても大きな損失だと感じました。ただ…。」
「ただ、なんだ、言え。」
言い淀むペトラに、リヴァイはさらに続けるように促す。
自分の気持ちをどう言葉にすればいいか分からず、ペトラは後ろを振り返った。
ハンジに肩を抱かれたなまえは、覚束ない足取りで自室へと向かっていく。
頼りない背中、あれはもう兵士ではない。
いや、元からなまえは、兵士ではなかったー。
「もしここでなまえが踏みとどまっても、調査兵団にいる限り、
これから何度も大切な仲間を失うでしょう。それが…、次は私かもしれない。
その度に傷つくような…、兵士ではいられないなまえは、必要ありません。」
間違ったことを言ったつもりは、なかった。
でも、リヴァイの瞳が揺れて、スッと目を反らされたとき、彼が求めていた答えはそれではなかったのだと悟った。
自分は答えを間違えてしまったー。
「なまえは、意地っ張りで気も強くて負けず嫌いで
いつだって誰より頑張ってた。
初めて会ったときから、すごい兵士になるんだろうなって思ってました。」
ペトラは、なまえに始めて会った日のことを思い出す。
異例の新兵の噂を聞いていたから、どんな女なのかと身構えていた。それこそ同性ということで、エルド達よりも敵視していたと思う。
そして、初めて会ったなまえは、噂通り、いや、噂以上に綺麗だった。
容姿もそうなのかもしれないけれど、兵団内で目立ってしまっていたのは、綺麗な容姿よりも、綺麗な所作だったのだと思う。
ほどけた髪を耳にかけるその仕草ひとつとっても女性らしくて、兵団内で男達と切磋琢磨していた私達とは全く違っていた。
それが、妬みを増幅させた要因だったと思っている。
例にもれず、自分もそんなことに嫌悪して、どうせ厳しい特訓にはついてこられない彼女のことをすぐに辞めさせるようにリヴァイにお願いしようと思ったのに、彼女は私達の期待をいい意味で裏切った。
弱音も吐かず、泣き言も言わず、必死に食らいついてくるその姿は狂気すら感じるものがあったのに、任務を離れた途端に兵士ではなくなる彼女が、いつの間にか好きになっていた。
兵士らしくない彼女の弱さを守りたいと思うほどには、大切な大切な友人にー。
「そうか。」
「こんな世界に生きてるのに、いつも明るくて、純真で無垢で。
彼女がいると兵団内がパァッと明るくなるんです。
あぁ…、そう。前にナナバさんが言ってました。なまえは天使みたいだって。」
白いワンピースを身に纏ったなまえに、ナナバがそう言ったのは、その洋服も含めてだったのだと思う。
でも、今、気づいた。
なまえは、兵士ではないどころか、人間ですらなかったんだ。
だって、彼女の心は、人間にしては綺麗すぎる。
だから、誰も死なせない兵士になりたいなんて夢みたいなことを言って、仕方のない死に対してもすぐに傷ついて。
儚い心を壊してしまう。
「あぁ…、そうだな。そうかもしれねぇな。」
僅かに目を見開いた後、リヴァイは自嘲気味に口を歪めた。
どうして、そんな顔をするのかは分からなかったけれど、彼も又、なまえのことを同じように感じていたのかもしれない。
そして今、ペトラの言葉で、その正体に気づいたようだった。
「兵士としてではなく、なまえと出逢いたかったです。
…みんなと、もっと普通に。普通に出逢いたかった。」
不意に漏れた本音。
そうだ、これが一番しっくりくる。
なまえが兵団を去ると聞いた時、最初に嫌だと思ったのは、人類にとって損失になるとかそんなことのためじゃない。
ただ、なまえと離れるのが寂しかっただけ。
一緒に、まだ一緒にいたかっただけ。
それは、なまえだけに限ったことではない。
兵舎で一緒に生活しているみんなが大切だ。ずっとずっと、一緒にいたい。
生きていたい。
「あぁ、おれもだ。」
遠い目をするリヴァイも、みんな同じ。
こんな世界でなければ、こんな苦しみはなかったのに。
でも、こんな世界に生まれてしまったから、抜け出そうと必死に戦うしかない。それが、どんなにつらくともー。
「なまえには、綺麗なままでいてほしいから。
仕方ないかなって思います。寂しいけど、もうこれ以上は苦しんでほしくないし。」
「そうだな。あれだけエルヴィンに食い下がったハンジも、
さっきのなまえを見て、考え直しちまったみてぇだ。」
困ったように笑うペトラに、リヴァイの言葉はそう続いた。
ずっと先の廊下を歩いているハンジとなまえの後ろ姿を視線で追いかけるリヴァイは、もしかしてー。
「リヴァイ兵長は、なまえは兵団を去るべきじゃないと考えてるんですか?」
ペトラの質問に、リヴァイは答えなかった。
その代わり、意外な行動をとった。
「お前は、偉いな。」
リヴァイがペトラの頭に手を乗せ、そっと撫でた。
思いも寄らない彼の優しい行動に驚いたペトラだったけれど、嬉しいというよりも、なんだか切ない気持ちになった。
だって、顔を上げて見たリヴァイの表情が、とても切なそうだったから。
自分の頭に乗せられた彼の手を伝わって、彼の気持ちが乗り移ったようだった。
もう一度、なまえのことを頼むと告げて、リヴァイは去っていった。
いつもは堂々として大きく見える背中が、どんどん小さくなっていく。
ペトラのことを偉いと言ったリヴァイは、自分の何を偉くないと思っているのだろうー。
それは、自分は出来る限りなまえには近づかず、そばにいてやろうとはしないことに関係しているのだろうか。
苦しくなって、ペトラは自分のシャツの胸元を握りしめた。