◇第三十六話◇兵士達
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太陽の気配を薄っすらと感じ始めた夜明け前、調査兵団の兵士達は身支度を終え、帰還の準備始めていた。
慣れというのは怖いもので、あれからの記憶が曖昧な私でさえも、装備に手間のかかる立体起動装置も装着し終え、テュランの背の上でエルヴィン団長の帰還合図を待っていた。
テュランが急に大きな声で鳴いたのは、そんな時だった。
驚く私を背に乗せたまま、テュランは猛スピードで走りだす。
「え!?なまえ!!どこに行くんだっ!?」
後ろから、驚いているハンジさんの声がしたけれど、そんなことで勢いづいているテュランが立ち止まってくれるわけもなかった。
私は振り落とされないように鬣に必死にしがみつきながら、何かを期待していた気がする。
それが何かは分からなかったけれど、このままテュランの好きなようにやらせれば、私の望む場所に連れて行ってくれる気がした。
だって、テュランが向かっているのは、巨大樹の森のある方向だったから。
だから、後ろから、私とテュランを追いかけてくるハンジさんやモブリットさん達の声がするけれど、手綱を引こうとは思わなかった。
そして、こちらに向かって走ってきている多数の巨人の群れを遠くに確認したとき、私の望む何かの正体が分かった気がした。
巨人の群れを率いているのは、馬に乗った数名の兵士達だった。
調査兵団の兵士達が帰還の準備をしているはずの今、彼らがなぜ巨大樹の森の方向から走ってきているのかは分からない。
でも、馬のスピードが落ちて巨人に捕まるリスクを理解しているはずの彼らが、背中に背負うもう二度と戦うことのない兵士を振り落とさない理由ならば、嫌というほどに理解出来た。
(あぁ、そうか…。私は…。)
今、ハッキリ分かった。
私は、ルルと帰りたいのだ。
特別なことなんて、何も望んでいない。
ただ、一緒に兵舎に戻って、シャワーを浴びて、食事をして、普通の生活がしたい。
聞いてほしいこともたくさんあるし、ルルの話だって幾らでも聞きたい。
私はー。
「なまえっ!助けてくれっ!!」
私の姿に気づいた兵士達が何か言ったのは聞こえた。でも、その言葉の意味は耳をすり抜けた。
だって、その時の私には、彼らの姿なんて見えていなかったからー。
憎しみと恨み、怒りと絶望、この世に存在し得る限りのありとあらゆる負の氷を宿した私の瞳に映るのは、巨人の姿だけだった。
意識のもっともっと奥の方にある心というやつが、私の身体に装備してある立体起動装置を使いこなして、大量の巨人の群れへと飛び込む。
私の心の代弁者と化した2本の腕が、必要以上に深くうなじを削いだ。
ちゃんと返してもらわないと、私はどこにも帰れない。
もう戻れないのだ、なんてことないいつもの日常にー。
「いない…。」
うなじを削がれて倒れていく巨人の腹を割いたけれど、消化器官のないヤツの腹から出てきたのは赤い塊だけだ。
そこに、私が返してもらいたかったルルの身体はなかった。
それならー。
私は、立体起動装置のガスを吹かし、アンカーを飛ばす。
超硬質スチールを振り回し、巨人のうなじを削いでは腹を切りまくる。
1体、2体、3体、4体、5体ー。
数えるのも面倒なくらいの巨人を殺した。
それなのに、何体殺しても、そこにルルの姿はなかった。
見つからない。
ルルの命が、どこにもない。
あと何体殺せば、ルルは見つけられるのだろう。
「見つけた…!」
死んだ巨人が上げる蒸気と、多数の巨人の中から見つけたのは、私達からルルを奪ったあの巨人だった。
巨人を見つけて嬉しいと思うなんて、これが初めてだ。
やっと、私はルルを助けられる。
きっと、大丈夫。
私はまた、ルルと会える。
一緒に帰れる。
遅れてごめんって謝って、ルルに叱ってもらって、そしてー。
全速力でガスを吹かして、私は、忌々しい巨人へ飛び掛かりうなじを削いだ。
そして、仰向けに倒れたソイツの腹の上に飛び降り、腹を割く。
「いない…、いない…、いない…!」
溢れて出てくる内臓とも呼べない赤黒い気持ちの悪い体液の中から、私は必死にルルを探した。
手探りで、腹の中を必死に必死にまさぐった。
でも、そこにルルの欠片すら見つけられない。
この巨人が食べたはずなのに。
どうして、見つからない。
ルルは、どこに行ってしまったのか。
ルルの命は、どこにいった。
まだ、巨人を殺したりないのか。
巨人をすべて駆逐すれば、ルルの命を返してもらえるだろうか。
いつの間にか集まってきていた調査兵達が、巨人の大群と戦っている。
巨人のものか、人間のものか分からない赤い液体が私の顔に降りかかる。
ここにいる巨人だけでも、人間はこんなに苦戦しているのにー。
この世に存在する巨人の数に途方にくれる私の目の前に、大きな手が迫ってきていた。
でも、逃げる気力も、逃げたいと思う心も、私は失ってしまっていた。
「こんな地獄でボーッとしてんじゃねぇよっ!!」
巨人の手が私に触れる直前、私を助けたのはゲルガーさんだった。
私を片腕に抱えたままで、行く手を邪魔する巨人を片手で討伐しながら、巨人の群れから抜け出す。
少し離れたところに下ろされた私は、地面の上に座り込んだ。
そこにあったのは、大切な仲間とただ帰りたかっただけの兵士達が号泣している姿とそんな彼らのために今まさに死んでいこうとしている兵士達の姿だった。
それは、この世で最も悲劇的な地獄だった。
「ひとりでよくやった。あとは、おれ達に任せな。」
ゲルガーさんは、私の頭をひと撫ですると立ち上がった。
そして、あの地獄の中へ再び戻るために、私に背を向ける。
彼もまた、苦楽を共にしてきた大切な仲間を壁外調査初日に失っている。
それだって、きっと今回が初めてではないはずだ。
何度も何度も大切な命を奪われ、それでもどうして、彼はこんなに真っすぐに戦えるのだろう。
私を助けて、優しい言葉をかける余裕なんてあるんだろう。
私はー。
「ゲルガーさん…。」
数歩先で振り返ったゲルガーさんに、私は訊ねた。
「もう…、分からないんです…。
私は今…、何をしてるんですか…?」
ゲルガーさんの優しさが残る気がする髪を痛いくらいに握って、私は頭を抱える。
ハンジさんは言っていたっけ。
私なら調査兵団の役に立てるから入団してほしいんだって。
でも、今、私の目の前で繰り広げられている地獄が、教えてくれるのだ。
無駄だと。どんなに抗ったところで、人間は、巨人には勝てないのだと。
私はなぜこんなところにいるのだろう。
人類の役に立つどころか、友人を死なせたのに。
いつか巨人は、すべての壁を壊し、私の大切なものをひとつ残らず食らうのだろう。
それなら、私はここで、何をしているのだろう。
「そんなの決まってるだろ。」
自信満々なゲルガーさんの声に、私は思わず顔を上げた。
いつの間にか顔を出していた太陽が、ゲルガーさんの顔を照らす。
眩しくて目を細める私に、彼は言った。
「生きてるんだよ、おれ達は。」
彼は走っていくー、悲劇を繰り返すだけの悲しい地獄へ。
精鋭兵に巨人の大群を任せてこの場を離れろというエルヴィン団長の指示が響く。
今この時、誰が正しくて、誰が間違っているのか。
ただ、風を切り空を飛ぶ兵士達の姿が、太陽に照らされ、ひどく眩しく輝いて見えたのだけは確かだった。
慣れというのは怖いもので、あれからの記憶が曖昧な私でさえも、装備に手間のかかる立体起動装置も装着し終え、テュランの背の上でエルヴィン団長の帰還合図を待っていた。
テュランが急に大きな声で鳴いたのは、そんな時だった。
驚く私を背に乗せたまま、テュランは猛スピードで走りだす。
「え!?なまえ!!どこに行くんだっ!?」
後ろから、驚いているハンジさんの声がしたけれど、そんなことで勢いづいているテュランが立ち止まってくれるわけもなかった。
私は振り落とされないように鬣に必死にしがみつきながら、何かを期待していた気がする。
それが何かは分からなかったけれど、このままテュランの好きなようにやらせれば、私の望む場所に連れて行ってくれる気がした。
だって、テュランが向かっているのは、巨大樹の森のある方向だったから。
だから、後ろから、私とテュランを追いかけてくるハンジさんやモブリットさん達の声がするけれど、手綱を引こうとは思わなかった。
そして、こちらに向かって走ってきている多数の巨人の群れを遠くに確認したとき、私の望む何かの正体が分かった気がした。
巨人の群れを率いているのは、馬に乗った数名の兵士達だった。
調査兵団の兵士達が帰還の準備をしているはずの今、彼らがなぜ巨大樹の森の方向から走ってきているのかは分からない。
でも、馬のスピードが落ちて巨人に捕まるリスクを理解しているはずの彼らが、背中に背負うもう二度と戦うことのない兵士を振り落とさない理由ならば、嫌というほどに理解出来た。
(あぁ、そうか…。私は…。)
今、ハッキリ分かった。
私は、ルルと帰りたいのだ。
特別なことなんて、何も望んでいない。
ただ、一緒に兵舎に戻って、シャワーを浴びて、食事をして、普通の生活がしたい。
聞いてほしいこともたくさんあるし、ルルの話だって幾らでも聞きたい。
私はー。
「なまえっ!助けてくれっ!!」
私の姿に気づいた兵士達が何か言ったのは聞こえた。でも、その言葉の意味は耳をすり抜けた。
だって、その時の私には、彼らの姿なんて見えていなかったからー。
憎しみと恨み、怒りと絶望、この世に存在し得る限りのありとあらゆる負の氷を宿した私の瞳に映るのは、巨人の姿だけだった。
意識のもっともっと奥の方にある心というやつが、私の身体に装備してある立体起動装置を使いこなして、大量の巨人の群れへと飛び込む。
私の心の代弁者と化した2本の腕が、必要以上に深くうなじを削いだ。
ちゃんと返してもらわないと、私はどこにも帰れない。
もう戻れないのだ、なんてことないいつもの日常にー。
「いない…。」
うなじを削がれて倒れていく巨人の腹を割いたけれど、消化器官のないヤツの腹から出てきたのは赤い塊だけだ。
そこに、私が返してもらいたかったルルの身体はなかった。
それならー。
私は、立体起動装置のガスを吹かし、アンカーを飛ばす。
超硬質スチールを振り回し、巨人のうなじを削いでは腹を切りまくる。
1体、2体、3体、4体、5体ー。
数えるのも面倒なくらいの巨人を殺した。
それなのに、何体殺しても、そこにルルの姿はなかった。
見つからない。
ルルの命が、どこにもない。
あと何体殺せば、ルルは見つけられるのだろう。
「見つけた…!」
死んだ巨人が上げる蒸気と、多数の巨人の中から見つけたのは、私達からルルを奪ったあの巨人だった。
巨人を見つけて嬉しいと思うなんて、これが初めてだ。
やっと、私はルルを助けられる。
きっと、大丈夫。
私はまた、ルルと会える。
一緒に帰れる。
遅れてごめんって謝って、ルルに叱ってもらって、そしてー。
全速力でガスを吹かして、私は、忌々しい巨人へ飛び掛かりうなじを削いだ。
そして、仰向けに倒れたソイツの腹の上に飛び降り、腹を割く。
「いない…、いない…、いない…!」
溢れて出てくる内臓とも呼べない赤黒い気持ちの悪い体液の中から、私は必死にルルを探した。
手探りで、腹の中を必死に必死にまさぐった。
でも、そこにルルの欠片すら見つけられない。
この巨人が食べたはずなのに。
どうして、見つからない。
ルルは、どこに行ってしまったのか。
ルルの命は、どこにいった。
まだ、巨人を殺したりないのか。
巨人をすべて駆逐すれば、ルルの命を返してもらえるだろうか。
いつの間にか集まってきていた調査兵達が、巨人の大群と戦っている。
巨人のものか、人間のものか分からない赤い液体が私の顔に降りかかる。
ここにいる巨人だけでも、人間はこんなに苦戦しているのにー。
この世に存在する巨人の数に途方にくれる私の目の前に、大きな手が迫ってきていた。
でも、逃げる気力も、逃げたいと思う心も、私は失ってしまっていた。
「こんな地獄でボーッとしてんじゃねぇよっ!!」
巨人の手が私に触れる直前、私を助けたのはゲルガーさんだった。
私を片腕に抱えたままで、行く手を邪魔する巨人を片手で討伐しながら、巨人の群れから抜け出す。
少し離れたところに下ろされた私は、地面の上に座り込んだ。
そこにあったのは、大切な仲間とただ帰りたかっただけの兵士達が号泣している姿とそんな彼らのために今まさに死んでいこうとしている兵士達の姿だった。
それは、この世で最も悲劇的な地獄だった。
「ひとりでよくやった。あとは、おれ達に任せな。」
ゲルガーさんは、私の頭をひと撫ですると立ち上がった。
そして、あの地獄の中へ再び戻るために、私に背を向ける。
彼もまた、苦楽を共にしてきた大切な仲間を壁外調査初日に失っている。
それだって、きっと今回が初めてではないはずだ。
何度も何度も大切な命を奪われ、それでもどうして、彼はこんなに真っすぐに戦えるのだろう。
私を助けて、優しい言葉をかける余裕なんてあるんだろう。
私はー。
「ゲルガーさん…。」
数歩先で振り返ったゲルガーさんに、私は訊ねた。
「もう…、分からないんです…。
私は今…、何をしてるんですか…?」
ゲルガーさんの優しさが残る気がする髪を痛いくらいに握って、私は頭を抱える。
ハンジさんは言っていたっけ。
私なら調査兵団の役に立てるから入団してほしいんだって。
でも、今、私の目の前で繰り広げられている地獄が、教えてくれるのだ。
無駄だと。どんなに抗ったところで、人間は、巨人には勝てないのだと。
私はなぜこんなところにいるのだろう。
人類の役に立つどころか、友人を死なせたのに。
いつか巨人は、すべての壁を壊し、私の大切なものをひとつ残らず食らうのだろう。
それなら、私はここで、何をしているのだろう。
「そんなの決まってるだろ。」
自信満々なゲルガーさんの声に、私は思わず顔を上げた。
いつの間にか顔を出していた太陽が、ゲルガーさんの顔を照らす。
眩しくて目を細める私に、彼は言った。
「生きてるんだよ、おれ達は。」
彼は走っていくー、悲劇を繰り返すだけの悲しい地獄へ。
精鋭兵に巨人の大群を任せてこの場を離れろというエルヴィン団長の指示が響く。
今この時、誰が正しくて、誰が間違っているのか。
ただ、風を切り空を飛ぶ兵士達の姿が、太陽に照らされ、ひどく眩しく輝いて見えたのだけは確かだった。