◇第三十三話◇酔っぱらいの願い
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大聖堂の屋根から見張りをしている数名以外は、ほとんどの調査兵が早いうちに眠りについた。
時々交代をしているけれど、ほとんど1日中続いた移動と緊張でみんな疲れているのだろう。
そんな中、夜中と呼ばれる時間になっても緊張からなのか眠れない私は、見張りの交代を終えた後からずっと大聖堂の時計台の上にいた。
とっくに壊れたそれは時を刻むことを忘れて、壊れたそのときのまま針はきっと二度と動かない。
人間と同じだーと思った。
でも、それは、肉体が壊れてしまった死んだ人間のことだろうか。それとも、大切な人を失って心が壊れてしまった生き残った人間だろうか。
「夜空からは、この世界はどう見えますか?」
今夜、新しく増えたであろう星に訊ねてみたけれど、いつものように返事はない。
昨日までの彼らなら、豪快に笑って、下品な冗談を飛ばしてくれたはずなのに。
誰も死なせない兵士になりたいー、それはやはり無謀でしかないのだろう。
だって、人類最強のリヴァイ兵長ですら、犠牲は必要だと言っているのに。
でも、それでも、私はまだ希望を捨てられない。
人類が巨人を駆逐して平和を取り戻すためには、本当に多大な犠牲が必要なのだろうか。
その平和のために、たくさんの誰かを地獄に落としてもいいのだろうか。
そんな権利、誰にあるのだろうかー。
たとえ、綺麗事だと悲しい顔をされても、鼻で笑われても、私は誰も泣かせたくないのだ。
「おれも混ぜろ。」
後ろから声をかけられた。
両手にお酒の瓶を持ってやってきたのは、リヴァイ兵長だった。
「お前らはよく戦った。これ飲んで、もう休め。」
瓶の蓋を開けて、リヴァイ兵長はお酒を並べた。
まるで、そこに彼らがいるみたいだった。
すぐそこに座って、意外な人物からの労いに驚きながらも嬉しそうにお酒の瓶を傾けている彼らの姿が、ほんの一瞬、本当に見えた気がしたのだ。
「嬉しそうですね。」
「だろうな。」
嬉しそうだったのは、私かもしれない。
クスクスと笑う私に視線を落とした後、リヴァイ兵長も酒の瓶を1つとって口に注いだ。
「リヴァイ兵長も飲むんですか?」
「誰か飲まねぇとなくならねーじゃねぇか。」
そこは現実的なんだー。
当然のように言ったリヴァイ兵長が可笑しくて、笑ってしまった。
そしたら、今度は、彼らの豪快な笑い声まで聞こえてきて。
あぁ、一緒にいるんだーと思った。
そういえば、前にヒルラから、調査兵団の自由の翼の意味を聞いたことがある。
白い翼は、人類の希望を背負った兵士が1人1人集まってできた翼。
黒い翼はー、兵士の命を1つ1つ喪って出来た翼なのだ、と。
私達の背中になびく自由の翼に、歴戦の勇士達がいるのだと思うと、さっきよりも強くなれたような気がするから不思議だ。
「お前も飲め。」
「はい、いただきます。」
リヴァイ兵長からお酒の瓶を受け取って、口に運ぶ。
普段は飲まないような強いお酒に、喉の奥が熱くなったけれど、なんとか流し込んだ。
私の歓迎会のときにはひたすら紅茶を飲んでいたから下戸だと思っていたけれど、平然と強いお酒を呑んでいるリヴァイ兵長は、意外とお酒に強いようだ。
「そういえば、壁外調査にお酒なんて持ってくるんですね。」
「不届き者がな。」
どうやら、こっそり持ち込まれたお酒らしい。
チッと舌打ちをしたリヴァイ兵長だったけれど、部下の息抜きに目を瞑っているようだ。
リヴァイ兵長が気づいているのなら、エルヴィン団長も気づいていないわけはないから、暗黙の了解のようなものがあるのかもしれない。
それから私達は、見えないけれど確かにそこにいる彼らとの思い出をポツリ、ポツリと話し出した。
「ーそしたら、ゲルガーさんの自慢のリーゼントがお酒でしおれちゃって。」
「それは災難だったな。」
「怒ってるんですけど、頭がしおれてるから全然怖くないし、
むしろ面白くって、みんなで大笑いしちゃって。」
「本当に、災難だな。」
私とリヴァイ兵長は、胸に残る限りの彼らとの思い出を話し続けた。
いつの間にか空になった瓶が足元に転がっていて、残っているのは私とリヴァイ兵長の手に残っている瓶だけ。
それも、あと数口分くらいしか入っていない。
お酒の熱で頭がぼんやりしていく代わりに、星になった彼らの姿が鮮やかに見えるようになって、すごく楽しい。
そして、思い出話が途切れて少しの沈黙が流れた合間に、リヴァイ兵長は思いがけない方向に話題を変えた。
「昨日の夜のこと、おれに訊かねぇのか。」
「…それは、リヴァイ兵長とペトラのことで、
私には関係のないことですから。」
本当は訊きたくてずっとウズウズしていたくせに、私はそう言って、折り曲げた両膝を抱きしめて、目を伏せる。
訊きたい。
でも、知りたくない。
2人が唇を重ねたなんて、想像もしたくない。
恋の終わり方が分からなくて、頭が痛い。
「お前はいいのか?」
「ん?」
何のことだろう、と思って、両膝に顔を埋めたままで、リヴァイ兵長を見た。
「おれがペトラに手を出しても構わねぇのか。」
リヴァイ兵長は、どうしてそんなことを私に訊くんだろう。
身体が熱くなっていくのは、お酒のせい。
それとも、おかしなことを訊いてきたリヴァイ兵長のせいだろうか。
嫌ですーそう言ったら、リヴァイ兵長はどうするんだろう。
困った顔をするのだろうか。
ぼんやりする頭で、リヴァイ兵長の真意を探そうとしたけれど、そんなのハッキリしている頭でも無理に決まっている。
人の気持ちなんて、分かるわけない。
そうか。だから、みんな、恋をすると苦しいのか。
「リヴァイ兵長…、私はー。」
「いや、答えなくていい。」
「え?」
「忘れろ。」
リヴァイ兵長はそう言って、瓶の中に残っていたお酒をすべて口の中に流し込んだ。
自分が数秒前に吐いた言葉も一緒に呑み込むみたいにして一気になくなったそれを、足元に乱暴に捨てる。
転がって空になった瓶にぶつかって止まったそれが、まるで私の心みたいに見えた。
胸が痛くなって、苦しくなって。
そう、お酒も飲んでいたから、酔っぱらっていたから。
きっと、それは私のせいではなくてー。
「いやです…!」
リヴァイ兵長の腕を捕まえて、私は彼に懇願しようとしていた。
重荷を背負わせたくない、と優しいペトラは言っていたっけ。
でも、私には、無理みたいだ。
いきなりの私の行動に驚いたリヴァイ兵長と目が合う。
私は今から、何を言おうとしてるんだろうー。
「私は…っ!いや、です…!」
「酔ってんのか、てめぇ。」
「死んだら星になるなんて、そんなのいやですっ。」
「…は?」
「知ってますか?星は…、喋らないんです…。」
「…だろうな。おい、お前、酔ってるだろ。」
リヴァイ兵長にため息を吐かれても気にならなかった。
私は、星になった彼らのことを想って、怖くなっていたから。
だって、いつだって、彼らは聞き役だった。
何を話しかけても、絶対に返事はしてくれない。
触れることも出来ない遠い場所で、ただ見てるだけだ。
そんなのってー。
「私は…、黒い翼になりたい。
リヴァイ兵長の…翼になりたい…。」
好きだとも言えない、恋を諦めると決めて、リヴァイ兵長と誰かの恋をとやかく言う権利もない私の精一杯の願い。
死んでからでいいから、叶って欲しい願い。
リヴァイ兵長のマントの上で、白と黒の翼が気持ちよさそうに夜風に揺れている。
たったひとつだってこぼさないように大切に大切に、願いのすべてを乗せて、自由を求めて空を飛んでいる。
この人の背中に乗って空を飛んだら、どんな景色が見えるのだろう。
「私が死んだらー。」
「くだらねぇこと言ってねぇで、死なねぇように訓練に励め。」
「知らないんですか?私は…リヴァイ兵長より、先に死ぬんです。」
「…かもな。」
「かもじゃなくて、絶対にー。」
「もう分かった、酔っ払い。
いい加減そのうるせぇ口を黙らさねぇと削ぐぞ。」
「約束してくださいっ。私が死んでもっ、一緒に空を飛んでくれるってっ!」
リヴァイ兵長の目を見て懇願する。
私はまた一つ、重たい荷物を彼の背中に乗せようとしている。
しかもそれは、彼が望んで乗せたものではなくて、優しい彼が断われずに受け止めたもので。
それでも構わないと思う私は、本当に自分勝手なんだろう。
それとも、お酒のせいかな。
お酒のせいなら、いいのにー。
「…っ、あぁ、約束する。」
一度、何かを言いかけたリヴァイ兵長だったけれど、私から目を反らす代わりに、了承の言葉をくれた。
ズキリ、痛んだのは、私の胸かな。リヴァイ兵長の胸の痛みだったのかな。
「よかった…。」
リヴァイ兵長の背中に触れると、温かい熱が伝わってきた。
死んだら、こうして触れることも出来なくなるのか。
「見てるだけでいいとか…そんなの嘘なんです…。
本当は…、声を聞きたいし、触れたいし、触れてほしい…。」
リヴァイ兵長の背中を撫でる手だけが、ゆっくりと温まっていく。
そこからポロ、ポロと心の声が漏れていく。
私は今、何を言ってるんだろう。
頭がボーッとする。
「リヴァイ兵長…。」
「今度はなんだ。クソの世話はするつもりはねぇぞ。」
「もう…、私を苦しめないで…。」
「おい、俺がお前に何をしたってー。」
フッと意識が飛んで、私は前のめりに倒れこんでいた。
でも、痛くはなくて、なんだか懐かしい感触。
お気に入りの枕みたいに柔らかくはないし、むしろ硬いけど、すごく安心する。
「他の人と、キスしないで…。」
独り占めするみたいに、腕の中にある温もりを抱きしめる。
どうか、誰のものにもならないで。
誰にも触れないで。
恋をしないで。
何て勝手な願いだろう。
自分は、勝手にリヴァイ兵長を好きになって、勝手にその恋を諦めようとしているのに。
でも、どうかお願いします。
誰のものにもならないでー。
「チッ。酔っ払いが。」
フワフワする意識の上の方で、リヴァイ兵長が何かを言っているのが聞こえた気がした。
誰かと話しているのだろうか。
あぁ、コンラートさん達と一緒にお酒を呑んでいたんだった。
ゲルガーさんの分まで呑んでしまおうってコンラートさんがまたひとつお酒の瓶を空にするから、リヴァイ兵長が、いい加減にしろって止めてるんだろうな。
明日、少なくなったお酒の瓶を前に、私もリヴァイ兵長もコンラートさん達もゲルガーさんに叱られるな。
いっか。それも。
だって、そんな明日が来たらー。
「しあわせですね。」
幸せな気持ちになって、それを伝えたくて、リヴァイ兵長に微笑んだ。
リヴァイ兵長が、何かを言った気がする。
でも、それを私に伝える気はなかったように思う。
だって、小さく呟くように言ったし、それに、私の返事を望んでもいなかったはずだから。
何かを呟いた後、リヴァイ兵長は、私の腕を掴んで自分の方に引き寄せると、そのまま自分の唇で私の唇を塞いだ。
ぼんやりする頭も、熱い身体も、この状況も、お酒が見せた夢だろうか。
お酒でうるんだ瞳を、私はそっと閉じた。
このまま、時が止まればいいのにー。
時々交代をしているけれど、ほとんど1日中続いた移動と緊張でみんな疲れているのだろう。
そんな中、夜中と呼ばれる時間になっても緊張からなのか眠れない私は、見張りの交代を終えた後からずっと大聖堂の時計台の上にいた。
とっくに壊れたそれは時を刻むことを忘れて、壊れたそのときのまま針はきっと二度と動かない。
人間と同じだーと思った。
でも、それは、肉体が壊れてしまった死んだ人間のことだろうか。それとも、大切な人を失って心が壊れてしまった生き残った人間だろうか。
「夜空からは、この世界はどう見えますか?」
今夜、新しく増えたであろう星に訊ねてみたけれど、いつものように返事はない。
昨日までの彼らなら、豪快に笑って、下品な冗談を飛ばしてくれたはずなのに。
誰も死なせない兵士になりたいー、それはやはり無謀でしかないのだろう。
だって、人類最強のリヴァイ兵長ですら、犠牲は必要だと言っているのに。
でも、それでも、私はまだ希望を捨てられない。
人類が巨人を駆逐して平和を取り戻すためには、本当に多大な犠牲が必要なのだろうか。
その平和のために、たくさんの誰かを地獄に落としてもいいのだろうか。
そんな権利、誰にあるのだろうかー。
たとえ、綺麗事だと悲しい顔をされても、鼻で笑われても、私は誰も泣かせたくないのだ。
「おれも混ぜろ。」
後ろから声をかけられた。
両手にお酒の瓶を持ってやってきたのは、リヴァイ兵長だった。
「お前らはよく戦った。これ飲んで、もう休め。」
瓶の蓋を開けて、リヴァイ兵長はお酒を並べた。
まるで、そこに彼らがいるみたいだった。
すぐそこに座って、意外な人物からの労いに驚きながらも嬉しそうにお酒の瓶を傾けている彼らの姿が、ほんの一瞬、本当に見えた気がしたのだ。
「嬉しそうですね。」
「だろうな。」
嬉しそうだったのは、私かもしれない。
クスクスと笑う私に視線を落とした後、リヴァイ兵長も酒の瓶を1つとって口に注いだ。
「リヴァイ兵長も飲むんですか?」
「誰か飲まねぇとなくならねーじゃねぇか。」
そこは現実的なんだー。
当然のように言ったリヴァイ兵長が可笑しくて、笑ってしまった。
そしたら、今度は、彼らの豪快な笑い声まで聞こえてきて。
あぁ、一緒にいるんだーと思った。
そういえば、前にヒルラから、調査兵団の自由の翼の意味を聞いたことがある。
白い翼は、人類の希望を背負った兵士が1人1人集まってできた翼。
黒い翼はー、兵士の命を1つ1つ喪って出来た翼なのだ、と。
私達の背中になびく自由の翼に、歴戦の勇士達がいるのだと思うと、さっきよりも強くなれたような気がするから不思議だ。
「お前も飲め。」
「はい、いただきます。」
リヴァイ兵長からお酒の瓶を受け取って、口に運ぶ。
普段は飲まないような強いお酒に、喉の奥が熱くなったけれど、なんとか流し込んだ。
私の歓迎会のときにはひたすら紅茶を飲んでいたから下戸だと思っていたけれど、平然と強いお酒を呑んでいるリヴァイ兵長は、意外とお酒に強いようだ。
「そういえば、壁外調査にお酒なんて持ってくるんですね。」
「不届き者がな。」
どうやら、こっそり持ち込まれたお酒らしい。
チッと舌打ちをしたリヴァイ兵長だったけれど、部下の息抜きに目を瞑っているようだ。
リヴァイ兵長が気づいているのなら、エルヴィン団長も気づいていないわけはないから、暗黙の了解のようなものがあるのかもしれない。
それから私達は、見えないけれど確かにそこにいる彼らとの思い出をポツリ、ポツリと話し出した。
「ーそしたら、ゲルガーさんの自慢のリーゼントがお酒でしおれちゃって。」
「それは災難だったな。」
「怒ってるんですけど、頭がしおれてるから全然怖くないし、
むしろ面白くって、みんなで大笑いしちゃって。」
「本当に、災難だな。」
私とリヴァイ兵長は、胸に残る限りの彼らとの思い出を話し続けた。
いつの間にか空になった瓶が足元に転がっていて、残っているのは私とリヴァイ兵長の手に残っている瓶だけ。
それも、あと数口分くらいしか入っていない。
お酒の熱で頭がぼんやりしていく代わりに、星になった彼らの姿が鮮やかに見えるようになって、すごく楽しい。
そして、思い出話が途切れて少しの沈黙が流れた合間に、リヴァイ兵長は思いがけない方向に話題を変えた。
「昨日の夜のこと、おれに訊かねぇのか。」
「…それは、リヴァイ兵長とペトラのことで、
私には関係のないことですから。」
本当は訊きたくてずっとウズウズしていたくせに、私はそう言って、折り曲げた両膝を抱きしめて、目を伏せる。
訊きたい。
でも、知りたくない。
2人が唇を重ねたなんて、想像もしたくない。
恋の終わり方が分からなくて、頭が痛い。
「お前はいいのか?」
「ん?」
何のことだろう、と思って、両膝に顔を埋めたままで、リヴァイ兵長を見た。
「おれがペトラに手を出しても構わねぇのか。」
リヴァイ兵長は、どうしてそんなことを私に訊くんだろう。
身体が熱くなっていくのは、お酒のせい。
それとも、おかしなことを訊いてきたリヴァイ兵長のせいだろうか。
嫌ですーそう言ったら、リヴァイ兵長はどうするんだろう。
困った顔をするのだろうか。
ぼんやりする頭で、リヴァイ兵長の真意を探そうとしたけれど、そんなのハッキリしている頭でも無理に決まっている。
人の気持ちなんて、分かるわけない。
そうか。だから、みんな、恋をすると苦しいのか。
「リヴァイ兵長…、私はー。」
「いや、答えなくていい。」
「え?」
「忘れろ。」
リヴァイ兵長はそう言って、瓶の中に残っていたお酒をすべて口の中に流し込んだ。
自分が数秒前に吐いた言葉も一緒に呑み込むみたいにして一気になくなったそれを、足元に乱暴に捨てる。
転がって空になった瓶にぶつかって止まったそれが、まるで私の心みたいに見えた。
胸が痛くなって、苦しくなって。
そう、お酒も飲んでいたから、酔っぱらっていたから。
きっと、それは私のせいではなくてー。
「いやです…!」
リヴァイ兵長の腕を捕まえて、私は彼に懇願しようとしていた。
重荷を背負わせたくない、と優しいペトラは言っていたっけ。
でも、私には、無理みたいだ。
いきなりの私の行動に驚いたリヴァイ兵長と目が合う。
私は今から、何を言おうとしてるんだろうー。
「私は…っ!いや、です…!」
「酔ってんのか、てめぇ。」
「死んだら星になるなんて、そんなのいやですっ。」
「…は?」
「知ってますか?星は…、喋らないんです…。」
「…だろうな。おい、お前、酔ってるだろ。」
リヴァイ兵長にため息を吐かれても気にならなかった。
私は、星になった彼らのことを想って、怖くなっていたから。
だって、いつだって、彼らは聞き役だった。
何を話しかけても、絶対に返事はしてくれない。
触れることも出来ない遠い場所で、ただ見てるだけだ。
そんなのってー。
「私は…、黒い翼になりたい。
リヴァイ兵長の…翼になりたい…。」
好きだとも言えない、恋を諦めると決めて、リヴァイ兵長と誰かの恋をとやかく言う権利もない私の精一杯の願い。
死んでからでいいから、叶って欲しい願い。
リヴァイ兵長のマントの上で、白と黒の翼が気持ちよさそうに夜風に揺れている。
たったひとつだってこぼさないように大切に大切に、願いのすべてを乗せて、自由を求めて空を飛んでいる。
この人の背中に乗って空を飛んだら、どんな景色が見えるのだろう。
「私が死んだらー。」
「くだらねぇこと言ってねぇで、死なねぇように訓練に励め。」
「知らないんですか?私は…リヴァイ兵長より、先に死ぬんです。」
「…かもな。」
「かもじゃなくて、絶対にー。」
「もう分かった、酔っ払い。
いい加減そのうるせぇ口を黙らさねぇと削ぐぞ。」
「約束してくださいっ。私が死んでもっ、一緒に空を飛んでくれるってっ!」
リヴァイ兵長の目を見て懇願する。
私はまた一つ、重たい荷物を彼の背中に乗せようとしている。
しかもそれは、彼が望んで乗せたものではなくて、優しい彼が断われずに受け止めたもので。
それでも構わないと思う私は、本当に自分勝手なんだろう。
それとも、お酒のせいかな。
お酒のせいなら、いいのにー。
「…っ、あぁ、約束する。」
一度、何かを言いかけたリヴァイ兵長だったけれど、私から目を反らす代わりに、了承の言葉をくれた。
ズキリ、痛んだのは、私の胸かな。リヴァイ兵長の胸の痛みだったのかな。
「よかった…。」
リヴァイ兵長の背中に触れると、温かい熱が伝わってきた。
死んだら、こうして触れることも出来なくなるのか。
「見てるだけでいいとか…そんなの嘘なんです…。
本当は…、声を聞きたいし、触れたいし、触れてほしい…。」
リヴァイ兵長の背中を撫でる手だけが、ゆっくりと温まっていく。
そこからポロ、ポロと心の声が漏れていく。
私は今、何を言ってるんだろう。
頭がボーッとする。
「リヴァイ兵長…。」
「今度はなんだ。クソの世話はするつもりはねぇぞ。」
「もう…、私を苦しめないで…。」
「おい、俺がお前に何をしたってー。」
フッと意識が飛んで、私は前のめりに倒れこんでいた。
でも、痛くはなくて、なんだか懐かしい感触。
お気に入りの枕みたいに柔らかくはないし、むしろ硬いけど、すごく安心する。
「他の人と、キスしないで…。」
独り占めするみたいに、腕の中にある温もりを抱きしめる。
どうか、誰のものにもならないで。
誰にも触れないで。
恋をしないで。
何て勝手な願いだろう。
自分は、勝手にリヴァイ兵長を好きになって、勝手にその恋を諦めようとしているのに。
でも、どうかお願いします。
誰のものにもならないでー。
「チッ。酔っ払いが。」
フワフワする意識の上の方で、リヴァイ兵長が何かを言っているのが聞こえた気がした。
誰かと話しているのだろうか。
あぁ、コンラートさん達と一緒にお酒を呑んでいたんだった。
ゲルガーさんの分まで呑んでしまおうってコンラートさんがまたひとつお酒の瓶を空にするから、リヴァイ兵長が、いい加減にしろって止めてるんだろうな。
明日、少なくなったお酒の瓶を前に、私もリヴァイ兵長もコンラートさん達もゲルガーさんに叱られるな。
いっか。それも。
だって、そんな明日が来たらー。
「しあわせですね。」
幸せな気持ちになって、それを伝えたくて、リヴァイ兵長に微笑んだ。
リヴァイ兵長が、何かを言った気がする。
でも、それを私に伝える気はなかったように思う。
だって、小さく呟くように言ったし、それに、私の返事を望んでもいなかったはずだから。
何かを呟いた後、リヴァイ兵長は、私の腕を掴んで自分の方に引き寄せると、そのまま自分の唇で私の唇を塞いだ。
ぼんやりする頭も、熱い身体も、この状況も、お酒が見せた夢だろうか。
お酒でうるんだ瞳を、私はそっと閉じた。
このまま、時が止まればいいのにー。