◇第百四十八話◇命懸けの幸せを守るために走れ
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厳かな式に血だらけの兵団服で駆け込んできたのは、アルミンだった。
転がるようにして入って来たアルミンは、真っ赤な絨毯をブーツで踏み叫んだ。
「鎧の巨人が…!!アニを取り戻すためにストヘス区へ急襲!!」
焦燥感に支配された声で叫ばれたそれは、血に染まった兵団服の理由を教えてくれた。
恐怖に慄く悲鳴が上がり、式に参列していた貴族や王族関係者が自分たちの身の安全のために騒ぎ出す。
そんな中、私は、真っ赤な絨毯を逆戻りするみたいにアルミンの元へ走った。
「どういうこと!?リヴァイ兵長達は…!?」
「お願いです…っ、助けてください…っ!!」
今にも泣きだしそうな悲壮な顔で懇願するアルミンを見れば、劣勢であることは明らかだった。
戦況は最悪なのだろう。
そう悟れば、血の気が引く前に、もっと強い感情が私を支配する。
仲間の元へ行くー。必ず、共に戦うー。
「もちろんよ!さぁ、行こー。」
「行かすわけないだろ。」
ルーカスが私の腕を掴む。
振り返れば、悪魔よりも冷たい瞳でルーカスが私を見下ろしていた。
「君はここで俺と結婚式を挙げる。巨人なんかに邪魔はさせない。」
「何言ってるの!?今、ストヘス区が襲われてるの!!
ここにだって巨人が来るかもしれないわ!!」
必死に手を振りほどこうとする私なんてものともせず、ルーカスは白髪の執事に、王都の兵力を集めて巨人の侵入を阻止するように指示を出した。
他の貴族たちも、なんとか王都を守るようにとあちこちで指示が飛んでいる。
まるで、王都さえ守られればそれでいいと言っているようなそれに、腹が立つどころか、もう感情すら湧いてこなかった。
彼らにとって、今このときも命を懸けて戦っている兵士の命なんてそこらへんに転がる石と変わらないのだろう。
いやきっと、兵士だけじゃない。
すぐ隣にいる誰かの命だって、無駄に肥えた自分の命に比べて、ひどく安く見積もっているに違いない。
そこへ、両親もやってきて、私の腕を掴むと必死に懇願し始めた。
「なまえ、ルーカスさんの言う通りよ。あなたはここで結婚式を挙げるの。」
「お前は自分の幸せのために出来ることをしなさい。それがお前のためにー。」
「いい加減にしてッ!!!!!!!!」
自分でも驚くほどの怒鳴り声は、大広間を揺らしたんじゃないかと思うほどに大きく響いた。
騒がしかった貴族達も、思わず口を噤みシンと静まり返る。
「時間がないの!!今この時も私の大切な人達は命を懸けて戦ってんの!!
私の幸せがどうとかねッ!!人の命に比べれば、クソほどどーーーーっだっていいわ!!
そんなこともわかんないのかッ、クソ野郎共が!!」
私の剣幕が、シンと静まり返った式場に響く。
アルミンが小さな声で、口が悪くなったとかなんとか呟いていたれど、自分でも何を言ったかよく覚えていないし、口が悪かったならそれは仕方がない。
だって、人の命が懸かっているときに、自分さえよければいいとはもう、私は思いたくないからー。
調査兵団の兵士達に出会う前の自分にはもう、戻りたくない。
彼らは、数か月前の私の姿に違いなかった。
「よく言った。なまえの言う通りじゃ。
ルーカスくん、彼女の覚悟はもうとっくにわかってるはずじゃぞ。
その手を放してあげなさい。」
思いがけず、やってきてくれたのはピクシス指令だった。
式に列席していて、私と同じようにアルミンの登場で世界の戦況を知った彼は、参謀の駐屯兵に王都の駐屯兵達に内門の死守、ストヘス区で戦う兵士達への加勢を指示するように命じた。
「俺に命令とはいい度胸だな。今すぐ、兵団トップから引きずり降ろしてもいいんだぞ。」
ルーカスが低い声で言って、ピクシス指令を睨みつける。
すぐに駆けていった駐屯兵を見送りながら、ピクシス指令が答える。
「人類の存続のためなら、こんな老いぼれの首なんか喜んで差し出すわ。」
「な…!?」
「この104期の調査兵は、とても聡い兵士だ。そんな彼が、劣勢の戦況に仲間を残し、
王都にまでやってきたのを見れば、その理由は明らかじゃ。
この状況をひっくり返せるのは、なまえしかいないと判断したんじゃろ。」
「はいっ!なまえさんの力が必要なんです!!その手を放してください!!」
アルミンは、ピクシス指令という強い味方が現れたことで、悲壮な表情に少しずつ強さを取り戻していった。
だが、ルーカスは許さない。
「人類の存続のためなら、俺が手を放すと?はっ!まさか!
俺はなまえと結婚する。なまえは俺のだ。そもそも、彼女はもう調査兵じゃないんだ!
戦場に出ていくことなんて、許されない!!」
「そうか。では、本人に訊ねよう。」
ピクシス指令は、そう言うと私の方を見た。
「君はそこの男のものか?それとも兵士か?」
左腕をルーカスに掴まれたまま、私は敬礼で答える。
「私は意思のある人間です!
そして、調査兵団第四分隊ハンジ班所属、なまえ・みょうじであります!!」
「よし、見事な敬礼だ。では、ワシから指令を下そう。
至急、ストヘス区へ向かい、鎧の巨人からアニ・レオンハートを死守せよ!」
「はッ!!」
兵士として生きることを選んだ私の腕から、ルーカスの手を放そうとピクシス指令が掴む。
自分のことを老いぼれと呼んだ彼だが、兵団トップに長らく君臨していられるだけの実力者だ。
だが、それでも、ルーカスは掴まれた手首の痛みに顔を歪めながらも、絶対にその手を放そうとはしなかった。
彼もまた、強い意志を持って、私の足をこの場所に縫い付けようとしていた。
「絶対に行かさない。なまえはここで俺と結婚するんだ。
必ず俺のものにする。巨人に殺させたりなんかしない…!」
力強い眼差しと、痺れるくらいに痛い手の力。
ルーカスの本気は嫌というほどに伝わって来た。
でも、今の私には、彼の気持ちだとか愛だとか、考えてやるだけの心の余裕も時間もなかった。
「アルミン、私の腕を切り落して。」
「えッ!?そんなことー。」
「ルーカスは絶対に私の手を放さない!もう腕を切って行くから、早くして!!!」
「そんな…っ。」
私の発言に、アルミンはどうしたらいいかわからない様子で、立体起動装置の鞘と私を交互に何度も見る。
「君は何を言ってるんだ。片腕の状態で戦場に行って何をする気だ。
死にに行く気か。」
「両腕残したままこんなとこであなたと睨めっこしてるよりは、
よっぽど有意義に生きてられるわ!!」
私とルーカスの睨み合いが続く。
どちらも引かないし、アルミンはどうしたらいいかわからない様子だー。
「あーっ、もう遅い!!貸してっ!!自分で切る!!」
アルミンが腰につけている立体起動装置の鞘から超硬質スチールを抜き出した。
真っ青な顔で何かを叫んだ彼を無視して、私は刃を振り上げる。
母親が悲鳴を上げた。
「放せばいいんだろ!!!!!!」
超硬質スチールを振り下ろしたのとほぼ同時にルーカスが怒鳴るように叫んだ。
ルーカスの手が離れた私の腕に超硬質スチールが触れて止まる。
皮膚を切って、真っ赤な血で赤い線はできたが、左腕は繋がれたままで残っていた。
「俺の腕じゃなくて、自分の腕ってのが君らしいよ。」
ルーカスが何か小さな声で呟くように言ったけれど、また騒がしくなっていた広間ではよく聞こえなかった。
それに正直、どうでもよかった。
とにかく、私はみんなの元へ急がなければー。
アルミンに声をかけて、やっと走り出そうとした私の背中をルーカスの焦った声が追いかけてきた。
なぜだろう。
急いでいるのに、時間がないのに、私は振り返ってルーカスの言葉を待っていた。
「最後にひとつだけ聞かせてくれ。」
「…なに?」
「どうして、あの男なんだ。今だって生きてるかもわからないじゃないか。
いずれ君を残して死ぬ、それか君が先に無残に死ぬかどっちかだ。
それがわかっていながら、なぜなまえはあの男を選ぶ。」
ルーカスは怒っていた。
すごく、悲しそうに、切なそうに、怒っていた。
私を強引に引き留める代わりに、両の拳を震わせてー。
「私に翼をくれた人だから。」
「…翼?」
ルーカスが訝し気に眉を顰めた。
いつか、リヴァイ兵長にお願いしたことがある。
私が死んだら、リヴァイ兵長の黒い翼にしてほしいって。そうやって、死んでからも一緒に空を飛ばせてほしいって。
それが、いつの間にか、私の背にも黒い翼がいくつも乗っていた。
すごく重い、すごくツラい、振りほどきたいときもある。
でも、私がその黒い翼を背負って飛べるのは、もっともっとたくさんの黒い翼を背負ってもなお強く生きる背中をリヴァイ兵長が見せてくれるからだ。
彼は、私の道標だ。
失ってしまったら、私はもう空を飛ぶどころか、歩くことすら出来なくなる。
「リヴァイ兵長は、私に自由に空を飛ぶ翼をくれたの。
自由には責任も伴うし、命懸けだけど、空から見る景色は最高だって知ってしまったら
もう地面には降りてこられない。そもそも空高く飛んでる私達の翼は誰にも折れない。」
私を睨みつけるように、ここに残ってくれと懇願するように見つめていたルーカスの瞳が、ゆっくりと諦めていったのが分かった。
「ごめんね。」
小さく呟くように言ったそれが彼に聞こえたかはわからない。
そもそも彼に言ったのかもわからない。
私は、アルミンと一緒に仲間の元へ走った。
「なまえ!!」
追いかけようとした父親を、母親が引き留めたことを私は知らない。
「どうして、お前…!」
「もし、あなたが今戦っていて、私も戦う術を持っていたら、
私はあなたを助けに走ると思うの。誰が、何と言おうとも。
あなたならどうする?」
「…っ。それは…っ、助けに行くに決まっているだろう…!
死んでも、お前を助けるさ…!!」
「あの娘の言う通りよ。あの娘も意思のある人間なのに、私達は娘可愛さに
あの子達の想いの深さが、私達と同じだって気づいていながら知らないフリをした。」
「だが、止めないとアイツは死ぬぞ!!親より先に死ぬなんて親不孝にはさせんと言ったじゃないか!!
それともお前は、アイツが愛のために死んでもいいと言うのか!?」
「よくありませんよ!!あの娘のいない世界が来るかと思ったら震えて息もできない…っ。
そして、もしあの娘が今、同じ思いをして大切な人達の元へ走っているのなら
私達はどうやって…、止められるというの…?」
「…っ。」
涙を流しながら震える母親を、父親が唇を噛んで苦しそうに抱きしめていたことだって、私は知らないでー。
真っ白のウェディングドレスが最も似合わない戦場へとただひたすら走っていた。
転がるようにして入って来たアルミンは、真っ赤な絨毯をブーツで踏み叫んだ。
「鎧の巨人が…!!アニを取り戻すためにストヘス区へ急襲!!」
焦燥感に支配された声で叫ばれたそれは、血に染まった兵団服の理由を教えてくれた。
恐怖に慄く悲鳴が上がり、式に参列していた貴族や王族関係者が自分たちの身の安全のために騒ぎ出す。
そんな中、私は、真っ赤な絨毯を逆戻りするみたいにアルミンの元へ走った。
「どういうこと!?リヴァイ兵長達は…!?」
「お願いです…っ、助けてください…っ!!」
今にも泣きだしそうな悲壮な顔で懇願するアルミンを見れば、劣勢であることは明らかだった。
戦況は最悪なのだろう。
そう悟れば、血の気が引く前に、もっと強い感情が私を支配する。
仲間の元へ行くー。必ず、共に戦うー。
「もちろんよ!さぁ、行こー。」
「行かすわけないだろ。」
ルーカスが私の腕を掴む。
振り返れば、悪魔よりも冷たい瞳でルーカスが私を見下ろしていた。
「君はここで俺と結婚式を挙げる。巨人なんかに邪魔はさせない。」
「何言ってるの!?今、ストヘス区が襲われてるの!!
ここにだって巨人が来るかもしれないわ!!」
必死に手を振りほどこうとする私なんてものともせず、ルーカスは白髪の執事に、王都の兵力を集めて巨人の侵入を阻止するように指示を出した。
他の貴族たちも、なんとか王都を守るようにとあちこちで指示が飛んでいる。
まるで、王都さえ守られればそれでいいと言っているようなそれに、腹が立つどころか、もう感情すら湧いてこなかった。
彼らにとって、今このときも命を懸けて戦っている兵士の命なんてそこらへんに転がる石と変わらないのだろう。
いやきっと、兵士だけじゃない。
すぐ隣にいる誰かの命だって、無駄に肥えた自分の命に比べて、ひどく安く見積もっているに違いない。
そこへ、両親もやってきて、私の腕を掴むと必死に懇願し始めた。
「なまえ、ルーカスさんの言う通りよ。あなたはここで結婚式を挙げるの。」
「お前は自分の幸せのために出来ることをしなさい。それがお前のためにー。」
「いい加減にしてッ!!!!!!!!」
自分でも驚くほどの怒鳴り声は、大広間を揺らしたんじゃないかと思うほどに大きく響いた。
騒がしかった貴族達も、思わず口を噤みシンと静まり返る。
「時間がないの!!今この時も私の大切な人達は命を懸けて戦ってんの!!
私の幸せがどうとかねッ!!人の命に比べれば、クソほどどーーーーっだっていいわ!!
そんなこともわかんないのかッ、クソ野郎共が!!」
私の剣幕が、シンと静まり返った式場に響く。
アルミンが小さな声で、口が悪くなったとかなんとか呟いていたれど、自分でも何を言ったかよく覚えていないし、口が悪かったならそれは仕方がない。
だって、人の命が懸かっているときに、自分さえよければいいとはもう、私は思いたくないからー。
調査兵団の兵士達に出会う前の自分にはもう、戻りたくない。
彼らは、数か月前の私の姿に違いなかった。
「よく言った。なまえの言う通りじゃ。
ルーカスくん、彼女の覚悟はもうとっくにわかってるはずじゃぞ。
その手を放してあげなさい。」
思いがけず、やってきてくれたのはピクシス指令だった。
式に列席していて、私と同じようにアルミンの登場で世界の戦況を知った彼は、参謀の駐屯兵に王都の駐屯兵達に内門の死守、ストヘス区で戦う兵士達への加勢を指示するように命じた。
「俺に命令とはいい度胸だな。今すぐ、兵団トップから引きずり降ろしてもいいんだぞ。」
ルーカスが低い声で言って、ピクシス指令を睨みつける。
すぐに駆けていった駐屯兵を見送りながら、ピクシス指令が答える。
「人類の存続のためなら、こんな老いぼれの首なんか喜んで差し出すわ。」
「な…!?」
「この104期の調査兵は、とても聡い兵士だ。そんな彼が、劣勢の戦況に仲間を残し、
王都にまでやってきたのを見れば、その理由は明らかじゃ。
この状況をひっくり返せるのは、なまえしかいないと判断したんじゃろ。」
「はいっ!なまえさんの力が必要なんです!!その手を放してください!!」
アルミンは、ピクシス指令という強い味方が現れたことで、悲壮な表情に少しずつ強さを取り戻していった。
だが、ルーカスは許さない。
「人類の存続のためなら、俺が手を放すと?はっ!まさか!
俺はなまえと結婚する。なまえは俺のだ。そもそも、彼女はもう調査兵じゃないんだ!
戦場に出ていくことなんて、許されない!!」
「そうか。では、本人に訊ねよう。」
ピクシス指令は、そう言うと私の方を見た。
「君はそこの男のものか?それとも兵士か?」
左腕をルーカスに掴まれたまま、私は敬礼で答える。
「私は意思のある人間です!
そして、調査兵団第四分隊ハンジ班所属、なまえ・みょうじであります!!」
「よし、見事な敬礼だ。では、ワシから指令を下そう。
至急、ストヘス区へ向かい、鎧の巨人からアニ・レオンハートを死守せよ!」
「はッ!!」
兵士として生きることを選んだ私の腕から、ルーカスの手を放そうとピクシス指令が掴む。
自分のことを老いぼれと呼んだ彼だが、兵団トップに長らく君臨していられるだけの実力者だ。
だが、それでも、ルーカスは掴まれた手首の痛みに顔を歪めながらも、絶対にその手を放そうとはしなかった。
彼もまた、強い意志を持って、私の足をこの場所に縫い付けようとしていた。
「絶対に行かさない。なまえはここで俺と結婚するんだ。
必ず俺のものにする。巨人に殺させたりなんかしない…!」
力強い眼差しと、痺れるくらいに痛い手の力。
ルーカスの本気は嫌というほどに伝わって来た。
でも、今の私には、彼の気持ちだとか愛だとか、考えてやるだけの心の余裕も時間もなかった。
「アルミン、私の腕を切り落して。」
「えッ!?そんなことー。」
「ルーカスは絶対に私の手を放さない!もう腕を切って行くから、早くして!!!」
「そんな…っ。」
私の発言に、アルミンはどうしたらいいかわからない様子で、立体起動装置の鞘と私を交互に何度も見る。
「君は何を言ってるんだ。片腕の状態で戦場に行って何をする気だ。
死にに行く気か。」
「両腕残したままこんなとこであなたと睨めっこしてるよりは、
よっぽど有意義に生きてられるわ!!」
私とルーカスの睨み合いが続く。
どちらも引かないし、アルミンはどうしたらいいかわからない様子だー。
「あーっ、もう遅い!!貸してっ!!自分で切る!!」
アルミンが腰につけている立体起動装置の鞘から超硬質スチールを抜き出した。
真っ青な顔で何かを叫んだ彼を無視して、私は刃を振り上げる。
母親が悲鳴を上げた。
「放せばいいんだろ!!!!!!」
超硬質スチールを振り下ろしたのとほぼ同時にルーカスが怒鳴るように叫んだ。
ルーカスの手が離れた私の腕に超硬質スチールが触れて止まる。
皮膚を切って、真っ赤な血で赤い線はできたが、左腕は繋がれたままで残っていた。
「俺の腕じゃなくて、自分の腕ってのが君らしいよ。」
ルーカスが何か小さな声で呟くように言ったけれど、また騒がしくなっていた広間ではよく聞こえなかった。
それに正直、どうでもよかった。
とにかく、私はみんなの元へ急がなければー。
アルミンに声をかけて、やっと走り出そうとした私の背中をルーカスの焦った声が追いかけてきた。
なぜだろう。
急いでいるのに、時間がないのに、私は振り返ってルーカスの言葉を待っていた。
「最後にひとつだけ聞かせてくれ。」
「…なに?」
「どうして、あの男なんだ。今だって生きてるかもわからないじゃないか。
いずれ君を残して死ぬ、それか君が先に無残に死ぬかどっちかだ。
それがわかっていながら、なぜなまえはあの男を選ぶ。」
ルーカスは怒っていた。
すごく、悲しそうに、切なそうに、怒っていた。
私を強引に引き留める代わりに、両の拳を震わせてー。
「私に翼をくれた人だから。」
「…翼?」
ルーカスが訝し気に眉を顰めた。
いつか、リヴァイ兵長にお願いしたことがある。
私が死んだら、リヴァイ兵長の黒い翼にしてほしいって。そうやって、死んでからも一緒に空を飛ばせてほしいって。
それが、いつの間にか、私の背にも黒い翼がいくつも乗っていた。
すごく重い、すごくツラい、振りほどきたいときもある。
でも、私がその黒い翼を背負って飛べるのは、もっともっとたくさんの黒い翼を背負ってもなお強く生きる背中をリヴァイ兵長が見せてくれるからだ。
彼は、私の道標だ。
失ってしまったら、私はもう空を飛ぶどころか、歩くことすら出来なくなる。
「リヴァイ兵長は、私に自由に空を飛ぶ翼をくれたの。
自由には責任も伴うし、命懸けだけど、空から見る景色は最高だって知ってしまったら
もう地面には降りてこられない。そもそも空高く飛んでる私達の翼は誰にも折れない。」
私を睨みつけるように、ここに残ってくれと懇願するように見つめていたルーカスの瞳が、ゆっくりと諦めていったのが分かった。
「ごめんね。」
小さく呟くように言ったそれが彼に聞こえたかはわからない。
そもそも彼に言ったのかもわからない。
私は、アルミンと一緒に仲間の元へ走った。
「なまえ!!」
追いかけようとした父親を、母親が引き留めたことを私は知らない。
「どうして、お前…!」
「もし、あなたが今戦っていて、私も戦う術を持っていたら、
私はあなたを助けに走ると思うの。誰が、何と言おうとも。
あなたならどうする?」
「…っ。それは…っ、助けに行くに決まっているだろう…!
死んでも、お前を助けるさ…!!」
「あの娘の言う通りよ。あの娘も意思のある人間なのに、私達は娘可愛さに
あの子達の想いの深さが、私達と同じだって気づいていながら知らないフリをした。」
「だが、止めないとアイツは死ぬぞ!!親より先に死ぬなんて親不孝にはさせんと言ったじゃないか!!
それともお前は、アイツが愛のために死んでもいいと言うのか!?」
「よくありませんよ!!あの娘のいない世界が来るかと思ったら震えて息もできない…っ。
そして、もしあの娘が今、同じ思いをして大切な人達の元へ走っているのなら
私達はどうやって…、止められるというの…?」
「…っ。」
涙を流しながら震える母親を、父親が唇を噛んで苦しそうに抱きしめていたことだって、私は知らないでー。
真っ白のウェディングドレスが最も似合わない戦場へとただひたすら走っていた。