【逃げ若夢】命短し、踠けや乙女!
さて、ある程度成長したところで、前世と今世を並べて自己紹介とでも洒落込もうか。
私の名前は北条刹那 。現鎌倉幕府執権北条高時とその正室の間に生まれた娘である。奇しくも、前世と名前はなんら変わりはない。自分の名乗りが楽になるので非常に良いことだ。
そして前世の姓は赤羽。双子の弟がおりとある名門中の落ちこぼれ(語弊)をしていたが、まぁ、この内容は割愛させて頂こう。学生時代の思い出なんて語っても尽きないほどなのだから。
外見について。髪は母親譲りなのだろうか、艶々とした濡羽色である。母親譲りだと想像する理由は、まぁ、父親が不毛だったからとだけ。一方で瞳は前世と変わらずの黄金色。いやガチで純日本人とは思えぬカラーリングであるが、前世なんて赤青黄緑で色とりどりの髪色が揃っていたのでまぁこれくらい誤差だろう。
「……ん、だいぶ柔らかくなってら」
のびぃと、左右の足を反対方向に伸ばす。言ってしまえば開脚、柔軟運動。自室で人目も気にせずこんなことをしている理由はそう、戦闘訓練……に先立った、肉体作りである。
前世からの肉体的な課題として、小さな頃からの積み重ね不足というものがあった。元来運動神経はいい方であったし、日々の訓練で筋力はついた。しかし柔軟や筋肉の使い方のクセなんかは一朝一夕では変わることがなく、一年かけてなんとか矯正した程度なのである。後半は体操服のおかげで多少無茶しても無問題 だったが、今世は流石にそんなものは手に入らないので、肉体で補うしかない。
ただし! 私はこの健康かつ幼い身体を手に入れた! 先月から始めた基礎運動訓練、特に柔軟やバランス、持久力なんかは年齢のおかげか、はたまたこの時代の肉体の特性か、メキメキ効果がわかる。最近では利き手と反対の手も利き手のように扱えるようになった。これで扱える手が増えたし、何より片手チョンパされても生きていけるね! たのし〜〜
「あの鬼子さま、また部屋で何やらしているそうよ」
「転けても叱られても泣きもしない。これが本当に五つの娘か?」
「生まれた時も産声一つあげなかったんだとか」
「じいっと見られると、本当に背筋が震える思いがする……鬼とはよく言ったものよ」
おやおや、タタタと廊下を歩く音が聞こえたと思ったら部屋の前で何やらはなし始めた奴らがいるじゃあないか。内容は……まあ、決していいものではないが。
「ちょっと、こんなところで……」
「はは、鬼子とはいえ所詮は幼子よ、言っていることなどわかるまい」
(聞こえてるんですよね〜〜、バッチリ〜〜)
鬼子、というのは、外で私を呼ぶときの隠語らしい。どうやら私の年齢に相応しくない行いのせいでそう呼ばれているんだとか。確かに私まだ五歳、しかも数え年だから現代換算なら四歳だしな。それでこんなことをしているんであればだいぶおかしいだろう。
いや、弁明していいならさせてほしい。だって生まれた時から私には“刹那”の意識があったのだ。あのあまりにも濃い青春の一年間を過ごした上で生きているのだから、今更赤ん坊らしくぎゃあぎゃあと泣き喚くわけにも行かない。普通に恥ずいぞ!
ただ私は名家のお姫様として大人しく傀儡になれるほど性格がいいわけでもないので、こんな戯言を言ったやつの名前くらいは暗記している。こういうことを言う奴ほど鎌倉を裏切るのだ、せいぜい夜道に気をつけやがれ。
「せ、刹那様!!」
ガタガタと人が走ってくる音が聞こえる。この声は恐らく私付きの侍女だけれど……一体何があったのだろうか? まぁ、どちらにせよこんなみっともない姿を人に晒すのは私的にも北条的にも良くないのでサクッと部屋着に着替えて部屋から出た。
「あ、せ、刹那様……」
「ふふ、ご機嫌麗しゅう佐々木殿。お部屋の前で何やら愉快なことをお話ししていたようで……よろしければ、次は私もお誘いしてくださいまし」
部屋の前に出れば、そこにいたのは侍女と、先ほどから私を鬼子だのなんだの言っていたやつ。確か、佐々木道誉だとか言ったか。父に付き従って媚を売っておきながら、その娘にはこんなことを言うのだから人間性が透けて見える。後なんだその墨汁ぶちまけたみたいな真っ黒な面は。腹の中も同じくらい黒いってか? ただ私の顔をみて汗だらだらなので此奴……
ちなみに先ほどの言葉の真意は『よお、テメェよくも私の陰口言いやがったな。次は面と向かって言ってこいよこの野郎』と言うことである。私を一人の人間として見てこの真意を受け取るか、三歳の幼児と見て表面上の意味だけを受け取るか……この愚か者は、どちらを選ぶか?
「……では、私はこれで」
あ、逃げやがったコイツ。あーもういいや。興味消え失せちゃったじゃんつまんねえの。道端で獣の糞踏んづけて川に頭からずっこければいいのに。その真っ黒なご尊顔ごと流されちまえ!
「あ、あの、刹那様……」
嗚呼それで、呼ばれてたんだった。苛ついてすっかり忘れていたじゃないか。
私付きの侍女、名前を櫻子という。私よりもかなり年上の女性なのだけれど、小柄で守ってやりたくなるような可愛らしさを併せ持った人。最近、御家人の幼馴染お結婚したらしい、王道青春漫画かよ、と言いたくなるような展開だが、まぁ幸せそうでなにより。
「あら、ごめんなさい櫻子。何かありまして?」
「弟君が、御生まれになりました!」
……おや、これは朗報か?
私の弟が生まれると言う話は聞いていた。私とは腹違いで側室の子という話だったけれど。ただ、弟だったのか、では彼が次期執権の立場を得るのか、或いはまた弟ができるのか……
私は女なので執権になれる確率は極端に低い。というか、私が執権になれるならば弟達なぞわざわざ父に強制してまで作ろうとしないだろう。
ただ例の弟は側室の子。正室の生母とその家系の者としては、自分らの血を引いていない子が執権となるのは許せないだろう。道理も合わぬ。
(としたら、後一人ほど生まれるかなぁ)
といっても、これはあくまで予想でしかない。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて北条得宗家は歴史の表舞台から姿を消しているんだから、出てくるなんて教科書の一、二行程度! あとは自力で学ぶしか。私がいかに名門校でトップクラスの成績を収めていたとしても、流石にそんな細かいところまで覚えてる訳ない!
……ま、いいか。行き当たりばったり、それで行こうじゃないか。
「その弟は何処? 顔を見たいの」
「はい、あちらでございます」
まだ身体は小さくか弱く、前世のようなことはできない。だがこの姿だからこそ出来ることだってある。
「高時様が——」
「あの家の反乱が——」
「我が娘の——」
小さくか弱いからこそ、その側で人は緊張感をなくす。どうせ意味などわからないだろう、どうせ知ったって何も変わらないだろう。そんな奢りがこの隙を生む。
鎌倉一の噂好きであっても、大層素晴らしい諜者であっても、この無力で無害な外見には敵わないだろう。鬼子だのなんだの言われたのは疑われるという点においてまぁ正直少し痛手だが、そんなのを馬鹿正直に信じる奴もそう多くはない。大した誤差にはならないだろう。
「刹那様、赤子の抱き方は覚えておいでですか?」
「勿論です。だって——
——わたくし、弟が出来るのを待ち望んでおりましたもの!」
私に出せる、最大限の可愛らしい笑顔を添えて。
まだ見ぬ弟へ、先に謝っておこう。暫くの間、姉は貴方を利用すると。
側から見れば、無垢で、無害で、無益な姫かもしれないけれど、だからといって無知無策だなんて限らない。
計算高く狡猾に。その為ならば、愛おしき弟をも利用してやる。
私の名前は北条
そして前世の姓は赤羽。双子の弟がおりとある名門中の落ちこぼれ(語弊)をしていたが、まぁ、この内容は割愛させて頂こう。学生時代の思い出なんて語っても尽きないほどなのだから。
外見について。髪は母親譲りなのだろうか、艶々とした濡羽色である。母親譲りだと想像する理由は、まぁ、父親が不毛だったからとだけ。一方で瞳は前世と変わらずの黄金色。いやガチで純日本人とは思えぬカラーリングであるが、前世なんて赤青黄緑で色とりどりの髪色が揃っていたのでまぁこれくらい誤差だろう。
「……ん、だいぶ柔らかくなってら」
のびぃと、左右の足を反対方向に伸ばす。言ってしまえば開脚、柔軟運動。自室で人目も気にせずこんなことをしている理由はそう、戦闘訓練……に先立った、肉体作りである。
前世からの肉体的な課題として、小さな頃からの積み重ね不足というものがあった。元来運動神経はいい方であったし、日々の訓練で筋力はついた。しかし柔軟や筋肉の使い方のクセなんかは一朝一夕では変わることがなく、一年かけてなんとか矯正した程度なのである。後半は体操服のおかげで多少無茶しても
ただし! 私はこの健康かつ幼い身体を手に入れた! 先月から始めた基礎運動訓練、特に柔軟やバランス、持久力なんかは年齢のおかげか、はたまたこの時代の肉体の特性か、メキメキ効果がわかる。最近では利き手と反対の手も利き手のように扱えるようになった。これで扱える手が増えたし、何より片手チョンパされても生きていけるね! たのし〜〜
「あの鬼子さま、また部屋で何やらしているそうよ」
「転けても叱られても泣きもしない。これが本当に五つの娘か?」
「生まれた時も産声一つあげなかったんだとか」
「じいっと見られると、本当に背筋が震える思いがする……鬼とはよく言ったものよ」
おやおや、タタタと廊下を歩く音が聞こえたと思ったら部屋の前で何やらはなし始めた奴らがいるじゃあないか。内容は……まあ、決していいものではないが。
「ちょっと、こんなところで……」
「はは、鬼子とはいえ所詮は幼子よ、言っていることなどわかるまい」
(聞こえてるんですよね〜〜、バッチリ〜〜)
鬼子、というのは、外で私を呼ぶときの隠語らしい。どうやら私の年齢に相応しくない行いのせいでそう呼ばれているんだとか。確かに私まだ五歳、しかも数え年だから現代換算なら四歳だしな。それでこんなことをしているんであればだいぶおかしいだろう。
いや、弁明していいならさせてほしい。だって生まれた時から私には“刹那”の意識があったのだ。あのあまりにも濃い青春の一年間を過ごした上で生きているのだから、今更赤ん坊らしくぎゃあぎゃあと泣き喚くわけにも行かない。普通に恥ずいぞ!
ただ私は名家のお姫様として大人しく傀儡になれるほど性格がいいわけでもないので、こんな戯言を言ったやつの名前くらいは暗記している。こういうことを言う奴ほど鎌倉を裏切るのだ、せいぜい夜道に気をつけやがれ。
「せ、刹那様!!」
ガタガタと人が走ってくる音が聞こえる。この声は恐らく私付きの侍女だけれど……一体何があったのだろうか? まぁ、どちらにせよこんなみっともない姿を人に晒すのは私的にも北条的にも良くないのでサクッと部屋着に着替えて部屋から出た。
「あ、せ、刹那様……」
「ふふ、ご機嫌麗しゅう佐々木殿。お部屋の前で何やら愉快なことをお話ししていたようで……よろしければ、次は私もお誘いしてくださいまし」
部屋の前に出れば、そこにいたのは侍女と、先ほどから私を鬼子だのなんだの言っていたやつ。確か、佐々木道誉だとか言ったか。父に付き従って媚を売っておきながら、その娘にはこんなことを言うのだから人間性が透けて見える。後なんだその墨汁ぶちまけたみたいな真っ黒な面は。腹の中も同じくらい黒いってか? ただ私の顔をみて汗だらだらなので此奴……
ちなみに先ほどの言葉の真意は『よお、テメェよくも私の陰口言いやがったな。次は面と向かって言ってこいよこの野郎』と言うことである。私を一人の人間として見てこの真意を受け取るか、三歳の幼児と見て表面上の意味だけを受け取るか……この愚か者は、どちらを選ぶか?
「……では、私はこれで」
あ、逃げやがったコイツ。あーもういいや。興味消え失せちゃったじゃんつまんねえの。道端で獣の糞踏んづけて川に頭からずっこければいいのに。その真っ黒なご尊顔ごと流されちまえ!
「あ、あの、刹那様……」
嗚呼それで、呼ばれてたんだった。苛ついてすっかり忘れていたじゃないか。
私付きの侍女、名前を櫻子という。私よりもかなり年上の女性なのだけれど、小柄で守ってやりたくなるような可愛らしさを併せ持った人。最近、御家人の幼馴染お結婚したらしい、王道青春漫画かよ、と言いたくなるような展開だが、まぁ幸せそうでなにより。
「あら、ごめんなさい櫻子。何かありまして?」
「弟君が、御生まれになりました!」
……おや、これは朗報か?
私の弟が生まれると言う話は聞いていた。私とは腹違いで側室の子という話だったけれど。ただ、弟だったのか、では彼が次期執権の立場を得るのか、或いはまた弟ができるのか……
私は女なので執権になれる確率は極端に低い。というか、私が執権になれるならば弟達なぞわざわざ父に強制してまで作ろうとしないだろう。
ただ例の弟は側室の子。正室の生母とその家系の者としては、自分らの血を引いていない子が執権となるのは許せないだろう。道理も合わぬ。
(としたら、後一人ほど生まれるかなぁ)
といっても、これはあくまで予想でしかない。鎌倉時代末期から南北朝時代にかけて北条得宗家は歴史の表舞台から姿を消しているんだから、出てくるなんて教科書の一、二行程度! あとは自力で学ぶしか。私がいかに名門校でトップクラスの成績を収めていたとしても、流石にそんな細かいところまで覚えてる訳ない!
……ま、いいか。行き当たりばったり、それで行こうじゃないか。
「その弟は何処? 顔を見たいの」
「はい、あちらでございます」
まだ身体は小さくか弱く、前世のようなことはできない。だがこの姿だからこそ出来ることだってある。
「高時様が——」
「あの家の反乱が——」
「我が娘の——」
小さくか弱いからこそ、その側で人は緊張感をなくす。どうせ意味などわからないだろう、どうせ知ったって何も変わらないだろう。そんな奢りがこの隙を生む。
鎌倉一の噂好きであっても、大層素晴らしい諜者であっても、この無力で無害な外見には敵わないだろう。鬼子だのなんだの言われたのは疑われるという点においてまぁ正直少し痛手だが、そんなのを馬鹿正直に信じる奴もそう多くはない。大した誤差にはならないだろう。
「刹那様、赤子の抱き方は覚えておいでですか?」
「勿論です。だって——
——わたくし、弟が出来るのを待ち望んでおりましたもの!」
私に出せる、最大限の可愛らしい笑顔を添えて。
まだ見ぬ弟へ、先に謝っておこう。暫くの間、姉は貴方を利用すると。
側から見れば、無垢で、無害で、無益な姫かもしれないけれど、だからといって無知無策だなんて限らない。
計算高く狡猾に。その為ならば、愛おしき弟をも利用してやる。
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