【逃げ若夢】命短し、踠けや乙女!


 鎌倉幕府、というと、何が有名であろうか。
 承久の乱とそれに伴う北条政子の演説だろうか。後世に長く使われ続けることとなる日本独自の武士の法律、御成敗式目だろうか。強大な外国からの侵略でありながら見事に国を防衛しきった元寇だろうか。或いは、幕府建立前の源平合戦、歴史浪漫がお好きならば、源義経やそれに従う者達の逃避行がお好みの方もいるだろう。

 ただこれらの話の結論として、とりあえず歴史の一頁を飾っているその時代は有名であり、この国に生きる者としての基本教養といえる。

 では、滅亡についてはどうだろうか?

 先程と同様、言わなくても殆どの人間は存じているだろうが、鎌倉幕府の滅亡は足利や新田の反逆によって引き起こされた。その後、後醍醐帝の起こす建武の新政が行われるが長続きすることはなく時代は移り変わる。故に、そのあたりから歴史の主役は足利将軍家、言ってしまえば室町幕府となるのである。
 室町幕府前半と重なる南北朝時代といっても、正直その時代で北条関連で特筆すべき出来事は極めて少ない。強いていうならば、北条の残党が引き起こしたとされる“中先代の乱”程度。

 鎌倉時代後期から南北朝時代前半にかけて、北条という一時代を築き上げた一族は歴史の表舞台から姿を消したのである。

 ……さて、今なぜこのマイナーな歴史話をしているのか。その理由は単純明快!


「女の子ですと……早く執権を継ぐ男児を産んでくださらねば、傀儡にできんではないか」

「高時様にお伝えせねば、早くまた子を産むのだと」


 私が、今恐らくこの時代にいるからである!

 いやいや、私だってこんなこと信じたくもない。ただ、そう言うに事足りる情報がありすぎるのだ。
 さて、今私の目の前にいる男どもは、生まれたばかりの赤子を放置しコソコソと話をしている。この時点で人間として終わっている気もしなくはないが、まぁそんなことは置いておいて。彼らの話に耳を傾けながら脳内で情報を処理する。無駄に優秀な私の脳髄はサクサクと演算を済ませ、結果を叩き出してしまうのだ。


(……夢であってくれないかなぁ)


 柔い手でぎゅうと頰をつまんでも、ただじんじんとした痛みが走るだけで、夢から目が覚める気配は一切しない。

 鎌倉幕府最後の執権の名は、北条高時。同じ名前の執権は、私の知っている範囲ではいない。そして朧げだが目に入り込む風景はまさに私の知っている現代日本のそれではなく、極め付けに私は首も座らぬ赤子ときた。

 夢とも思えない。そう思いたいが、私に向けられる視線や空気の温度感が夢のそれとは訳が違うのだ。元来夢を見ている時は『あ、夢だな』と気がついてしまう性分だからだろうか、わかってしまうのである。

 結論として。
 “転生”

 そう!
 私は恐らく、鎌倉幕府(鎌倉幕府末期のすがた)というお先真っ暗なこの場所に、なんとなんと幕府の超重要人物、北条家の娘として生まれてしまったようなのだ! それも正室の娘! 嗚呼、どう生きろと? 前世と混同していいのなら私は器量良し頭脳良しの才女なのだしやりようはあるのだが……

 ううむ、この歴史が私達の生きていた時代とイコールなら、過去改変などで未来(前世)に影響が出てしまうかもしれない。だからと言ってこのまま自らが滅びる運命を享受するのも嫌だ。
 どうすれば良いのか……


『どこでだって諦めず走り抜ける。言ってしまえば、ゲスく生き汚い。でも、それが貴女の刃です』


 脳裏に誰かの声が走る。生き汚い、かつて己をそう称されたことがあった。
 私達を誰よりも信じ、教え抜いてくれたあの人。


(……ははっ、そーじゃん)


 歴史改変? 誠に結構。
 死ぬ運命だから死ねと? 嗚呼、何を言っているのかわからない。

 それに、今宵はこんなにも綺麗な望月なのだ! 三日月しか見れない未来とは訳が違う。この人生において、気が済むまでこの月を眺めてしまおうじゃあないか!

 生き汚く蠢き、使えるものは全て使ってやる。
 それが、暗殺者としての。そしてこの時代に生まれ変わった一人の人間としての。変わることのない私の指標だ。
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