アメリカ ホノルル港

『見て！ママ！船…！』
『本当…。綺麗ね。』
内海ははしゃぐ二人の女性(一人はまだ5歳にも満たない子どもであるが…)を見ながら小さくため息をついた。
一人はピンクのワンピースがよく似合う女の子。
エマ グレーン。
以前の日本の豪華客船 朱鷺丸で起こった、イギリスの諜報機関のスパイ殺害事件の犯人であり、ドイツのスパイであった女性のたった一人の娘だった。
内海は謎を解いた代償として、彼女からエマの身柄を引き受けたのだった。
エマの隣には、白のワンピースに白い日傘を差した女性が立っている。
彼女の母…ではない。
彼女はD機関の唯一の女スパイだ。
スパイマスターとして世界各国に潜んでいたこともある、いわばスパイのプロフェッショナルと言ってもいい。
本名は知られていないが、便宜上内海の妻としてエマの隣にいる。
突然、何の前触れもなく彼女は内海とエマの前に姿を現した。
そしていとも簡単に溶け込んだ。
『パパー！』
自分呼ぶ声に顔を上げると、エマが無邪気に手を振っていた。
手に持っていた煙草をくわえ、片手を軽くあげる。
内海はエマの横にいる女スパイを、信用などしていなかった
結城中佐からはまだなんの連絡もない。
一体、彼がどのような考えで彼女を寄越したのか…内海にはわからなかった。
『(ま…あの人の考えていることがわかるはずないか……。)』
内海は手を広げて自分に寄ってきたエマをひょいと抱きかかえた。
『帰ろうか…だいぶ風も冷えてきたところだしね。』
『うん！ねぇパパ！今日の晩御飯、エマもお手伝いするからね！』
『そうか！楽しみだなぁ…エマが作った晩御飯。』
『ふふふ…エマったら…本当にパパのことが大好きなんだから…』
『エヘヘ…うん！』
内海の隣には当たり前のように白いワンピースの女が立っている。
内海 梅子。
本人はそう名乗っている。
実際のところ、彼女はしっかりと母を演じている。
エマも最初は警戒をしていたが、彼女の優しさや愛情にあっさりと懐いた。
元々、ただの子供であるエマを手懐けることくらいD機関のスパイなら誰でもやってのけるだろう。
問題はなぜ彼女が、内海の元に派遣されてきたのか。
スパイを派遣するのは全て、結城中佐の指揮のもと行われているはずだ。
結城中佐が必要と判断したということになる…が。
アメリカは未だ日本と同じ中立を主張している為、このハワイ島もまた戦闘とは程遠い環境にある。
こんな中、わざわざスパイのプロである彼女を寄越す必要があるのか。
エマが不思議そうな顔で内海の顔を覗き込んでいる。
どうやら、知らぬ間に自分は眉間にしわを寄せながら考え込んでいたらしい。
『パパ…？どうしたの？』
『いや…次のお休みはエマの行きたがっていたところに行こうと思って考えてたんだよ。』
『本当？エマ、今度はねー！』
エマが嬉々として話している中、内海はちらっと後ろを歩く女を覗き見た。
顔は笑っている、が目が訴えていた。
『私は貴様の敵ではない。何故無駄な詮索をする。』
と。
内海はおもわず苦笑いを浮かべた。
やれやれ…最近は女運が下がり気味のようだ。