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理想の夫婦のすゝめ

 仕事が終わって帰ってくる旦那を美味しいご飯と笑顔で出迎える。
なーんてことをずっと夢見てた。
逆でもいいわよね?とりあえずそんな理想的な夫婦になれたら幸せなのになぁ。
そんなことを思いながら今日も帰路に就いている。
今日はトラブルが続いて、いつもよりかなり遅い帰りになってしまった。
「はぁ…。疲れた。お腹すいてるはずなのに…なんかもう食べる気力もわかない……。」
コンビニで何か買って帰ろうか?とも考えたが、コンビニに立ち寄る気力ももう残っていない。
スマホを片手にいつもよりかなり遅めの電車に揺られながら、通知を見る。
友達や親からの連絡以外来ていない。
「いつになったら帰ってくるのやら。」
冒頭のような家庭を夢見るものの、なかなか実現が難しいのもわかっている。
というのも、彼は海上自衛隊所属の自衛隊員で、一年のうちのかなりの時間を潜水艦の中で過ごしている。
いつ出ていって、いつ帰ってくるのかも分からないので待ちようもない。
もちろん、それを理解した上で一緒にいるし、自分も部隊は違うものの自衛隊という組織に身を置いている為、今更そのことについて何かを言うつもりもない。
だが、今日みたいに疲れている日や、少しトラブルがあったりした日には理想の家族を夢見てしまうものなのだ。
自分の周りの友達も少しずつ結婚している子が増えていて、SNSには子どもの写真を乗せている子も多い。
そんな投稿を目にすると、ほんの少しだけ羨ましく思ってしまう自分もいる。
帰り道、何度目かもしれないため息をついて、自分のアパートのエレベーターの階数を押す。
エレベーターが上がっている間に、カバンから家の鍵を取り出す。
帰ったらとりあえずお風呂沸かして…カップスープでも食べてさっさと寝よう。
そう思い家の前で鍵を回して、ドアノブをグッと握ってドアを引き開こうとした瞬間、力を入れる前にガチャとドアが開いた。
「おかえり。遅かったね。」
「え……?」
勝手にドアが開いた事に理解が追いつかず、目線が手元から動かせない。
誰かが家の中からドアを開いたらしい。
ゆっくりも目線を上にあげるとそこには、恋人の西園寺羽京がいた。
「……は?」
「ご飯できてるよ。あ、でも先にお風呂入る?」
「いや…えっ…?なんでいるの?」
「びっくりさせようと思って。」
「なにそれ……。」
「とりあえず部屋に入ったら?虫入るよ?」
そう言われてようやく部屋に入り玄関の扉を閉める。
部屋の中からは料理の美味しそうな匂いがしていた。
「何これ…夢?」
「いや、現実だって。俺がここに居るのがそんなに意外?見せたくないものでもあった?」
「まぁ、強いて言うならボロボロの今の私の顔は見せたくないかな。」
「ははは。それは大丈夫、今日も綺麗だよ。」
「ありがと…。ただいま。ごめんね、今日遅かったから結構待ったでしょ?」
「全然。お疲れ。」
「そっちこそ。お風呂入った?先に入る?」
「ここに来る前に家で入ってきたから。どうぞ。」
「そっか。じゃあ…」
そこまで行って、ふと思いついて羽京に振り返る。
「ねぇ、ご飯にする?お風呂にする?って聞いてよ。」
「また急に…。俺さっき聞いたけど?」
「もう一回。なんか今そういう感じでしょ?雰囲気的にそういう感じだもん。」
「うーん。恥ずかしいなぁ。」
「お願いよ、羽京。理想の夫婦の真似事させてよ。」
「なに…?理想の夫婦?」
終始不思議そうにする羽京だったが、彼女は譲らない。
このシチュエーション、まさにさっきまで自分が理想としていたシチュエーションだと思いついたのだ。
一度だけでも…そう思っていた。
彼女の要望に、羽京は少し考えてニッと笑う。
「ご飯にするかい?それともお風呂にする?」
「……最高…お風呂に」
言葉を噛み締めて、拝むように両手を合わせながらそう言ってバスタオルを取ろうととする彼女の手首を掴む。
「え?」
「それとも、俺にする?」
「!」
ジッと見つめて羽京はそう問いかける。
掴まれた手首からすすすっと手のひらに移動し、指を絡めとる。
「会いたかったよ。」
そう言って、握った手とは反対の手ですっと彼女の顎を取り、そっと唇にキスをする。
「……そんなの…私だって…。」
「今日はさ、大切な話をしに来たんだ。だから…お風呂、入ってきたら?」
「……お風呂の次はご飯、その後が羽京ってことね。」
「そういうこと。行ってらっしゃい。」
そう言って彼は絡めていた手を離し、ひらひらと彼女を風呂場へと送り出す。
バスタオルと下着と部屋着(当然一番可愛いやつ!)を脱衣室のカゴに置いて、浴室のドアを閉め、思わず顔を真っ赤にする。
「(なに?!なんなの?!今の?!いつもと雰囲気が!一緒だけどちょっと違う!なんなのよ!)」
冷静になるために頭からシャワーを浴びるものの、思い出すと思わず悶絶しながら、さっきの羽京を少しだけ思い出す。


「(理想の夫婦とは言ったけど…こんなに刺激的とは思わなかった…)」
今の彼女には、さっき羽京が言った大切な話のことなんてすっかり頭から抜け落ちている。
一方その頃部屋では、用意していた結婚指輪を見つめながら、柄にもなく緊張している羽京が居ることを…彼女は知る由もないのだった。

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