白紙の恋文
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「……?」
部活から帰ってきて、勢いよく郵便ポストを開くと、一枚の封筒が入っていた。
表面には”宍戸 亮様”とだけ書かれており、不思議に思って裏面を見るが送り主の名は書いていなかった。
「なんだ?不幸の手紙、とかじゃねぇだろうな……。」
今時遅れてるだろ、と思わず失笑を零しながら部屋へと入る。
住所も書いていない、という事は送り主が自分で手紙を郵便受けに入れたことになる。
「気味わりぃな……。」
宍戸は思わず背筋が凍った。
先日、後輩の鳳と見たホラー映画にもこんなシチュエーションがあったことを思い出したのだ。
「な…何考えてんだ俺は!激ダサだぜ!くそ!開けるぞ…どらぁっ!」
宍戸は恐怖心を押さえ込み、勢いよく封筒を開く。
ビリッと控えめな音が部屋に響いた。
「なんだこりゃ……中身も白紙かよ……。」
中には何も書かれていない便箋が一枚だけ入っていた。
透かしでもかかっているのだろうか?まさか炙り出し……?
など、様々な方法が頭によぎり、便箋をひっくり返してみたり、鉛筆で色を塗ってみたり、電気に透かしてみたりしてみたが、その便箋は文字通り白紙の便箋に間違いなかった。
「ったく……内容もなければ差出人の名前も無しか……困ったな。」
宍戸は白紙の便箋を机に起き、小さく伸びをした。
差出人が無ければ、どういう意図でこの手紙を入れたのかも聞き出せない。
階下からご飯が出来たと母親が呼ぶ声が聞こえ、宍戸は一度考えることを辞めてリビングへと降りていった。
「お、ロールキャベツじゃねぇか!恵理が好きなやつだ!母ちゃん、今日あいつ来るのか?」
「いや?でも今日久しぶりに藍野さんに会ってね。久しぶりにロールキャベツにしようかと思ったのよ。」
目の前の料理を見て、宍戸は自分の幼なじみである藍野恵理の事を思い出した。
生まれた時から中学までずっと一緒だったが、高校では彼女は公立の高校へ行ってしまい、今ではもうとんと会っていない。
どうやら新しい高校で上手くやっているみたいだ。
中学時代、テニスで競い合った他校の生徒で恵理と同じ高校に行った者がおり、部活で話すことがある際に彼女の様子を聞いていた。
「……?」
彼女のことを思い出していると、ふと、頭になにか引っかかるような感覚に宍戸は動きを止めた。
「亮?早くご飯食べちゃいなさいよ!片付かないんだから!」
今の宍戸には、最早母親の小言など耳に入っていなかった。
何が自分の頭に引っかかっているのか……宍戸は一生懸命思い起こす。
「そうだ……。」
「恵理ー?」
「んー…なぁに?」
「亮ちゃん。」
「亮ちゃん……?」
ベッドの上でクラスメイトにメールを送っているとノックひとつなく母親が扉を開き、一言そう言った。
恵理は携帯を閉じて、ベッドから起き上がり小さく欠伸をする。
「いつの間にか大きくなって。ゆっくりしてってね。」
母親はそう言って、部屋の扉を開いたまま、自分の後ろにいるのであろう人物にそう声をかけてその場を後にしていった。
そして間髪入れずに宍戸が部屋に入ってくる。
右手にはあの手紙があった。
「お前だろ?恵理。この手紙寄越したの。」
「……亮ちゃん…なんで分かったの?」
「……中学の時、この便箋買ってただろ?その……俺にラブレター書くって言ってよ……。」
最後のセリフが宍戸にとってかなり小恥ずかしかったのか、心做しか少し頬が赤く染っている。
「……うん。そうだよ。」
恵理は一瞬考え、その後こくりと頷いた。
「すごいね亮ちゃん。まさかそんなことまで覚えててくれるなんて。」
「当たり前だろ……。お前の事なんだから。」
「え……?」
「まぁ……一瞬不幸の手紙かなんかかと思ったけどな。宛先しか書いてねぇんだ。普通わかんねぇよ。」
「……それね。恋文(ラブレター)だよ。」
「は……?」
今度は宍戸が拍子抜けする番だ。
恵理は嬉しそうな、悲しそうな顔で笑った。
「あたしから亮ちゃんへの、最後の恋文。最後の……白紙の恋文だよ。もう亮ちゃんのこと諦める。」
「あ…きらめるって……。」
「ずっと…ずーっと!好きだったよ!亮ちゃん!」
恵理が言い切るか否か、宍戸は思わず恵理に駆け寄り、がしっと手を掴む。
恵理は驚いた顔をしている。宍戸自身も何故自分がこのような行動をしたか理解出来ていなかった。
が、止めなければと思った。
「お前……ガキの頃からずっと俺にくっついて俺と結婚するとかなんとか言ってたくせに!諦めんのかよ!?」
「……へ?」
「俺はな……お前と会わなくなってから……その…物足りねぇんだよ!毎日がよ!」
「あ……そ、そうなの……?」
「そうだ!!だから!これからはその……中学の時みたいに……。」
「あたし、亮ちゃんを好きでいていいの?」
「好きでいていいっていうか……なんて言うんだ……。」
「つまり亮ちゃんもあたしのこと好きって事だよね?」
「まぁ……それは……は?」
「やだ……嘘…あたし両想い?!やったー!ママー!あたしやっぱり亮ちゃんと結婚するからー!!」
宍戸の言葉を最後まで聞くことなく恵理はリビングの母親の所へと走っていってしまった。
もちろん、こうなった彼女は宍戸でさえも止めることは出来ない。
取り残された宍戸は呆然と立ち尽くしていたが、ふと先程落としてしまった白紙の恋文拾い上げ見下ろす。
「……ま、いいか。」
自分に言い聞かせるようにそう呟き、その白紙の恋文を自分のズボンのポケットに捩じ込んだ。
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