ちっぽけなプライド
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『速いなぁ…』
藍野は東方鎮守府へと向かうべく、海上を進んでいた。
用意されていたのは特防艦 周防。
最近は専ら陸地での戦闘が多く、海に出るのは久しぶりだった。
肌を打つ潮風が心地よい。
『素敵でしょ。東方鎮守府の海はもっと素敵よ?提督。』
『そうなのか…。』
陸奥は先程買っていた焼き芋を頬張りながら、自慢げにそう話しかける。
どうやら彼女はずっと東方を守り続けていたらしい。
陸奥の話を聞けば聞くほど、戦闘が生易しいものでは無いとわかる。
それを一度も艦娘を扱ったことのない、そして扱い方を学んだことの無い自分が提督でいいのか、藍野は権藤と話してからずっと悩んでいた。
『私で…いいんだろうか…』
『提督?』
『私は…君を…君達のことを何も知らない…勿論、人よりたくさん勉強してきたし…戦闘だってたくさん経験してきたし勝ってきた!その自信はあるよ。だけど…私は…君を…艦娘を…っ!』
藍野の言葉を遮るように、艦にサイレンが鳴り響いた。
『っ?!な…なんだ?!』
『…深海棲艦…こんな所にまで……!』
『え……?』
陸奥の言葉に藍野は思わず陸奥に振り返る。
深海棲艦…権藤が言っていた。我々の敵であると。
『(それが今…来てるのか…?)』
『ちょっと行ってくるわね。提督。』
そう言って手に持っていた焼き芋をポンッと藍野に手渡して、陸奥は周防の格納庫へと向かっていく。
『陸奥っ!!』
手元に残った焼き芋の温かさとは裏腹に、藍野の手は恐怖からか冷たく凍っている。
戦闘が起こる…のか?
深海棲艦との…
『藍野少佐!!艦橋へお戻りください!』
一兵士が戻らぬ藍野を憂い、そう大声をあげる。
この艦の現在の指揮官は実質藍野だった。
藍野の命令なしでは何も出来ない。
『すまない!直ぐに戻る!』
藍野は自分を律し、すぐさま艦橋へと駆け上っていく。
『さぁ!行くわよ!戦艦陸奥、発進するわ!』
藍野が艦橋へ到着するのとほぼ同時期に格納庫から陸奥が出撃して行く様子が見えた。
戦艦 陸奥
大きな艦装を体に装着し、水上をまるで妖精のように走っていく。
『あれが…艦娘…。』
『少佐!敵戦力、出ます!』
『!モニターに出してくれ!』
映し出された映像には黒く淀んだ機体が数機、こちらに向かって来ているのがわかる。
『重巡5機、軽巡3機、駆逐艦8機です。』
大軍ではないが、陸奥が一人で相手をするとなると少し手こずるかもしれない。
藍野は震える手をぎゅっと握る。
陸奥は一人で出ていった。陸奥しか戦うことが出来ないからだ。
自分はただ見てるしか出来ないのか?
何のために今まで勉強してきた?
どんな状況でも勝つために全力を出すのが…提督なのではないか?
藍野は近くに居る乗組員に問いかける。
『……我々の砲弾は奴に効くのか?』
『牽制程度には…しかし…沈めるまでは……。』
『十分だ。よし、特防艦 周防!突撃!』
『し…しかし!我々の砲弾では!』
『構わん!全速前進!』
『り…了解!』
『通信班、陸奥に通信を繋げ。』
『は…はいっ!』
‘’…なにかしら?‘’
『陸奥、私だ。』
"提督……?どうしたの?"
『周防はこれより前進し敵部隊へ艦砲射撃を行う。陸奥、君は周防の影に姿を隠して進むんだ。そして我々の艦砲射撃の後、敵を撃て。君の主砲なら…やれるはずだ。』
かの戦艦 陸奥は出来た、
『私達が効きもしない砲撃を行うとは思うまい…それに突っ込んで来る艦がいれば奴らは自然とそちらに目がいくはずだ。そこを狙え。』
"あら…でも…危険じゃない?"
『特防艦は防御に特化している…そうそう沈むことは無い…それに…君が命を賭けて戦っている…それなら…私も命を賭ける。それが…提督だろ?』
"……っ…いいわ、やってあげる。"
『よし…行くぞ!』
周防が海を割って進んでいく。
『敵部隊を捕捉!主砲、副砲、射程圏内です!』
『よし、主砲!副砲!発射用意!てーーーっ!!』
号令とともに艦に衝撃が走る。
着弾と共に水しぶきがあがり、敵部隊の困惑が見えた。
だが、傷一つ付いていない。
そして敵部隊はじろりと周防を見据える。
目が……合った。
人間ではない…人間であるはずがない…その姿はまるで…
『これが…これが…深海棲艦…!』
藍野は思わず生唾を呑んだ。
深海棲艦の艦の砲台が周防に向いた。
艦橋内にどよめきが生まれる。
敵の目が、砲台が自分たちを狙っている。
その中で藍野だけが、藍野の目だけは希望の光で輝いていた。
『陸奥ーーーーっ!!!』
水しぶきをあげ、陸奥が周防の影から現れた。
『主砲!副砲!一斉射!てぇーーっ!』
陸奥が敵部隊を撃破し、悠々と格納庫に戻ってくると艦内はすっかり祝賀モードとなっていた。
周防の乗組員達は艦娘が一人という状況から接敵すると勝てないと思い込んでいるものが多かったのだろう。
艦装を外し、すっかり軽くなった肩を上げ下げしていると乗組員達の隙間から藍野が駆け寄ってきた。
『あら…提督、無事でよか『陸奥!無事か?!怪我はないか?!』』
和やかなムードを遮るような大声でそう言った事で辺りはすっかりしんと静まり返った。
『ちょ…ちょっと!平気よ?私は。』
陸奥が慌ててそう返事をする。
今回、陸奥は敵の目標が自分ではなく周防だった為、一切の被弾はなかった。
それに何より、以前東方鎮守府に着任していた提督は艦娘を兵器としてしか見ていなかった人物だった。
陸奥自身、それは仕方がないことだと諦めていたし、それを当然だと言う者も少なからず存在する。
しかし、目の前の藍野はキョロキョロと陸奥の体を見回して怪我がないか確認しているのだ。
『提督…私は艦娘よ?今回は被弾もしてないし…私は兵器なんだからそんなに心配しなくたって…』
『違うよ陸奥。』
陸奥の言葉を真っ向から否定をして、藍野は陸奥の目をじっと見つめた。
『君は女の子だ。ただの兵器なんかじゃない。私達の命を救ってくれた女の子なんだよ。』
じわっ……。
陸奥の大きな瞳から涙がぽろりぽろりとこぼれ落ちていく。
『っ?!?!ご…ごごご!ごめん!!な…泣かせるつもりは…っ!!』
『違うの…提督。』
目の前の人のあまりの焦り具合に陸奥は泣きながら思わずくすりと笑ってしまう。
この人は、艦娘の事を一人の女の子としてみてくれてるんだ。
『ありがとう……。』
陸奥はゆっくりと提督を抱きしめ、そうポツリと呟いた。