ちっぽけなプライド
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彼女がこの東方鎮守府に提督として赴任してきたのはもう数年前になる。
女ながらに首席で学校を卒業して、前線でもどんどん戦果を自分のものにしていた。
しかし、それはあくまで対人戦争だ。
そんな勝利の女隊長の名が広まった頃に、この赴任が決まった。
『辞令だ。』
『はっ!拝見致します!』
辞令書には見たことの無い言葉がつらつらと並んでいる。
艦娘、深海棲艦…
『貴様には艦娘の指揮を執ってもらう。奮闘せよ。』
『はっ!』
カッと踵を鳴らし、敬礼をし部屋を後にするとドッと疲れが出てきた。
『艦娘って…深海棲艦ってなんだよ……』
左遷だと思った。自分の功績は上層部にとって邪魔でしか無かったと思わざるを得なかった。
しかしここで楯突く訳には行かない、疎まれているとすれば更迭の危機もない訳では無い。
『はぁ…調べてみるか。』
ここでうなだれている訳にもいかない、何事もまずは情報だと兵学校でも前線でも学んできたのだから。
そう思えば、自然と資料室へと足が向かっていた。
『あら、あなた。帰ってきてたのね。』
資料室へ入ると、気の良さそうな職員が嬉しそうに迎えてくれた。
まだ新人だった頃、ここによく篭って色んな資料を食い荒らしたものだ。
最近は前線に出っぱなしだったので、死んだと思われていたのかもしれない。
『お久しぶりです。あの…お伺いしたいのですが…』
『あらあら…資料の虫復活かしら。なぁに?』
『資料の検索をお願いします。艦娘、深海棲艦、もしくはそれにまつわる…なんでもいいです。少しでも知りたくて…』
『艦娘…最近来た方もそんなことを言っていたわね。でもごめんなさい。ここには艦娘関連の資料はひとつも無いのよ…。』
『そうですか……。』
『…そういえば…その艦娘の話をしてらした方、明日までここにおられるって聞いたけど…』
『!ほんとですか?!』
『えぇ。えっとね…』
その人の特徴を聞き、早足で資料室を飛び出す。
『(情報が無ければ…何も出来ないっ!)』
その一心で、足が棒になろうとも探し出してやろう、その気持ちしか無かったが、彼女の思いとは裏腹にあっさり探し人は見つかった。
そう、基地の近くのカフェにいたのだ。
しかも…
『女連れ……声を掛け辛いじゃないか…』
探し人は女の人と二人でのんびりお茶をしていた。
それはそれは仲睦まじく。
一瞬、声をかけるのを躊躇ったが意を決して声をかけようとした瞬間、向こう側がこちらに気付いた。
『…なにか?』
『あ…っ!』
思わずビシッと敬礼をする。
相手の肩章を見る限り、自分より上の地位の人であることは間違いなかった。
『突然の訪問、大変失礼致します。藍野 恵理少佐であります!』
『…あぁ。君が今度から東方を任される提督君か。私は中央鎮守府を任されている。権藤だ。』
『はっ!権藤中将、お休みのところを大変申し訳ありません!』
『構わん。突然の辞令にさぞ驚いていることだろう。しかし…』
権藤はちらっと目の前の女性に目をやる。
『藍野君、すまないが食事を済ませてからでも良いか?』
『勿論であります!』
『まぁそこで立っているのも…座りたまえ。』
『いえ…お二人のお邪魔をする訳には…』
『平気よぉ〜!提督のお客様なんだもの!座って座って!』
向かいに座っている女性は軽々しい口調でそう言って手のひらで椅子に誘導してくれた。
『あ…はっ!では、お言葉に甘えて。失礼致します!』
さすがに二人に言われては立っているわけにもいかず、ささっと足早に椅子に腰かける。
『藍野君、クリームソーダは好きか?』
『はっ!大好きです!あ……』
権藤は、藍野の元気の良い返事に嬉しそうに笑って近くの店員にクリームソーダをに注文する。
『権藤中将!』
『構わん。うちの艦娘もクリームソーダが好きなやつが多くてな。すっかり気に入ってしまったのだ。』
『は……?うちの…艦娘…?』
『提督ったら。すっかりお子ちゃま舌になっちゃったわね。』
目の前の女性もふふふ、と嬉しそうに言葉を添える。
『……』
訳が分からなかった。
艦娘とは…なんなのか…
『藍野君のその顔を見る限り…君は艦娘のことを知らないようだな。』
『…も…申し訳ありません…勉強不足で…』
『そんなことないわよー!だって私達、秘密兵器なんだもの!ね!提督!』
女性は嬉しそうにポンッと手を合わせそう言う。
藍野は困惑の中であるにも関わらず、女性の言葉に違和感を覚えた。
『わ…たし…たち……?あの……』
『私の名前は愛宕。提督の秘書艦で…私も艦娘なのよ!』
その日は何も喉が通らなかった。
権藤が注文したクリームソーダだけを必死の思いで飲み干したものの、家に帰ってからすべて吐いてしまった。
"艦娘"
彼女達が現在この国を脅かしつつある深海棲艦に対抗出来る唯一の戦力であり、過去の戦争で活躍した戦艦達と同じ力を有している存在。
小さき体に大きな力を持って、いつ死ぬかも分からない戦いに身を投じているのだ。
どんな戦闘機も、戦艦も深海棲艦に傷一つ与えることが出来ないそうだ。
その為に私達がいる、そう権藤と愛宕と名乗る艦娘が話していた。
自分は軍人だ。
普通の女性とは違う。
結婚して子供を産んで家庭を守る、その生き方はとうの昔に捨てた。
…死ぬことは覚悟出来ている。
しかし、自分が前線に出ることは出来ない。
仲間が戦っているところをただ見ていることしか出来ない。
こんな苦しみがあるだろうか。
権藤も昔は常勝の将と呼ばれるくらいの凄腕の司令官だったが…
『なんで…っ!』
権藤も愛宕も笑っていた。
幸せそうにあの場にいたのだ。
藍野には到底理解できなかった。
『私は……』
今までの戦争とは明らかに違う戦いに自分は駆り出されようとしている。
『私に…務まるのか……?』
その日、藍野は一向に寝付くことが出来なかった。
『うぅ……』
目の下にクマを作り、朝ごはんも喉を通らずコンディション最悪の状態で次の日を迎えた。
今日は、任される予定の東方鎮守府での秘書官に挨拶をする日なのに…。
『目眩が…する…』
ふらふらと目の前の階段を登っていたが、コツンっと階段に足をひっかけてしまい前にツンのめった。
『うぁっ?!』
はっと我に返った時には自分の体は倒れることなく誰かに支えられていた。
ふわっとした柔らかい腕、それに…いい匂いがした。
『大丈夫?』
『う…すまない…君に怪我はないか?』
『あら…あらあら。私の心配を先にしてくれるのね。大丈夫よ。』
体勢を直して、自分を支えてくれた相手を見ると底にはショートカットが良く似合う美女がにっこりと笑顔を浮かべて立っていた。
『…………、はっ!しまった!』
突然現れた美女に思わず視線を奪われて閉まっていたが、その視線の先に時計の針が入ってき、現実にかえる。
約束の時間がすぐそこまで迫っていた。
藍野は美女への謝罪とお礼だけ述べ、そそくさと約束の部屋へと向かっていった。
『失礼致します!藍野、ただいま参りました!』
分厚いドアを抜け、ビシッと敬礼をする。
視線の先には権藤他名だたる将校と…
『あ…貴女は…っ!』
先程の美女が…立っていた。
『来たか、藍野。』
ここのトップである沼津がポツリとそう呟き、藍野は再度敬礼を行った。
『昨日の辞令の通り、貴様には本日より東方鎮守府を任すこととなる。そして…貴様の補佐をする秘書"艦"、陸奥だ。』
そう言われ、流れるように視線を移すと、先程の美女がにこやかに手を振っている。
『東方は今、深海棲艦の攻撃が集中している所でもある。中央を任せている権藤が守備を回ってはいたが、権藤1人では手が足りん。その為、貴様を呼んだのだ。貴様の奮闘は私の耳にも届いとる。貴様の力で深海棲艦を駆逐してみせよ。』
『は…はっ!』
『陸奥。』
『はい?』
『こいつは今まで人間同士の戦いはしてきたが…艦娘の戦いは見た事がない全くの素人だ……サポートを頼むぞ。』
『わかりました。』
『以上だ。艦を用意している。直ぐに向かってくれ。』
『はっ!』
分厚いドアが閉められ、隣には先程陸奥と呼ばれた美女が立っていた。
『あなた、提督だったのね。ふふふ。』
『貴女こそ…艦娘…だったんですね……』
『改めまして…陸奥よ。よろしくね。提督。』
『藍野 恵理少佐です。よろしく。陸奥…さん。』
『ふふふ…陸奥でいいわよ。仲良くしましょうね。』
そう言って陸奥はすっと細い手を藍野に向かって伸ばす。
藍野もまたその手を握り返す。
柔らかい、まさに女の子の手だ。
『ねぇ提督?ここからは鎮守府までは少し時間がかかるの。おやつを買ってから行きましょ!』
陸奥は嬉しそうにそう言ってどこからともなくガイドブックを取り出す。
『うっ…これは任務だぞ!お菓子って…遠足じゃないんだ』
『提督〜?せっかくの二人旅なのよ?お菓子を買ってくれないと…なんにも教えてあげないわよ?』
『そ…それは困る……わ…わかった…。』
『そうと決まれば急がないと!さあ!行くわよ!提督!』
『ま…待ってくれ!陸奥!』