僕の子供を産んでくれないか?
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「僕の子供を…産んでくれないかな…?」
神妙な表情で私にそう言う彼は冗談でもなんでもなく至極真面目な面持ちだった。
私は意味がわからず、ただ彼のまっすぐな瞳を見つめ返すしかできなかった。
彼…善法寺伊作がとある城に務めだして、もう数ヶ月が経とうとしていた。
忍者に向いていないと言われ続けていた彼だが、どうやらだいぶ馴染んできたみたいで。
もちろん、甘ちゃんなところは健在で私はそんな彼のことを愛している。
彼が忍術学園を卒業して直ぐに私達は婚儀を済ませ、今ではすっかり二人でいることに慣れてしまった。
だが、伊作は忍術学園では女との関わりなどほとんど無く、とてもウブな男だった。
私と初めて手を繋いだ時、熱でもあるんじゃないか?と周りに心配されるほど顔を真っ赤にしていたし、口付けを交わそうものなら気を失いそうになっていた。
そんな彼が先程の言葉を口に出すのがどれほどの物か…しかも顔色ひとつ変えず。
「どうしたの?伊作…」
「…聞かないで。でも…君との子供が欲しいんだ。」
今まで子供の話などしたことも無ければ、子供の作り方を知っているのかすら怪しいところだ。
「そりゃ…私だって欲しいけど…子供は授かり物だもの。欲しいから貰えるってものじゃないのよ?」
「知ってるよ。」
「なら…」
どうして、という言葉を紡ぐ前に伊作は私を強く抱き締めた。
「お願い…。」
私はもう何も言えなくなり、ぎゅっと彼の背中に手を回し優しく抱きしめ返した。
「…本当にいいの……?」
その日の夜、のんびりと布団を敷いていると控えめに伊作がそう問いかけてきた。
昼間とはまた打って変わり、何故か眉毛を下げ申し訳なさそうな顔をしている。
「何言ってるの。夫婦でしょ。それに…聞かれたくないこともあるわ。」
私はそう言って、布団の前に正座して座り三指を立ててぺこりと伊作にお辞儀をした。
「不束者ではありますが、どうぞよろしくお願い致します。」
「…っ!僕の方こそ…よろしくお願いします…。」
慌てて伊作も私と同じようにお辞儀をし、そう言い返す。
そして伊作はぎこちなく私に口付けをし、帯をしゅるりと解く。
そして倒れるように布団の上に寝かせられ、私の上に覆い被さるように伊作が見下ろしている。
乱れた胸元から、男らしい胸板が見え私は思わず顔を赤らめてしまう。
あぁ…この人は男なんだと、再認識してしまった。
突然、ぽたっと自分の頬に何かが落ちてくる感触がした。
私が伊作を見上げると、伊作の瞳からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
私は突然のことに言葉を失ってしまう。
「…たくない…、」
嗚咽の合間に何か言葉が聞こえたが、聞き取ることが出来なかった。
「伊作……?」
「ごめ…ごめんね…こんなの…情けない……こんなこと言いたくない…でも!」
伊作は片手でぐしっと涙を拭う、もちろん涙が止まることは無かったが。
「…死にたくない……もっと君と一緒に…いつか生まれてくる子供と…三人で……!」
伊作の言葉で、私は今日の彼の行動の全てを理解した。
きっと彼の働いている城を巻き込んだ合戦が起きたのだろう。
そして、きっと彼は明日…その合戦に駆り出されるのだろう。
きっと人に愛される彼のことだ、先輩に助言を受けたのだろう。
「男なら子孫を残せよ。」と。
伊作はきっと真っ赤になって困惑しただろう。
でもそれ以上にきっと先輩は真剣な面持ちでその理由を説いたのだろう。
「明日、自分が死ぬかもしれないことを考えろ」
そして伊作は……。
私は全て悟った上で、伊作の涙でぐちゃぐちゃになった顔を両手でむにゅっと押しつぶした。
「しっかりしなさい。伊作。そんな顔してたら大丈夫なものも大丈夫じゃなくなるわ!」
「でも…僕は不運だから……今回も…」
「あら?なら伊作は、私と結婚して不運だったのかしら?」
「そんなことない!それは違う!君がいてくれたから僕はとても幸せだし!それに!」
「…ふふふ。ほらね?伊作は不運じゃない。」
私の言葉に伊作は不思議そうに視線を私に合わせた。
「私が、伊作の不運なんて吹っ飛ばしちゃう。こうやって抱きしめていたら…きっと不運も入るところなくてどこか行ってしまうわ。」
伊作の首に腕を絡ませ、私は伊作を優しく、しかし力強く抱きしめる。
「あなたの帰りを待ってるわ。」
伊作は一瞬戸惑ったものの、少し安心したのか私のことを抱き締め返し、とんっと布団に倒れ込んだ。
「はい、お弁当。」
次の日の朝、私はいつもより早く起きていつもより少し豪華なお弁当を作ってあげた。
「ありがとう……。」
伊作は嬉しそうにお弁当を受け取ってにこっと笑みを浮かべて私にお礼を言ってくれた。
「伊作…、」
私は伊作の頬に手を当て、優しく引き寄せて口付け交わした。
「大丈夫、頑張ってね。」
伊作は顔を赤くしながらも、ふにゃっといつもの優しい笑顔を私に向けて、そして…
忍者らしい、真剣な表情で私の目の前を去っていった。
見えなくなるまで伊作を見送って、私はどしゃっとその場に崩れ落ちた。
何故か涙が止まらない。
ぎゅっと自分の手を握りしめ、私はただ神に願うことしか出来なかった。
-伊作が無事に帰ってきますように…と-
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