存在価値
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練習場所に近い木の枝に腰掛け、のんびり一人の時間を楽しみながら生徒たちをふそ待っていた私の目に入ってきたのは慌てた様子で息を切らして走ってきた乱太郎だった。
「先生!あの!金吾と庄左ヱ門が!崖から!!」
焦りすぎて支離滅裂ではあったが、どうやらは組の金吾と庄左ヱ門が道中の崖から落ちてしまったらしい。
乱太郎に連れられて、現場まで向かってその光景を見た瞬間、私は思わず顔を青ざめさせる。
裏山に危険なところは少なく、普通に通っていれば命を落とすような危険なところなどひとつもなかったはずだ。
「僕達、先生を追いかけようとして…近道をしようとしたんです……。」
崖の下では今にも崩れ落ちそうな岩に2人でしがみついている。このままだと崖下に真っ逆さまだ。
「庄左ヱ門!金吾!先生呼んできたよ!」
乱太郎が戻ると、は組の生徒たちはわっと私の元に駆け寄ってきた。
「先生!金吾と庄左ヱ門を助けて!!」みんなが口を揃えてそう言う。
『助けて……』
その言葉で私はフラッシュバックを起こした。
1か月前、とある村が戦火に見舞われた。
村自体は小さな村だが、その村の先には大きな城を持つ城主がおり、その城主ととある城主は折り合いが悪かった。
そしてとある城主はある日、忍の一人である女に命じた。
『村を焼き払え。全員殺せ。』と。
この忍、まるで機械のように冷徹な忍であった。
殺せと言われれば殺し、滅ぼせと言われればネズミ1匹残すことなく殲滅を行う。
忍は命令通り村を焼き、村民を殺して回った。
刀を片手に村を周り、生存者の有無を確認していると視界の端に倒れながらも助けを呼ぶ女が目に入った。
忍はこのやかましい女を始末しようと、ゆっくりと近付き、刀を振り上げた。
「お願いします…!うちの子を!助けて!」
忍は振り下ろしかけた刀をぴたりと止めた。
忍にとって命乞いなどただ鬱陶しいだけのものであったが、この女は炎からわが子を必死に守るべく抱きしめていた。
そして自分の身のことなど気にも止めず、わが子を思っての命乞いだったのだ。
目の前の忍が敵だと知りもせず、女は震える手でわが子を差し出した。
まだ赤ん坊だ、このまま放っておくと死ぬだろう。
忍は刀をすっと下ろし、赤ん坊を受け止める。
ろくに力加減を分からなかったが、母親は安心したのか一瞬笑顔になったが、そのまま倒れて動くことは無かった。
忍は自分の腕の中で必死にもがく赤ん坊を見て、何故自分がこの村を焼いたのか考えた。
焼く必要はなかった。
城主同士の争いだ。村はなんの邪魔立てもしていなければ、妨害をしている訳でも無い。
ただ通り道にあるだけなのに。
今まで深く考えたこともなかったが、赤ん坊を抱く自分の手が、身体が、全てが酷く汚いものに見えた。
『…私は……、』
「(私は…人を活かす仕事がしたかったんだ…もう…目の前で人が苦しんでいる姿なんて…見たくなかったのに……!)」
そう思った時には体が既に動いていた。
鉤縄を近くの大木に頑丈に引っ掛けて、左腕に何重にも厳重に巻き上げる。
崖の途中ではもう腕が限界なのか、ふるふると手を震わせながら必死に岩にしがみつく金吾と庄左ヱ門がいる。
もう時間が無い、そう感じた私は迷うことなく崖から飛び降りた。
左腕にぐっと力を入れ、縄の感触を確認して崖を走る。
生徒たちは崖を走る私を見て、感嘆のような、悲鳴のような声を上げている。
「せ…せんせぇ……」
金吾の手が震えている、庄左ヱ門も必死に支えてはいたがもう限界だ。
がらっ、金吾の手が崖から離れる。
一生懸命支えていた庄左ヱ門も重さに耐えきれず手を離してしまい、二人はゆらりと崖から落ちていく。
「うわぁぁぁ!」
むしろ、崖から離れた事は私にとって好都合だった。
右手を広げ、走っていた崖の断面をとんっと蹴りあげ落ちてきた2人を下からすくいあげるように受け止めた。
左手に二人を受け止めた衝撃で縄が鈍い音を上げてくい込む。
ぷらーん、と崖に垂れ下がったまま私は右手にすっぽりと収まっている二人を見下ろした。
「…だ…大丈夫?」
気まずい…大丈夫なんて、私が言えることではないし…そもそも置いていったのは私なのだから責められても何も言い返せない。
二人はじわっと目に涙をためて、小さくはい、と返事を返した。
二人の手は崖をずっと掴んでいたこともあり、血が出ていた。
「上に上がったら怪我の手当をしよう。とにかく上に上がらないとね。」
私は苦無を二本崖に刺して、その苦無に捕まる形で体を固定し、一度体勢を整える。
金吾と庄左ヱ門に自分の背中に回るように指示をし、風呂敷を右手と口で器用に解き、おんぶ紐のように二人を包んで自分の前に縛った。
そして縄を引き、ゆっくりと崖を昇っていく。
途中で縄が切れないか少し心配していたが、無事に二人を助け出すことが出来た。
は組生徒たちが涙目になりながら2人に駆け寄っていく。
私は左腕を今にも食いちぎりそうなほどにくい込んだ縄を苦無で切り落とす。
出血はあるが、大したことでもないだろう。
痛みは感じない。
「先生!」
金吾と庄左ヱ門が私の元に駆け寄ってくる。
視界には血だらけの二人の両手が目に入り、私は慌てて治療をするべく背中にあるはずの荷物を手探りで手繰り寄せようとした。
「先生…さっき僕達を助けるときに荷物全部捨てたじゃない。」
金吾がそう言って初めて、さっき私が咄嗟に風呂敷の中身を全部捨てて、紐代わりに使ったことを思い出した。
「そうだった……ごめんなさい。」
私は思わずぺこりと頭を下げる。
何も言えない、教師としては最悪だ。
これはクビだな。また新しい就職先を探さなくては。
「僕達は大丈夫です!先生こそ、左腕凄い血が出ていますから…学園に戻って治療をしてもらいましょう。」
庄左ヱ門が冷静にそう言うと、乱太郎と兵太夫が後ろから「相変わらず冷静ね〜」と茶々を入れた。
「先生!助けてくれてありがとう!」
庄左ヱ門の後ろから金吾が顔を出し、愛らしい笑顔で私にそうお礼を言った。
「私の方こそ…ごめんなさい。こんなに怖い目に遭わせてしまった。私がもっと…ちゃんとしてれば……」
「大丈夫です!だって…」
庄左ヱ門を始め、は組のよい子達は全員揃って私を見上げる。
「助けに来てくれたじゃないですか!」
私はその言葉に1か月前の自分を思い浮かべた。
赤子を拾い上げた時の安心しきった死んだ母の顔を。
それを見た時の自分の気持ちを。
私は溢れ出た涙をぐしっと袖で拭いとる。
そして私を見上げるよい子達に一人一人目を配る。
「とりあえず!帰って手当をしましょう!実技は忍術学園でやることにします!」
「「「はーい!」」」
私はもう二度と、自分が人を殺すために生まれてきたなんて思わない。
右手に握った手の温かさを感じながら、私は強く心に誓った。
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