職業体験の段
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真っ二つに切られた入門票の束を可能な限りかき集めてながら、無意識に大きなため息をついてしまった。
僕がもっとまともな忍者だったら…さっきの人だってあっという間にやっつけれたのに……やっぱり僕はへっぽこ事務員なんだ…。
思わずじわっと視界が歪んで、僕は服の袖でぐしっと目を拭った。
「こ…小松田さん!大丈夫ですか?!」
僕が目を拭っているのを目撃したのか、慌てた声が耳に入ってきた。
慌てて振り返るとそこには先程侵入者さんを追いかけて行った恵理さんがすごく心配してる様子で駆けてきた。
「恵理さん!大丈夫でしたか?」
「私は大丈夫です。小松田さん、何かありました?別の仲間がいましたか?クソっ…」
「ち…ちがうんですよ!これはその…目にゴミが入っちゃったからで!」
「そうですか……。」
恵理さんは残りわずかとなった入門票を拾って、僕に渡してくれた。
「多分…とあるお城に雇われてる忍かと思います。見覚えがありますから。そのうち始末しておきますね。」
「ぶ…物騒なこと言わないでくださいよ〜!」
恵理さんは余程相手が気に入らなかったのか、とっても恨みっぽく僕にそう言った。
でもまぁ忍者の世界だったらあの対応が普通だと僕は思うし、そう思ってぷるぷると首を横に振った。
「僕は恵理さんに守ってもらえましたから大丈夫です。だから…」
僕がそう言って顔を上げて恵理さんの顔を見ると、頬に一筋切り傷ができてた。
うわぁ!ケガだ!
「え?あぁ…さっき少し手裏剣が掠ったものですから。すぐに治りますよ。」
「ダメですよ!僕、絆創膏持ってますから!動かないでくださいよ…。」
僕はゴソゴソと絆創膏を取り出して、ちょっとだけ背伸びしてズレないようにぺたりと貼り付けた。
恵理さんは違和感があるのか、ポンポンと頬に触れた。
「これですぐに治りますよ!」
僕は嬉しくなってうんうんと頷いた。
そして思い出した。僕は完璧に仕事をこなしてなんとか首を免れようとしていたことを…!
「あわわわわ…!」
もう無理だ…やっぱり荷物を纏めておこう…。
僕は今日何回目かの大きなため息をついた。
目の前では恵理さんがなにか声をかけようと口を開こうとしていた。
「小松田くん。恵理。」
すると、後ろから吉野先生が僕達に声をかけてきた。
「叔父上。」
「うむ。恵理、そろそろ時間だ。君のお父上が何故君を忍術学園に寄越したのか…。勘のいい君ならもう分かっただろう。」
「えぇ…。父上も粋な計らいをなさります。」
「え?」
僕は二人の会話に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
まったく…ほんとに全然まったく話の意図が掴めないんだけど…。
「うむ。では…やはり……、」
吉野先生、心無しか嬉しそうにも見える。
なんか…僕が思ってたような展開とはちょっと違うような…。
恵理さんはそれはそれは嬉しそうな笑顔を向けた。
初めて見たなぁ…この人のこんな笑顔。
「父上は!日頃私に危なくない仕事にしろと散々仰られています。そして今回は…私に実際の事務作業を経験させて、忍術学園の事務作業というものがいかに危ない仕事なのかを学んでこい、ということなのですね。」
「……は?」
「やはり無理なのです。私に事務作業なんて。小松田さんは本当にすごいと思います。」
「いや…お前の仕事よりは危険はないだろう…。」
僕は目の前でやり取りしている恵理さんと吉野先生を交互に見比べてみた。
明らかに吉野先生がオロオロしている…ふふふ…ちょっと面白いかも。
「いいえ。私分かりました。私に事務作業は無理です。」
スパッと清々しく言い切ったなぁ。
吉野先生固まっちゃってるし…。
「小松田さん。」
どうしようかと考えていると、恵理さんが僕に声をかけてくれた。
「はい?」
「小松田さん、全然へっぽこなんかじゃないですよ。私、小松田さんのこと尊敬してます。」
「へ?僕を…?」
僕は思わず自分の顔を指さして聞き返してしまった。
尊敬?僕を?っていうか…どこを?
「叔父上。私、まだ仕事がありますので…これで失礼しますね。」
知らない間に僕の懐から出門票を抜いていたのか、サラサラと名前を書き僕に手渡した。
「さっき逃がしたやつは私たちタソガレドキくノ一隊が必ず捕まえてみせます。また来ますね。小松田さんに会いに。」
そう言うと、恵理さんは自分の着物をグイッと引き、あっという間に忍者服に着替えていた。
「タソガレドキ…くノ一ィッ?!」
僕は思わず尻もちをついた。
タソガレドキってあのタソガレドキ?!っていうかあの人一体…?
気がつくともう既に恵理さんの姿はなく、僕の肩を吉野先生がポンっと叩いた。
「…小松田くん。」
「あ…吉野先せ…っひえぇ?!」
僕が振り返ると、吉野先生が鬼の形相で僕を見下ろしていた。
「危ないって!君は一体何をしたんだ!!」
「な…何もしてませんよ!いつも通り仕事してただけですよ!!」
「いいや!!小松田くんのへっぽこぶりを見れば絶対こっちの方がいいって言うと思ったのに!!」
吉野先生は半ばやけくそ気味に僕を責めてるけど、僕は何となく何故そうならないかがわかった気がして、ポツリと呟いてしまう。
「それ…恵理さん、忍者を辞める気なんてさらさらなかったんじゃ……?」
吉野先生の時間がぴたっと止まる。
僕は一瞬で感じとった、吉野先生がまったくそのことを思いついていなかったことを。
なんで思いつかなかったんだろ?
まぁいいや。
僕は吉野先生が固まっている間にその場を離れた。
それにしても…
「恵理さん…かーっこよかったなぁ…僕もあんな忍者になりたいなぁ…。よーし!頑張っちゃおー!」
後日、僕宛てにこないだ逃がした忍が紐でぐるぐる巻きにされて送られてきた。
ボロボロになっていたその忍者は泣きながら入門票(と出門票)にサインして、泣きながら帰って行ったのでした。
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