挽歌
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今、目の前で起こったことを信じたくない。
真っ赤な血が飛び散る中で、スローモーションのように崩れていく愛しき人。
地面にできた血溜まりに、その躯はゆっくり、ゆっくり落ちていった。
それはまるで今まで築き上げてきたものを一気に壊されたような気持ちと似ているかもしれない。
だがこの間にそんなことを考えてる余裕なんてものはなくて。
―挽歌―
「…レン!!」
気付くと俺は力いっぱいその名を呼んでいた。
なりふりなんて構わない。
ひたすらその躯へ駆け寄っていった。
白くて美しかった肌は赤く血にまみれている。
かろうじて動く右手で、その躯を抱き起こした。
「レン…!しっかりしろ!」
「……ハル……俺…」
たった今、正面から斬られた傷からは止まることなく血が滴り落ちていく。
その目は既に虚ろな状態で、浅く早い呼吸を繰り返していた。
「大丈夫か、今止血してやるからな…」
その傷は肩口から腹部に至るまで大きく斬りつけられていた。
酷い出血に焦りで手が震える。
「……いい、よ…もぅ…多、分……駄目…だ……」
途切れ途切れの声でレンは俺の瞳を捉える。
喋る度に空気の漏れる音が聞こえた。
しかしそれはすぐに戦場の喧騒で消えてしまう。
「馬鹿野郎…!何言ってんだよ…!」
俺は力の入らない手で必死にレンの手を握った。
その手は冷たくなりかけていて。
昨日抱いたあの躯の暖かさは微塵にも残っていなかった。
――死ぬかもしれない。
暗い影を残してそう呟いた、戦いの前夜。
自分の命が惜しいなどとは思ったことはない。
だからこれまで“負ける”という概念は念頭になかった。
そんなレンが吐いた、初めての弱音。
最初から勝てる戦とは思っていなかった。
戦いの中に身を置く者として、このようなことが起こるのは分かっていた。
しかし、それがこんなにも早くやってくるなんて―――。
「…俺…ハルと…出会えて…本、当に良かっ…た…。すごく…楽し…かったよ…」
「なんで…そんな最後みたいなこと言うんだよ…!」
レンは全てを分かっているかのような、静かな口調だった。
「…俺のこと…愛してくれて…ありがとう…」
そう言ってニコリと笑ったレンの瞳からは涙が溢れた。
「…俺たち…最後は、戦ばっかり…だったけど……倖せだった、よね…?」
「…あぁ。当たり前だろ…」
俺の声も知らず知らずのうちに震えていた。
「…でも…ちょっとだけ…我が儘、言えたら……」
レンの弱々しい手が俺の頬をなぞる。
いつもと変わらぬ、優しい手付き。
「…もう少し…ハルと…一緒に…いたかっ……ゲホッ…ケホ…!」
レンの口角から鮮血が溢れる。
「分かったから…もう喋るな…!」
止まらない出血に俺の心臓の鼓動が早まっていく。
レンを失いたくない。
そんな思いだけが頭を駆け巡る。
俺の頬を涙が伝っていった。
「…ハル…泣かないで……」
俺はただただその躯を抱き締めた。
「……ごめん…最後まで…一緒にいるって……約束、したのに……守れなくて………」
段々レンの声が小さくなっていく。
「もういい…!もういい…レン…」
「…ハル……好き…だよ…」
俺の涙を拭うその手は、パタリと地面に落ちた。
現実はこんなにも辛く、残酷だなんて―――。
「レン…?おい、レン!?」
何度呼んでも、何度叫んでも、その瞳が開かれることはなかった。
「嘘だろ……目を開けてくれよ!!レン、レン!!」
その声が、哀しく戦場に谺した。
動かなくなったレンにせめてもの餞として口付けをする。
最後の口付けは、暗く悲しい味がした。
「…お前一人じゃ…逝かせないからな…」
静かにレンの躯を横たわらせると、俺は涙を拭い立ち上がった。
―――これが…俺の最後の戦い。
「今…いくから。…待ってろよ…」
ボロボロになった剣を片手に構え、俺は敵陣へ突っ込んだ。
次第に人を斬る感覚さえ分からなくなる。
程無くして、一本の剣が宙を舞った。
誰の気にも止められず。
そして、それは悲しくカランと地面に落ちる。
俺たちの戦いは…終わった。
誰にも語られることのない戦いが。
その空は、まるで地面を映したかのように赤く染まっていた。
―――――
―――
――
出会った時が
もう少し早ければ
俺たちは倖せでいられただろうか
それとも
もっと遅い、平和な時代に生まれていたら
もっともっと倖せでいられたのか
そして
戦乱の世に散った
一つの愛は
哀しく眠りについた
END
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