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4章 青い為事

セルマの横を子供が駆けて自らの家に逃げ込む。通りの店には灯りが灯り、酒と煙が立ち込めはじめる。中には春売が出来ぬ日の稼ぎに使ってもいない肌着を売る者さえ堂々と歩くずっと変わらない風景に、ここを走り抜けた日々を思い返した

部屋に入るのを止められていたが、セルマの行動力を抑えるだけの効力はない。火を怖がるからと部屋の灯りはおろか外の薄暗い夜の明かりも入らないようにカーテンもしっかり締め切られている。それでも目が慣れてくるとその部屋のベッドの上に小さな塊が丸くなっているのが見え始めた
そこにある塊は両親共に仲良くしていた黄色目の家の娘で、セルマにとっては友人よりも強く親戚のよりも濃い、言うなれば妹だった。ましてや今や本当にそうなろうとしていたのだが.......
「サファ?一緒に寝ない?」
ぼんやりと見える塊が身動ぎするのがわかったが返事がない。
両親と兄が息絶えた工房の棚で気を失っていたのをセルマの両親が連れてきたまま数日部屋から出てきていないし、聞こえるのは飲み込みきれなかった嗚咽、時々様子を見に入ったセルマの母が慰める声だけだった
「話せなくなっちゃったの?」
また布がズレる音がしたが声は聞こえない。本当に話せなくなってしまったのか、それとも寝ているのか。確かめる方法などこの時の幼いセルマには検討もつかなかった
けれど追い出されないのは察しがついたし、声出さぬ人がいるならこれ幸いと話し出す。店番をさせてくれないだとか、外に出たら同い歳くらいの子が何でもして稼いでるのに自分はまだだとか大人からしたらとんでもない愚痴を吐き出しただけなのだが、それでもこの歳の自立心旺盛な彼女にとって誰かに話すことは重大なことだった。他の誰かなら絶対相槌以外の意見がでるだろう。それは確かに恵まれたことだが、誰かの話を聞き入れるために話す愚痴はないだろう
「この通りの反対側って表に商品が出てるでしょ?1つくらい貰ったって.......」
次はどんな事をして一攫千金、このスラムみたいな売春街を抜けてやろうかと言う話にたどり着くところでふと布の中から目がこちらを見ていることに気がついた。
布からゆっくり顔を出しぽつりぽつりと震えた声が話し出す
「1つくらい.......3つくらい.......4つ.......なくなってよかったのかな.......」
「そんな事、絶対ない!」
思いのほか大きな声が出たことに驚いたが、それはサファにはもっと大きな衝撃だったはずで
けれどそれが堰を切ったのか、サファからも声が出ていた
「だって.......捨てたの.......!一緒がいいよぉ.......」
幼子が口にするにはあまりにも非情な言葉。死にたいと言うのだ。理解出来ていなかろうが、一緒にいたいと。
「ダメ。生きなきゃ。生きて、それで.......」
思わず抱きしめた自分よりもいくらか小さな体と頭に生きてと刻む。生きて、生きて.......

店に帰り着く直前まで暗く甘たるい思い出に浸っていた。あの時セルマは彼女にもう1つ言葉を与えていたのだが覚えているだろうか?
生きてって言ってくれなかったら今はないのよねと嬉しそうに笑う姿を目にうかべ、もう1つの言葉のことは問うたことはない。
「そう言えば、話したいことがあると言っていたわね.......」
店の受付が声をかけてサファが来ていることを聞いて思い出す。昔のことに浸るのもよいが、今ここに来てくれた彼女も浸るよう花の香りを一層強くして待たせている部屋へ向かった
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