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4章 青い為事

長い冬の間、外界は生命をこの世から切り離すかのように冷え込む。その事をよく知っているここの者たちは手を休めることなく支度をしていた。これが終わりさえすればあとはただ刺すような寒さを凌ぎきることだけを考える。春は遠い。
女たちは冬の間も家事を休めず、楽しみといえばほんの少しだけ出来た1人の時間にため息を吐くことだけ。一方で世の男たちの楽しみは実に喧騒に満ちていた。酒と賭事、それから春の花を買うこと。
世の中の錆び付いた生き方を鼻で笑いきれない水色の目の彼女は腰より下へ緩やかに流れる金髪を結くと、寂れた一角にある建物にしては上等な部屋を後にする。受付を任されている赤目の男に声をかける女主人の名はセルマ・スミルノフといった。
「今日もよろしくね」
セルマから発せられる甘く濃厚な蜜のような声に男は柔らかい笑みを浮かべる。もちろんわかっていると。そんな彼の頬にキスをして外へ出る。向かうところは1つだった。
正午をすぎた日差しが影を伸ばす。この時間から身なりを整え始めるのがこの花街だった。誰も此方を見る者はいない。アソコが痛いだの、昨日の相手がどうだった、もう3ヶ月は月のものがこないだとかセルマにとってはたわいない話が行き交う。その間を縫って何とか宝石の文字だけが読み取れる看板とボロを寄せ集め、何とか立っているような建物へと身を滑り込ませた
「それで?足取りを掴めたんでしょ?」
店の奥に飾られた大量の魔除が音を鳴らし、カウンターへ緑と黒の髪を左右に分けて生やした顔色の悪い男が出てくる。彼はセルマの姿を捉えるやいなや干からびた血のにじむ唇を忙しく動かし始めた
「ずっと掴んでいたさ。君がどうするか知るまでは教えないつもりで。いや、そこには興味はない。どんな方法を取るのかをしりたい。そもそもそれを君がする意味が」
「ユーゴ、私は」
「報復」
「意味があると思う?」
ユーゴと呼ばれた男は自らの青というよりは水色に近い色の瞳とセルマの淡い青の瞳を重ねる。
「俺にはわからないが君には意味がある。だからこそ俺を使った。幼なじみ同士が選んだ副業が同じ情報屋だったことに乾杯。いや、普段はライバルだからコレは1つ貸しか?このユーゴ・アンダーソンは慈悲深いから1つということにしてやろう。これも.......好だ」
「相変わらず口だけは達者で何より」
「口がなければ情報屋は勤まらない。そもそも君のような人が向いているとは到底」
小言の様に尚も続けるユーゴがおもむろに出したメモをサッと指先で奪うと背を向ける。これさえ受け取れば彼に用はなかった。例え用があろうがホコリとガラクタに囲まれたよく言えばアンティークな空間は居心地がいいものでは無い。身なりを気にする立場の彼女はできるだけ長居は避けたいと思っていたのだろうが。
ギシリと音を立ててドアが閉まると胸の間に隠したメモの中身を頭の中で反復させる。それは彼女にとって何よりも大切な使命だった
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