1章 生きる者達

装飾技師のまだまだヒヨっ子。ベースになる一家一族がないからなのか、出来たものはどれも珍妙な物でも見たように扱われる。中には新し物好きや、人とは違うものを欲しがる貴族なんかから注文がくる。ただし、それらのリクエストには応えない。出すところは1つだとしか伝えないようにしている。基本的には工房と、そこから鐘1つ離れた家の往復と引きこもり。人との交流が嫌なわけじゃなくて、してもいつの間にか他の人が楽しんでて、蚊帳の外。無理に入って趣味の話なんて振られた時には地獄だ。趣味は仕事。そうだ、たぶん酒を飲むこと......なんて言ったら居候の彼にふざけてる?って聞かれるかな。至って大真面目なのに失礼なものよ。
なんの変哲もない黄色い目をしてる職人の人種の1人でしかないのがサファ・シュミットという人物だった。自身に光る特徴なんてない金色の黄色い目と固くて癖のつかない青い髪のチビだと嘆き、ただちょっと作るものがちがうことを自信にするしかない。今してる作業は皆と同じ、金のフレームに細かなカットを入れた宝石を一つ一つはめ込む。このデザインは自分でする時もあれば義姉が気まぐれで渡してくることもある。大半の技師は1つのモチーフに置いて曲線だのラインだのの話をするけれど、サファのするのはモチーフとモチーフの重ね合わせだった。面白みがないと言われたら否定はしない。思いつく人だっているだろうし別に珍しいことをしているつもりもない。ただ、1つしか認められないと言うのがなにかこの国の概念の様で彼女は好きではなかった。ただそれだけ。
夕刻の鐘がなるのが聞こえると皆一斉に動き始める。向かう先は飲み屋だったり家族の元だったり様々だ。今日は飲まないのかと声を掛けてくれた仲間に手を振ってサファは工房がひしめき合う洞窟を抜けた。
久しぶりの新鮮な空気かもしれない。ああ、決してあの中の職人の空気とでも言うのだろうか、鉱石と火と人の臭いが嫌いなわけじゃない。ただ、生活拠点とする環境とはとても思えなかった。けれど職人の大多数があそこに住まうのだから畏れ入る。
そんな仲間の間を抜け、身にまとった石炭の臭いに顔を顰めて近くの水場で少し顔と煤のついた腕を洗う。開いた胸元に流れる水の冷たさに震えた。まだ夏の終わりがみえたばかりだと言うのに今年は冷えるのが早い。なにも起きなければいいのだけど......。悪い予感は大概が考えすぎだと言い聞かせ帰路についた。
少し小高い所までくると、途中眼下にいつのレンガなのか定かでない造りの家々や、店とスラムの背中合わせが真新しい貴族街から隔絶されているのが見えるようになる。普段は気にも止めないのだが、今日は少しだけ足を止めた
「そう言えば、帰ってくるって言ってたわよね」
彼女には同棲するパートナーがいる。いや、居候?これがなかなかの曲者で、目を離したら野垂れ死ぬんじゃないかってくらいには頼りなさげ。それでもパートナーで、誰になんと言われようと大切な人になったのだから世というのはわからないものだと。そういえば幼い昔、好きなタイプとかを話す機会があったような気もするけどまるで真逆。自信を持ってここだけはタイプだったと言えるのは、彼には自分しかいなかったし、穏やかで綺麗顔ってところだけかもしれない。これは女性のタイプねと言えば、もちろん彼に拗ねられて野菜で食生活を送ることになりそうだからそんな馬鹿な真似はしないけれど
「サファ、日が暮れる。早くこい。」
予想とはまるで違う方向から声がかかった。なんだ、先に戻ってたんだ
「なによルフス。普段そんな急かさない癖に」
「秋は獣達の季節だから......」
夕陽を浴びた彼の目が赤橙に光る。普段は薄紅色をした彼の色がこの時間だけ変わるのがすごく好きだった。草原の緑が夏だとすると目と合わさって秋とを両方持つこの季節の草木のようで、そっとみとれてしまう。本人は赤の色が薄いのを気にしているらしいのだけれど、そんなのはこの国だから起きるコンプレックスのほかならない。気づかれる前にサファは直ぐにおどけるようにいう。それもほんの少しだけルフスの緊張が伝わったから
「常に警戒は怠りませんって?帰ったらご飯?」
収穫シーズンに入り、色々な物が美味しいのだから聞いたって食いしん坊と馬鹿にされないはず。なによりその話題の方が掴みようがない感覚なんかよりずっと現実味があって素敵なことかもしれないと言い聞かせたかったから。
「そうだな。サファは既に食欲の秋か」
前言撤回、馬鹿にしてる。
こんなふうに家主に失礼極まりないことを言う彼が、噂の同棲しているパートナーで、居候。現在は愛しくも悔しいことに旦那。ひょろ長くて隣に並んだら私より30cmは高いだろう身長に女性のような角のない顔立ち、パッと見はその辺の女性なんかよりもずっとらしい。それでいながら撫でるために伸ばしてくる手は少し筋張って大きくて硬い。それも仕事柄なんだろうけれど......。
「今回は怪我しなかった?」
「大丈夫。襲撃もなく穏やかだったよ」
「そう。じゃぁご飯作るの全部頼んでもいいよね」
軽く笑っていつもの事だろなんていうけれど、それは仕事で襲撃されて疲れたり、怪我したりしたら無し。彼にそれ以上の負担はかけられない。もしかけたら、崩れてしまいそうなきがしてならなかった。
彼の主な仕事は貴族のお坊ちゃんの護衛。形上は夫婦と言えど、彼の仕事で知ってるのは護衛として襲撃から守ったり、共に行動している言わば鎧で、盾のような存在だということ。襲われたらその相手を傷つけることもあるし、自分も傷つくかもしれなくて......。とにかく護衛対象を守り抜かないと行けない仕事をしているから心配しないわけがないのだけれど、当の本人はまるでそれを忘れているかのように緊張感の欠けらも無い私生活態度。それこそ1度烈火の如く怒らせると悪魔と化すなんて言われてるらしいのはあくまで噂ではないだろうか?とも。
なんせ底抜けに抜けてて、時々ポンコツしては謝りにくる情けなくて頼りないのがサファにとって今のルフス・シュバリィという存在だった

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