初めての果実

「初めての口付けは、果実の味がするのだそうですよ」


唐突なシンの言葉に、ユダは目を瞬かせた。


「そうなのか?」

「はい。先程読んでいた書物にそう書かれていましたから」


恐らく本当のことでしょうと、そう言ったシンにユダは苦笑をこぼす。
書物に書かれたこと全てが真実ではないだろうに、それを事実だと信じているあたりが実にシンらしかった。


「……ユダ?」


苦笑されたのが気になったのか、怪訝な顔をしてみてくるシンに、ユダは『なんでもない』と首を横に振って話題を戻す。


「で、その果実というのはどんな味なんだ?」

「食べたことがないので分かりませんが、なんでも酸味があってとても苦いのだそうです」

「ほぉ」

「でも、初めての口付けがそのような味だったら、正直嫌ですね。そもそも触れるだけの口付けに味覚も何もあるのでしょうか?」


本気で不思議がっているシンに再び苦笑して、ユダは口を開いた。


「お前はされたことがあるのか?」


唐突な問いかけにシンは目を瞬かせた。そんなシンの態度に、ユダの顔は自然と綻ぶ。


「そうか、ないのだな」

「え……」


『何を?』と問いかけるその声ごと、ユダは自分の唇を重ねることで封じた。


「んっ……んんっ……うっん……」


突然の行為に目を見開くシンに構わず、ユダは口付けを深くしていく。唇を離すと、シンは頬を紅潮させて荒い呼吸を繰り返していた。


「な、なにを……」


息も絶え絶えなシンの言葉に、ユダはあっさりと告げる。


「いや、本当に苦い味がするのかと思ってな」

「…………は?」


ぽかんと、呆けた顔をするシンにユダは微笑む。


「お前の読んだ書物の記述は少し間違っているな。酸味はあったが決して苦くはなかったぞ?」


『苦いと書いてある個所を甘酸っぱいに訂正するべきだ』と口にするユダに、シンは怒っているとも恥ずかしがっているとも取れる顔で赤面した。


「ユダっ!!」

「……そんな怒鳴ることでもないだろう? 口付けの一つや二つ、減るものでもないのだし」

「ひ、一つや二つって……」


そういう問題ではありませんと言外に告げるシンに、悪かったと詫びを込めてもう一度口付けたユダだったが、不思議なことに甘酸っぱい味はしなかった。


あの味がするのは、たった一度だけらしい……。



【END】
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