コンコン。準備室のノックの音がする。あぁ、来やがった。教師生活の中で初めて悩みの種。
無視するか、無視しないか。そんな選択肢教師の自分にはなく「どうぞ」と声をかける。

「失礼します。」

　嬉しそうに笑いながら準備室に入ってくる花巻は最近暇さえあれば放課後明日の授業の準備をしている俺のもとに来るようになった。

「何の用だ。」
「お手伝いないかなって思って来た。」
「そんな暇あるんならトレーニングか勉強しろ。」
「するよ？でも私の青春は一度きりだしさ、先生への恋心も大事にしたいなって思うから。」

　淡々と自分の気持ちを伝えながら俺の作業を眺めて、自分でもできる作業を見つけようとする花巻。「提出チェック私していい？」と聞いてくるので合理的に仕事を片付けたい自分は素直に頷く。

　作業を黙々とする花巻はとても楽しそうで、何が楽しいのかわからない。同級生数人から好意を頂かれているような花巻が何故小汚いと称される三十路のおっさんに恋心を抱き、構ってくるのか不思議でたまらない。

「お前ぐらいなら彼氏だってすぐ作れるし、青春とやらを楽しめるだろう。時間を無駄にするな。」

　小テストの採点をしながらつい本音が出た。チラっと花巻を見れば普段とは異なり一瞬寂しそうな表情になる。すぐにこやかな表情に戻ったが。

「たしかに彼氏が欲しいだけならすぐできるかも。先生は知らないかもしれないけど私たまに告白されるんだ。」

　少し悪戯っぽく「モテ期ってやつなのかもしれないね」と笑い、続ける。

「でも彼氏が欲しいわけじゃないよ先生。私は先生のことが好きでいたいだけ。で、あわよくば手繋げたりチューしてくれる未来はないかなって妄想するぐらいだよ。」

　また目をじっと捉えて言ってくる。相手は高校生だと解っている者の何故か目線を話せられなくて目の前にいる小娘は自分の武器というか活かし方をよくわかっているようだ。

「悪いがそんな未来はこねーぞ。」

「はっきり振ってくれるなぁ。妄想ぐらい許してくれたっていいじゃん。」とケタケタ笑いながらまた作業に戻る花巻が何故か愛らしく見え少し頭を撫でたいと思った自分にゾッとした。

　少し腹正しいのでこいつの期末テストは少し課題を増やしてやろうと思う。プルスウルトラの精神で頑張りやがれ小娘。