結婚してみる
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「なまえ。」
「あ、ごめんね、お待たせ!」
今日は、いよいよ引越しの日。数日前にドラマのクランクアップを迎えたばかりだが、引越しの準備は抜かりなく、何事もなくS市までやってきた。もちろん、忘れずに指輪も受け取ってきている。
改札を潜るとすぐに名前を呼ばれ手首を掴まれて少し驚いたが、その相手は待ち合わせていた露伴であった。彼と顔を合わせるのはあの夜以来だが、お互いアラサー間近という事もあっていつも通りである。ほんの少しばかり、ときめいた気もしないでもないが。
「いや、そんなに待ってない。ここは人目に付くから、早く行こうぜ。」
自然な動作で私のキャリーケースを引き歩き始める露伴の空いている腕に、これまた自然に自分の腕を絡めた。彼は一度チラリとこちらを見たが何も言わず、もしかしたら照れているのかもしれないと思ったらなんだか可愛くて笑みが漏れた。
「そうだ。さっき、指輪を受け取ってきたの。」
車に乗り込みながら、小さい紙袋を掲げて見せると思いのほか隣との距離が近くて想定よりも近い距離に露伴の顔があって驚いた。おまけに「指輪も大事だが、今は先にキスがしたい。いいか?」と顔を近づけてくるので黙って受け入れた。潔癖そうに見える露伴だが、彼は意外と、キスが好きなのかもしれない。
「…この狭さも、たまには役に立つんだな。」
「露伴先生、キスが好きなんですか?それとも、私が狼狽えてるのを見て楽しんでるんですか?」
思わずまた敬語が出てしまった。が、露伴先生はそんな事お構いなしに意地悪そうに笑って「さぁな」とはぐらかすだけだった。うーん、今までの露伴先生と違って、猫みたいに笑う顔もいいな…。
「で、指輪だったか?君もまだつけてないのか。」
「あぁ、私もまだ、ちゃんと見てなくて。それに、自分でつけるのはなんだか味気ないなぁと。」
「僕につけてほしいって事か?…まぁ、結婚式もやらないし、それくらいはいいが。」
「本当?嬉しい。」
正直断られるかもしれないと思っていたので、素直な気持ちを口にする。せっかくなら結婚式みたいに露伴につけてもらえたら、少しは結婚する実感が湧くかもしれないと思ったのだ。それに、普通に憧れも少しはあった。
「わ…、やっぱり可愛い。ねぇ、露伴のは私がつけてもいい?」
「あぁ、いいよ。」
ケースを開けると、隣合って並ぶ揃いの指輪。この前お店で見た時よりもなんだかキラキラ輝いて見えるのはなぜだろう。なんだか、いよいよ結婚というものに現実味が出てきた。
「そういえば……婚姻届だが、ちゃんと22日に出してきたぜ。」
「あ…そっか、じゃあ私、もうみょうじなまえじゃないんだ。」
「そういう事になるな。…今更だが、本当に良かったのか?」
改めて確認するような言葉を吐く露伴は、珍しく少しだけ不安そうな表情を覗かせた。そんなの、あの岸辺露伴らしくない。
「?…良かったもなにも、私からお願いしたんだよ。それに私、露伴との結婚生活、結構楽しみにしてるの。」
「そうか…ならいい。…僕も、結構楽しみだ。」
露伴とはもしかしたら、案外いい夫婦になれるかもしれない。露伴も、少しでもそう思ってくれていたら嬉しい。
「じゃあ露伴、左手出して。」
最終確認を終え、シンプルなデザインの方の指輪を右手の指で摘んで持った。少し間を置いて私の左手に乗せられた露伴の左手は意外と大きくて少しドキドキした。これから、露伴の男としての一面を知っていく事になるだろう。順番は人とは違うかもしれないが、それが今から楽しみでならない。
静かで狭い車内で、お互い無言で一連の動作を見つめた。なんだか、神聖な儀式のようで緊張する。
「当たり前だが、ピッタリだ。」
「ふふ、似合ってる。やっぱりシンプルな方が、露伴に似合うね。」
「ありがとう。ほら、次は君の番だ。」
今度は露伴がケースから残った指輪を指で摘んで取り、左手をこちらへと差し出してきた。その手に自分の左手を乗せると、親指で手の甲をスリ、と撫でられて心臓が跳ねた。これは…私の反応を見て楽しんでいるに違いない。チラ、と露伴を見るとやっぱり意地の悪い笑顔を浮かべていて、だけどなんだかその眼差しに優しさも含まれていたので怒る気にはならなかった。
「あぁ、やっぱり。君によく似合っている。」
「…本当?」
目の前に翳すとまだ見慣れなくて、自分では似合っているのかは分からないが、露伴がそう言うのならそうなのだろう。露伴は、適当な事は言わないから。
「露伴先生…今、ぎゅーしたいです。」
「!……今のは、さすがに可愛いな…。」
ほら、と手を広げる露伴の腕の中に、静かに身を預けた。そういえば、キスはしたのにハグは初めてだ。そもそも順番が違うのに、こんなところまで順番がおかしいなんて。
「…露伴の匂い、結構好きかも…。」
「それは良かったよ。体臭は相性の善し悪しに関係があるらしいからな。」
「へぇ、そうなんだ。…露伴は?私の匂い、嫌じゃない?」
「ふ…、嫌いどころか、好きな匂いだよ。」
なんだか、ここ最近の露伴、やたら肯定してくれるな。だけどさっきも言った通り、彼は適当な事は言わない人だ。もしかしたら元々、私達の相性は良かったのかもしれない。
「これからよろしくね、露伴。」
「こちらこそよろしく。岸辺なまえさん。」
どちらともなく体を離して、口付けを交わして、私達は名実ともに夫婦となった。
通常ならば結婚をすればハッピーエンドとして物語は始まるのかもしれないが、私達の物語は、ここからがスタートである。