結婚してみる
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「露伴、お疲れ様。」
「わざわざここまで迎えにこなくても良かったのに。」
今日は指輪を買うために駅で待ち合わせた。彼女はいわゆる芸能人であるという自覚はあるはずなのだが、駅まで迎えに行くと譲らずこうして人が溢れる東京駅まで本当に1人でやってきたらしい。何か考えがあっての事なのだろうが、帽子と色付きのサングラスで顔を隠していてもオーラが隠しきれていなくて少しヒヤヒヤする。
「来てくれてありがとう。行こう、露伴。」
「お、おい…。」
自然な動作でスル、と腕を絡ませてくるのにはさすがに驚いたし、狼狽えた。やっぱり、なにか考えがあるんだろうが、事前に聞かされていないので少々腹が立つ。
「君な、こんなに人が大勢いるところで、一体何なんだ?」
人通りの多いここでヘブンズドアを使うわけにもいかず、彼女の足が赴くままに歩を進めながら尋ねた。彼女の意向に従うのは構わないが、理由を言ってもらわなければ納得はできない。
「週刊誌に撮られようかなって。」
「はぁ?」
「これまで一切撮られた事がない私が、結婚の発表直前に週刊誌に撮られたら信憑性が増すんじゃないかなって。それに、デートしてるところを撮られたらラブラブなんだなぁってイメージがつくかなと。」
「そもそも、結婚するんだからラブラブなんじゃあないのか?」
「私にも露伴にも、ファンがいるでしょう?大体は祝福してくれるだろうけど、一部の過激なファンは許さないんじゃないかなって。」
「…そんなもんか?」
「そんなもんですよ、人って。特に、女の子は。」
確かに女性の心理なら、彼女の方が詳しいかもしれない。それに"一部の過激なファン"と聞いて、友人の妻である山岸由花子が頭に思い浮かんだ。なるほど。
「だから、そういう人達に付け入る隙を与えないくらい、外では仲良くしよ。」
「…そういうのは、事前に言ってくれても良いんじゃあないか?」
「えへへ…、露伴が狼狽えたりしてるとこ、見たいなぁって思っちゃって。」
「えへへ」なんて、アラサーが言ってこんなに違和感がない言葉だっただろうか?頬を緩め目を細めてこちらを見上げる彼女のかわいらしい事。彼女との結婚の話が出てからというもの、日に日に彼女がかわいく思えてきて自分の安直さに少し戸惑っている。彼女はきっと、今までと何も変わっていないのがまた悔しいのだが。
「わぁ…どれもかわいくて、迷っちゃう!」
ジュエリーの専門店へとやってきてショーケースを一通り眺めたあと、奥のVIPルームへと通されてカタログを眺める彼女は目をキラキラと輝かせており、それは初めて見る女の子らしい彼女の一面であった。
「こういうの、好きなのか?」
「うん。だって、こういうのってたくさん買う物じゃないでしょ?そりゃあ、たまにはあれもこれも買う人もいるんだろうけど…。特に、今回買うのは結婚指輪だし、迷っちゃうね。」
同意を求められても、男性用のデザインはそんなに変わりはなくどれも似たり寄ったりのため、正直どれでもいいと思う。
「僕は君が欲しいと思った物で良い。君が納得するまで付き合うよ。」
「え……、あの、今のセリフ、かっこよかったのでもう一回…。」
「はぁ?…言うわけないだろ。早く決めろ。」
何を言うかと思えば、本心なのか冗談なのか分からない事を口にして楽しそうな彼女。本心にしろ冗談にしろ、僕が素直に受け取るわけがない事は彼女も知っているはずなのだが。まぁ、本人が楽しそうなら、いいか。
「色はこっちの方がいいかなぁ?ねぇ、露伴。」
「あぁ、いいんじゃあないか?君の肌の色に似合いそうだ。」
「露伴先生がそういうのなら、間違いないですね。」
「…その呼び方は、もう辞めるんじゃあなかったか?」
「たまにはいいじゃないですか。」
「ふふ、仲が宜しいんですね。」
仲が宜しい、とは。彼女の何も考えてなさそうな笑顔が僕に向いているからそう見えるのだろうか。ここのスタッフの目は節穴か?これは全て、彼女の演技だぞ、と心の中で煽ったが、何となく虚しくなった。
「露伴の手、綺麗だよね。」
「そうか?」
「うん。どんな指輪でも似合っちゃいそう。ねぇ、これとかつけてみてよ。」
「別に構わんが…君の方がメディアに出るんだから、君が似合う物を選ぶんだぜ?」
「んー…そうだね。」
「ハァ…安心しろ。僕はどんなデザインの指輪でも似合うらしいからな。」
「…あはは、確かに!」
口を開けて笑う彼女は初めて見るので、つい目に止まった。少なくとも月に1、2回程の食事をしていた今までは、見た事がない。テレビでも見せた事はないのではないかと思う。その笑顔がなぜだか演技ではない気がしてしまうのは、初めて見せた表情だからだろうか。なんにせよ7年の付き合いの中で初めて見せた顔という事実は嬉しく、また、かわいらしく思った。
…いや、やっぱり彼女といると、強制的に感情を動かされて少し悔しいのだが。
「2週間後に出来上がるみたい。無理言って引越しの日に受け取れるようにしたから、私が受け取って持っていくね。」
デザインや素材を決めたあとは彼女が主体になり店員とのやり取りを進めていった。彼女は自分で色々と決められるので、そういったところはかなり好感が持てる。それに、やはり仕事が早い。
「もう引越しの日取りも決まったのか。相変わらず仕事が早いな、君は。」
「んー、仕事が早いというか、やらないと忘れちゃうから忘れないうちにやっているだけで…。いや…これは建前かな…。」
褒められているというのに微妙な顔でブツブツと呟いた彼女は一度言葉を切るとチラリと上目遣いでこちらを見るので思わず心臓が跳ねた。顔が良くポージングも完璧な彼女のこういうのは、心臓に悪い。
「本当は、露伴と一緒に同じ家に住むのが楽しみで……、って、言葉にすると、ちょっと恥ずかしいですね。」
「…っ!!」
か、かわいい…。
コイツ、自分のかわいさを理解してるようで理解してないな。これが演技であったなら、少々やりすぎである。ましてや、店を出たあとにするなんて。
「君…完璧なかわいさだな。完成されている。」
「それは、褒めてるんですか?完成しちゃってたら、つまんないじゃないですか。」
「言葉のあやだ。隙がないって事だよ。」
「…それはそれで気になるというか…。女の子は隙があった方がかわいいって言いますよね?」
「なんだ、君…他人(ヒト)の評価なんか気にするのか。」
それは今までの彼女とイメージとはだいぶ違う。まさか自分の、彼女に対するイメージが間違っていたのか。
「…他人(タニン)の評価は気にしません。ただ、露伴先生の評価は気にします。」
「…そ、……。」
それはどういう意味で、という言葉は、なんだか言ったら負けな気がして喉でつっかえた。コイツは、とんだ小悪魔だな。
「なぁ、キスしてもいいか?」
「えっ!?い、今、ですか?」
やられっぱなしは悔しくて言った言葉だったが、意外にも彼女は大きな反応を見せた。なんなら目は泳いでいるし両手で頬を抑えてまるで照れているようである。
「まさか、指輪を買うだけで解散なんて思ってたんじゃあないだろうな?」
「でも…外ですし…。」
「週刊誌に撮らせるとか言ってた奴が何言ってる。…別に、嫌なら無理にとは言わんが。」
「嫌とかじゃなくて…!」
「へぇ。」
やっぱり人が狼狽えている姿を見るのは気分がいい。増してや自分がそうさせているのだから余計に。今日は主導権を握られっぱなしだったので、少しくらいいじめたっていいだろう。
「なぁ、もう一度聞くが、キスしてもいいか?」
「…えぇと……、…はい…。」
ついに観念した彼女は、人気の少ない方へと移動して僕の服の袖をかわいらしくぎゅ、と掴むので小動物みたいだと思った。もしも僕が肉食の獣だったなら、問答無用に食われてそうな彼女。
これが好きという感情なのかはまだ分からないが、かわいいな、とは思う。
「君、完全に敬語に戻ってるぜ。」
「もう…今はそんな事、いいじゃないですか…。」
「はは、そうだな。」
正直、彼女は敬語の方がしっくりくるし、かわいらしくてそっちの方が好きだったりする。自分でもまだよく分からないので、彼女には教えないが。
ふに、と自分の唇に感じた彼女の感触がとても柔らかく、これは癖になりそうだと思った。