終わらない
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あの最低最悪の一件から、数週間。
あの事件が嘘だったかのように、何気ない日常へと戻った。
いや…僕からしたら嘘ではないが、妻であるなまえからしてみれば嘘…なのだが。
しかし嘘でも嘘でなくとも、日常には戻ったはずであった。
それなのにあの一件は僕達に少なからず、しこりを残していた。
「!…あ…ごめん露伴。何でもない…。」
不意になまえは、何でもないタイミングで僕に怯えるような仕草をする事があった。本人もなぜなのか分かっていないようだが、僕には分かる。僕がいない間、"奴"がそれほどになまえに対して酷い行いを繰り返していたせいだ。
そんな記憶はないのに体が勝手に反応し、なまえ自身が一番混乱しているはずなのだ。
「僕は気にしてない。だから…君も気にするな。」
もう君の前にいる岸辺露伴は、君に害を与えない。だから安心しろという気持ちで優しく抱きしめ、背中を撫でる。
性行為なんて以ての外だった。いざそういう雰囲気になると彼女の気分が落ち込んでしまって、手や体が震えてしまう前に抱きしめてキスをして、眠りにつく。それの繰り返しだ。
つい先日勢い余ってプロポーズしてそれを受け入れてはもらえたが、本人達の意志とは関係なく、なまえの体が、僕を拒絶してしまう。
なまえは悪くない。何も、万が一にでも、微塵も悪い事はしていないはずなのに。
「露伴、私、露伴の事が大好き。本当に、愛してる。」
「あぁ、ちゃんと分かってるから、心配するな。」
「でも…。」
僕は彼女みたいな俳優なんかじゃあないし、観察眼が鋭い彼女にはきっと、僕が抱いている感情はバレてしまっている事だろう。「でも」の後に続くはずだった言葉はきっと「じゃあ、どうしてそんな顔するの?」だ。
「……旅行にでも行くか。」
「え…?旅行…?……どこに?」
「そうだな…。イタリア、かな。」
完全に思いつきで言った事だが、言ってからなかなかいいアイディアだと思った。
僕らには今、時間が必要だ。ゆっくり、休息する時間が。
「僕は今、連載に穴を開けるわけにはいかない。また描き溜めという手段を取らなければならないが。」
「でも露伴、描き溜めは嫌いじゃない。」
「前にもやってるだろ。他でもない君のためにな。それに、もうとっくに過ぎてしまったが、結婚1周年だし……いや、それよりも、2回目の新婚旅行か。」
僕らは先日、改めて夫婦になった。書類上の夫婦として1周年。そして正真正銘の夫婦になって初めての旅行。いいタイミングじゃあないか。
「僕の中ではすでに、決定事項だ。…なまえ、君はどうする?」
現状を変えたければ、何か行動を起こすしかない。その何かが何なのかは、行動してみなければ分からない。
これからも彼女との関係を続けていくならば、この問題をクリアにしておくべきなのだ。
「行く…。それと今の露伴…かっこよかった…!」
ぎゅう、と僕の胸に顔を埋める彼女はいつも通りで、ホッとしてる頭を撫でた。
彼女の体が僕を許すまで、いくらだって手間を惜しまない。
僕は彼女と、年老いても一緒にいるつもりで、それまでいくらでも、時間はあるからだ。
「そろそろ寝よう、なまえ。明日もお互い仕事だろ?旅行の話は、明日仕事が終わってからだ。」
「うん。…おやすみ、露伴。」
触れるだけのキスをして、布団に入って、寄り添って目を閉じる。
今は、これでいい。これだけで充分、満たされている。
イタリアに行ってゆっくり過ごして、何かが変わればラッキー。そのくらいに構えて、2人の時間を大事にしよう。眠りにつく直前、僕はそう、これからのプランを立てた。
───────────────
「…、なまえ。」
「あ…ごめん、露伴…。」
近頃、体がおかしい。
別に体調が優れないわけではない。体自体は、至って健康だ。それなのに私の体は、私の言う事をきかないのだ。
露伴と廊下の角で突然対面したり、露伴が背後を通る度に心臓がドクドクと嫌な音を立てて、肩に力が籠る。
なぜかは分からない。分からないが体は勝手に反応してしまうので、私のその様子を見た露伴はいつも苦しいような切ないような表情を浮かべるのだ。
嫌だ。こんなの、まるで露伴を拒絶しているかのようではないか。
「僕は気にしてない。だから…君も気にするな。」
口ではそう言いながらも、露伴はやっぱり悲しげな表情で、私の中に罪悪感が募る。
「露伴、私、露伴の事が大好き。本当に、愛してる。」
「あぁ、ちゃんと分かってるから、心配するな。」
「でも…。」
露伴が無理やり浮かべた笑顔は眉尻が下がっていて苦しそうで辛そうで、だけどなんとなく聞いたらいけない気がして、口を噤んだ。
「……旅行にでも行くか。」
不意に空気を変えるように、突然話題が変更された。それはきっと露伴なりの気遣いで、だけどこの話を途中で終わらせても良いものかとしどろもどろになりながら「え…?旅行…?……どこに?」と返すと「そうだな…。イタリア、かな」と先ほどの空気が嘘のように柔らかい笑顔を浮かべた。
イタリアは、去年私達が新婚旅行と称して行った国だ。一体どんな思惑があってそんな事を言ったのかは分からないが、その時にも直面したのは露伴の連載問題で。今描いているシーンはこれから盛り上がるところ、という大事なシーンで、途切れずに描いて欲しいというのがファンとしての本音。だが露伴の中では旅行はすでに決定事項のようで、このシーンを描き終える前に行くつもりのようだ。それならばまた原稿の描き溜めをしなければならないが、元々露伴は描き溜めを好まないはずだと言及した。しかし「前にもやってるだろ。他でもない君のためにな。それに、もうとっくに過ぎてしまったが、結婚1周年だし……いや、それよりも、2回目の新婚旅行か」と言われてしまって、もう何も言えなくなった。
「僕の中ではすでに、決定事項だ。…なまえ、君はどうする?」
あぁもう、好き。
私を気遣って旅行を提案してくれた上に、普段はやらない原稿の描き溜めを私のためだと言ってくれる。本当、好き。私にとって最高の旦那さんだ。
自分の中から"好き"が溢れてきて、ぎゅっと露伴を強く抱きしめた。またしてもなんだか懐かしい香りがするが、それでいて妙にしっくりきて、離したくなくなってしまった。
「そろそろ寝よう、なまえ。明日もお互い仕事だろ?旅行の話は、明日仕事が終わってからだ。」
「うん。…おやすみ、露伴。」
露伴。私の、大切な人。これからも、ずっと一緒にいたい人。ずっと一緒に、生きたいと思える人。私はこの人を、離したくない。
その願いを込めるように、布団の中で私達は寄り添って眠りについた。
向こうも同じように思ってくれている気がして、嬉しかった。