動かない
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
1月7日(金)
「そんな、何故だ…!正されたはずなのに…、何故、また3ヶ月も進んでいるんだ…!!1月になっているじゃあないか!!」
玄関先の惨事に、それに右手のスマートフォンの異変。ものすごい速さで更新されていくスマートフォンの画面を見ながら、その奥には赤が広がっている。赤。まさか、血…?一体何があったら、こんな事になるっていうんだ。
「ガルルル…」
「…なんだ?」
シャッ、
ドサッ、
僕の腕の中に飛んできた物体。赤い液体。大きな犬。まずは腕の中に視線をやるとワニのような皮膚と、血、そして内臓。思わずその生暖かい物体を、床へと投げ捨てた。
「バ…バキンッ!や…やめろッ!僕だッ!」
3ヶ月経って大きくなったバキンがやったのだと、信じたくない事実を突きつけられる。今にも噛み付きそうな凶暴さを持つバキンに向けて咄嗟に腕で庇うと途端に怯えたように小さくなり何とかなったが…、これは一体、何があったというんだ。
「なまえ…、っ、なまえは…!?」
10月のなまえは、何があったのかは分からないが入院していたはずだ。7月から10月の3ヶ月間が正されたのなら、入院はしていないのではないだろうかと家の中を全速力で駆け抜け仕事部屋へと飛び込んだ。
「ハッ…!ホットサマー・マーサ…、円が3つに直っている…!」
直っているどころか、フィギュアになってデスクに置かれているとは。
どうやら鏡の回転自体は成功しているらしい。が、未だ状況が掴めない今、素直に喜んでいいものか。まず、なまえを見つけなくては。
ポケットからスマートフォンを取り出しSNSを開くと、「最近なまえちゃんテレビで見ないね」といった類いの投稿がいくつもあり、ざっと見ただけで1ヶ月以上テレビに出演していない事が分かった。
「クソッ…!なまえ…!!」
無事でいてくれと願いながら、電話のコールを押す。かけた先はなまえだったが、誰も電話に出る事なく、虚しくコール音が響くだけだった。
…いや、待て。コール音の他に、何か……。
ヴヴヴ、ヴヴヴ─
「!」
バイブ音だ。恐らく、スマートフォンの。それもたぶん、なまえのスマートフォンだ。
「なまえ!?」
その音を辿っていくとどうやら仕事場のデスクの中から聞こえてくるようで、引き出しを力いっぱい開けると案の定、中からはなまえのスマートフォンが出てきた。なぜ、こんなところに…?
「っなまえ!いるのか…!?」
部屋の中を見回して、不意に視界に入ってきた細長い何か。よくよく見るとそれは注射器のような形をしていて、ますます頭が混乱する。
その後ろのクローゼットの扉を開け放つと中にいたのはなまえ……ではなく、担当編集者である泉京香であった。
「!?泉…くん。」
異常事態だ。間違いなく、ホットサマー・マーサが円3つになって喜んでいる場合ではない。泉くんは何故か口から泡を吹いて倒れているし、未だなまえの所在は分からぬまま。まさか、彼女も泉くんと同じ目に…?と嫌な予感が頭を過ぎる。
「!!」
「その女ね…ねぇなんでなのォ、先生ぇ。」
チクリという痛みを感じて振り返ると、さっき見た女の子。そしてその手には注射器。まさか、泉くんにもこうやって…!?
「その女ねぇ…スッゴクね…馴れ馴れしいんだよォ。先生のお仕事の椅子に、勝手に座っているんだよォ。」
「うっ…、うぅ…!」
体が強ばり、上手く呼吸ができない。立っている事すら、できない。
「先生ェ…あたしィ、シングルマザーは絶対にヤダからねッ。」
「…え?…その、ウエスト…、まさか…、ウソだろォ…!」
「……先生。みょうじなまえちゃんの事、気になってるでしょぉ?」
「!なまえ…、っう…、無事、か…?」
「…内緒。」
ガンッ、ガラガラ──
「くッ…!」
「先生あたしに触ろうとした?抜け目ないのねぇー。あたしねェ、先生のその手に奇妙な能力がある事、以前から何となく知ってるんだぁ。」
なんて事だ。まさか、これで詰み、か?
いや…、僕はいい。こうなってしまっても仕方のない事をしたのだ、きっと。
だが、なまえは……。泉くんだってバキンだって、僕のせいで巻き込まれてしまっただけじゃあないか。
「ハァっ……、かっ…、う、……。」
ついさっきまで…ほんの少し前まで、外で蝉が泣いていたのに。
"藪箱法師"
僕の影分身が心の暗黒面を解放しているだと?それが、解放なのか?何かの摂理か?
パラパラ──
何かできるなら、全部試せ。今ならまだ、腕ぐらいなら動かせる。
「き…君、にも……見える…よう、に…開いた……。これは…ヘブンズドア…と、呼んで……いるんだよ……。本のページ……そういうものに…、なっている……。」
確か…、いつものところに、ペンが…。
「君を愛してるとか…、愛してないだとか……それとも裏切りだとか……信頼…。その真実が…書いて…、あるかも……しれ、ない……きっと…。」
視界が霞み、段々と焦点を合わせられなくなってくる。早く……早く近くまで寄ってこい。
警戒したように数秒様子をみた後、ようやく彼女は身を乗り出し、射程圏内へと入ってきたところで最後の力を振り絞り、右手を伸ばした。
「ヘブンズ…、ドア…!」
間に合った。なんとか、僕の勝ちだ。
僕の方を見向きもせずに家を出ていく彼女を見送り、とりあえずの危機は去ったと一安心だ。未だ、苦しい事に変わりはないのだが。
───────────────
ドタドタと人が走り回る音、ガチャ、バタンとドアの開閉音で目が覚めた。なんだか、部屋の外が騒がしい。一体どうしたのだろうと体を起こしてドアの方を見て、違和感に気がついた。
「手錠が…ない…。」
いつも私の両腕に繋がれていた、鎖が無い。
それ自体はたいへん喜ばしい事ではあるが…あの偽物が何を思って外したのかを考えると、迂闊には動けない。それに、外の騒ぎだ。
露伴の声が聞こえてくる気がするが、一度、何があったのか聞きに行こうか。しかし…勝手に動いて、怒られたりはしないだろうかと足が竦む。今はこうして監禁されているとはいえ、私は女優なのだ。目立つところに傷を付けられるのは、困る。
そうして頭を悩ませているうちに騒がしかった部屋の外は突如静かになり、嫌な静けさに包まれた。
「露伴……?」
…ダメだ。期待をするな。もしもそれが間違いだった時、また私は絶望してしまう。
自分で自分にそう言い聞かせているのに勝手に期待して、心臓がドキドキと音を立てる。
…やっぱり一度、確認しに行こう。
そぉっと足を降ろして、サンダルが置かれている事に気付く。やはり、いつもと違う。変だ。
ありがたくサンダルを履いて音を立てないようドアを開けると、露伴の仕事部屋の方から何やら話し声が聞こえてきて導かれるようにそちらへと足を向ける。
バンッ!!
「!」
もう少しで仕事部屋というところで大きな音を立ててドアが開け放たれ、そこから飛び出してきたのは露伴──ではなく、あの女の子であった。虚ろな瞳は私に目もくれずそのまま玄関まで一直線に階段を駆け下り、やがて姿を消した。
「…はぁ…。」
正直、襲われるかと思った…。しかし私は無事で、開け放たれたドアの向こう、仕事部屋の中からは苦しそうな息遣いが聞こえてくる。
さっきまで露伴の声が聞こえていたから、本物か偽物かは分からないが、露伴のものだろう。
意を決して、部屋の中へと足を踏み入れた。
「…露伴?」
「!…なまえ…!」
結論から言えば、露伴は部屋の中にいた。しかし体は床へと倒れ息遣いも荒く、私を呼ぶ声も弱々しい。異常事態である事は明白。だというのに、本物か偽物かという疑念が頭に過ぎって咄嗟に駆け寄る事ができなかった。
「あの…手錠が外れてるし、こっちが騒がしかったから、何かあったのかと…。」
本物か偽物かは分からないが、万が一偽物の露伴だった時のためにと口から出たのは、言い訳の言葉だった。それを聞いた露伴は驚愕の表情を浮かべてこちらを見つめ、ようやくこの露伴が偽物なんかではなく、本物の露伴なのだと確信が持てた。
「!…まさか…、露伴…?露伴なの…?」
「なまえ、…すまない…。」
「!…ろ、っ、露伴…!!」
謝罪なんて、今はいらない。だってようやく露伴が、私の元へ帰ってきた。ずっと探していた、本物の、露伴が。
ようやく動いた足は逸る気持ちを抑えきれずに縺れて転んでしまいそうだったが何とか彼の元へと辿り着き、その体をゆっくりと抱き起こした。
「露伴…!露伴…、会いたかった…!会いたかったよ〜!!」
自然と涙が溢れてきて、露伴の綺麗な顔へポロポロとこぼれ落ちる。まるで子供のようだとは思ったが、それどころじゃない。
「…なまえ…、怖い思いをさせて、悪かった…。」
「わ、私も…、ごめんなさい…、ごめんね、露伴…。」
偽物だと分かっていながら、警戒を怠った事。
バキンの世話を、ちゃんとできなかった事。
露伴の子供でありながら、私と露伴の子ではない赤ちゃんを授かった事。
その全てを、謝罪した。謝っても謝りきれないのは分かっているが、謝らずにはいられない。
花園かのんの一件で強くなった気でいたが、私は依然、誰かに守ってもらわなくてはならないほどに弱かったのだ。それがとても、悔しい。
あんなに帰ってきてほしかった露伴が目の前にいるのに、後悔してもしきれないあれやこれやが頭の中に次々と浮かんできて──そこで、記憶は途絶えた。
3ヶ月間の記憶、全てをなかった事にして。
────────────────
スゥ、と突如にして、体の痛み、苦しさが消え、空の注射器も綺麗さっぱり無くなった。今の今まで目の前にいて泣いていたなまえも、忽然と姿を消した。どうやら作戦は成功し、あの女が鏡を回転させたらしい。
急ぎ部屋を出て愛しい彼女の名前を呼ぶ。そうすると先に泉くんが出てきて慌てて帰るところで、玄関へと向かう泉くんが「じゃあなまえさん、お邪魔しました」と頭を下げるので追いかけるように階段を駆け下りた。
「露伴?どうしたの?さっき、私を呼んだでしょう?」
そう言って笑う目の前の女の子─なまえは、さっきまでとは打って変わって幸せそうな笑顔を僕に向けていて、思わず僕の方が、さっきのなまえの代わりに涙を流した。
「えっ、露伴?本当にどうしたの?」
僕を抱きしめる彼女の腕がひどく優しくて、しばらく涙は止まりそうもない。
「なまえ…。…好きだ…愛してる…。誰かを愛おしいと感じたのは、君が初めてだ。僕にそれを教えてくれたのは、なまえ…君なんだよ。…だから、もう一度、僕と結婚してくれ。やり直させてくれ…。今度はちゃんと、守るから…。」
「………。」
我ながら、なんて陳腐な言葉の羅列だろうと思った。しかし僕はまだ、愛の言葉に関しての知識は乏しかったらしい。他になんと言ったらいいか思い浮かばなかった。このセリフで、ちゃんとなまえには伝わったのだろうかと不安になる。
さっきとは逆に、今度は僕の涙が、下からまっすぐ見上げるなまえの頬にポタポタと落ちていく。
「ふふ…露伴に何があったかは分からないけど、私は露伴が嫌って言っても、離れないから。だからね……喜んで、お受けします。」
なまえの頬を濡らすのは、僕の涙。この涙は、誓いの涙だ。もう誰一人として絶対に、なまえを傷つけさせはしないという、誓い。
「婚前に決めた決まり事は…全部ナシだ。これからは一緒に、夫婦になっていこうな。」
「……ふふ、うん。」
僕はこの先もずっと、彼女と共に歩んでいく。
そう、病める時も、健やかなる時も、だ。いま誓った。
歯の浮くようなセリフだって、今ならいくらだって言ってやる。
「もう絶対に、君を離さないからな、なまえ。」
Love is the greatest refreshment in life.
(人生で最もすばらしい癒し、それが愛だ)
「結婚生活始めました」
-完-