動かない
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「ここまでくるのに…随分と時間が掛かったなぁ、なまえ。あぁ、いいね、その顔。やっぱり君が、一番かわいいなぁ…。」
天井と、歪んだ笑顔を浮かべる露伴。私の頭は考える事をやめ、ただそれを黙って見上げる事しかできなかった。
全部、演技。騙された。演技には絶対の自信があった私が、まんまと騙された。
こいつは露伴ではないのに、本質は露伴と同じであると、思い込んでいたからだ。
狂気さえ感じる奴の笑顔に見下ろされて、背筋が冷える。
どうすればいい。どうすれば、この状況から脱する事ができる?
「なまえ…、かわいい…かわいいなぁ……。」
「…う…、痛ッ……!」
緩やかな動きで覆い被さり、いつものように肩口に噛みつかれる。血が出るのではないかと思うくらいに強く噛まれて咄嗟に腕を引いたが、ガシャ、と音を立てて腕は途中で止まってしまった。手首に着けられた手錠が皮膚にくい込んで痛む。直後に、パシッと乾いた音の後に頬が熱くなって、何が起こったのかと目を瞬かせた。
「……ろ、はん…?」
「…君は確かに綺麗だが、傷があっても綺麗なままだろうか?…きっと、綺麗だよな。泣き顔だって綺麗なんだから。」
「…嫌…。普通の性行為ならぜんぶ受け入れるから、これ……外して…?…お願い。」
「はは…。許しを乞う君も魅力的だな。だけど、駄目だ。それじゃあ、全然足りないんだよ。」
最悪だ。きっと考えつく中でも一番、最悪の事態だ。得体の知れない奴に不用意に近づいて、話をしようだなんて。そんな甘い考えだから、こんなにもあっさりと捕まってしまうのだ。
全てを嘆いたところで、もう遅い。だというのに、嘆かずにはいられなかった。
『クローン─
① 一個の細胞または生物から無性生殖的に増殖した生物の一群。
② 遺伝子組成が完全に等しい遺伝子 細胞または生物の集団。
─クロ-ン人間の作製については、同一の遺伝子を持った人間であっても、同一の人格が育つわけではないが、人間の尊厳に関わるものであり、人格権の侵害につながる可能性も有している。 したがって、倫理・哲学・宗教・文化・法律等の人文社会的側面からクローン人間の作製は禁止すべきものと判断する。』
────
あの露伴は、クローン人間なのだろうか。
一人ベッドに横たわりながら、私はぼんやりとそんな事を考えた。
起き上がる気力は、ない。
思うように動かない腕を動かすとジャラ、という金属音と冷たさが感じられて、絶望感から涙が静かに溢れてくる。
「…露伴…、っ、露伴ッ…!」
露伴に、会いたい。
今の私を見たら、露伴はまた泣くだろうか。それとも、偽物の露伴相手に怒るだろうか。
体裁なんてこの際、どうだっていい。ただただ、今は露伴に会いたい。露伴に会って、抱きしめて、優しくキスをしてほしい。
「露伴…、どこにいるの…?」
露伴に、会いたい。
12月9日(木)
「…ねぇ…、バキンちゃんに、餌はあげてくれた…?」
「はぁ…。…なぁ、冷める事言うなよ。今話す事じゃあないだろ。」
「…っう…、ごめん、なさい…。」
私がこの部屋に閉じ込められてから、早数週間が過ぎた。露伴はもちろんバキンにすら、会えていない。食事は部屋に運んできてくれるしトイレやお風呂には連れていってくれるが、それ以外に部屋を出る事は許されなかった。きっと、この先もそうなのだろうと思う。
バキンは、元気にしているだろうか。また餌をあげていないんじゃないかと不安で仕方がなく、気が気じゃない。
「っ、……ごめん、ちょっと具合が悪くて…。」
ここ最近、胃の辺りがぐるぐると回っているような感覚がして、体調が優れない。まともに外に出歩けていないので、体にガタが来ているのかもしれない。そうじゃなくとも、元々胃の調子は悪いのだが。
「……君…もしかして……生理が来ていないんじゃあないか?」
「っ、…!!」
思いもよらない可能性に、思わずビクリと肩が跳ねる。いや。思いもよらない、わけではない。私達がしているのは、そういう行為だ。ただ、この偽物の露伴が相手というのが許せなくて、考えないようにしていただけだ。
「ははっ、そうかそうか。…おっと、早とちりはいけないな。まずは今すぐ検査をしよう。」
「…ッ、や…!」
「嫌じゃあないんだよ、なまえ。言う事を聞け。」
ガチャン、と大きな音を立てて手錠を引かれて、無理やり立たされる。今の今まで性行為をしていたというのに目の前の男はもう服を着て、部屋を出ていこうとしている。その手にはしっかりと鎖が握られていて、私もその後について行かざるを得なかった。
「どうして…ウチに検査薬があるの…?」
「あぁ、あの子…イブ?だったかな?あの子も先日、検査したんだよ。陽性だったって、喜んでいたな。」
「!?…あ…、嘘……。」
どうしよう。一体、どうしたらいい。
あまりの衝撃に、気を失うかと思った。軽い目眩を感じて目を閉じると「おい、大丈夫か?」と優しく支えてくれたのに涙が出そうになったが、相手は偽物だと、自分に言い聞かせた。もう騙されて傷つくのは、嫌だ。
「………。」
トイレの中。当たり前だが、一人だ。
検査をしてもしも陽性反応が出たらどうしようと不安な気持ちのまま数分。外からは「まだか?」と催促するような声が聞こえてくる。きっと奴は、私が検査薬を使うまで出してはくれないだろう。このままでは埒が明かない。私が覚悟を決めて、検査をしなくては。
「…なまえ!どうだった?」
「………、陽性…だった…。」
トイレから出ると案の定ドアのすぐ目の前で待っていて、すぐに鎖を繋がれた。
検査の結果は、陽性。信憑性は100%ではないが、97%ほどはあるらしい。ほぼ間違いなく、妊娠しているだろう。私と、目の前の偽物の露伴との子供だ。
「どうして、こんな事…っ!」
あの日から、体調管理のために続けていたピルは飲ませてもらえていなかった。その上でコイツは毎日毎日、中に出し続けた。こうなるように仕向けたのは、明白だ。
「僕が君を、愛しているからだ。子供ができたら、君は僕を忘れないだろ?」
「そんな…、勝手な…!」
「その子は正真正銘君と僕の子であって、君と岸辺露伴の子だ。良かったじゃあないか。」
「良かった、なんて…!そんな簡単に、言わないでよ…!!」
ドン、と胸を押した腕は弱々しく、そのまま抱きしめられた。抱きしめられて露伴の匂いがして、露伴への申し訳なさや恋しさ、愛しさがぐるぐると綯い交ぜになって、涙がどっと溢れてくる。
「露伴…!露伴を、返してよぉ…!」
「…返したくないなぁ。…ずっと君と、こうしていたい…。」
「…っ…!!」
露伴の顔で、声で、そんな事を言うのは狡い。どれだけ酷い仕打ちをしようとも、姿かたちは岸辺露伴そのものなのだ。
「傷が綺麗に治ったら、ちゃんと病院に行こうな。それまでは安静にして、セックスもお預けだ。散々嫌がってたから、良かったな、なまえ。」
露伴の顔で、声で、表情で、なんて残酷な事を言うのだろう。
もう私には、どうする事もできない。ただ、露伴が無事に帰ってくるのを、祈る事しか。