結婚してみる
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彼女の言っていた"僕へのお願い"には、少しばかり面倒な事が書かれていた。彼女の職業を考えると納得できるものばかりではあったが、中々に面倒くさい。
「結婚報告用の写真をHPに掲載…コメントも同時に掲載…って、いや…そりゃあそうだよな。」
「…嫌でした?」
「まぁ、どちらかといえば。しかし、それをするならこちらも集英社のHPや誌面に掲載する必要がある。」
「わぁ、私もついにジャンプデビューですか?」
「楽しそうだな、君は。」
「楽しいですよ?文化祭みたいで。」
正気かコイツ。結婚の事を学生の文化祭と同列だと思ってるだと…?
いや、僕と一緒か。僕だって、未だ結婚というものがどういうものなのか、どんな気持ちなのか、分からないのだから。
「分かった。この件は了承した。それで、次はお互いの呼び方でも決めるか?」
タブレットを1度彼女へ返し、さっき少しだけ見た"早急に決める事リスト"の1番上にあった項目を口にする。1番上に書くくらい重要な事か?と思ったが、彼女にとってはきっと重要なのだろうと、何も言わなかった。
「呼び方もそうだが、敬語はないんじゃあないか?歳だって1つしか変わらないんだぜ?」
「え、敬語じゃダメですか?私、露伴先生の事、尊敬してるんです。」
「おい待て。まるで僕が君を尊敬してないみたいじゃあないか。」
「露伴先生、私の事、尊敬してくれてるんですか?」
「当たり前だろう。僕は、僕が尊敬できる奴としか付き合わない。」
「あはっ、私と一緒だ。」
口を開けて笑う彼女のその笑顔は、本物の笑顔、だろうか。テレビ番組なんかでは見せない顔のような気がする。最近はあまり、観ていないが。
「先生、尊敬しててもしてなくてもその喋り方なんですね。」
「まぁ、そうだな。変える必要がない。」
「分かりづらいです、先生。」
「君に言われたくない。」
彼女の笑顔が演技か本物か、正直なところ僕にも分からないのだ。それに対して皮肉を言ったつもりなのだが、それが伝わっているのかも分からない。こういうところは、少し腹が立つ。
「それで、敬語は辞められるのか?」
そう問うと彼女はしばし宙を眺めたのち、
「うん。慣れるまで少し緊張するけど、がんばるね。もし敬語が出ちゃったら教えて。」
と、僅かに頬を染めて言うので思わずドキリとした。思えば出会った時から今まで、ずっと彼女は敬語で話しかけてきた。これは、僕が目にする彼女の新しい一面だ。
「私、先生には名前で呼んでほしいな。先生、いつも"君"って呼ぶから。」
「…そうだったか?」
「もしかして、自覚なかったんですか?あ。」
敬語が出てしまったと口元を抑える彼女はスルーして、過去を思い返してみる。確かに言われてみれば、彼女の名前を口にした記憶はない。かもしれない。7年も付き合いがあって、名前を口にした事がないなんて、自分でも驚きである。あの仗助の名前ですら、呼んだ事があるというのに。
「なまえ。」
「!はい。」
「はは、そんなに喜ぶ事かよ。」
口にしてみればなんて事ない。そもそも今まで呼んだ気になっていたので、なんて事ないことだった。だが彼女は違ったのか、頬に手を当てて喜んでいるのでよほど嬉しかったらしい。その姿がなんだか、かわいらしく思えた。
「先生の事はなんて呼べばいい?」
「普通に、露伴でいいんじゃあないか?好きに呼んでくれ。」
「露伴ちゃん、は…少しバカみたいかな?」
「……それ、君が考えたのか?」
「うん。こう呼んでます、って言ったら、かわいいかなぁって。でも、キャラじゃないかぁ。」
「ずいぶん打算的だな。…もしかして、そう呼びたいなんて言うんじゃあないだろうな?」
ちゃん付けで呼ばれるアラサーなんて、目も当てられないだろう。呼んでる方がいくらかわいく呼ぼうとも、呼ばれて振り向いた方はアラサー男性なんて、想像しただけで鳥肌が立つ。
「呼びたいわけじゃなくて…芸能人同士の結婚の話を聞くと、結構バカみたいな呼び方で呼びあってるとこが多いから、それが普通なのかと思って。」
「…君、敬語を辞めたらけっこう毒舌なんだな。」
「ふふ、露伴に言われたくないなぁ。」
「!」
さっきの僕の皮肉はどうやら伝わっていたらしい。揶揄うように、得意げに口角を上げるその顔は美しいが、やっぱりちょっと腹が立つ。
「じゃあ、次。馴れ初めなんか絶対聞かれるはずなんで、サラッと決めましょ。どっちが告白しただとか、プロポーズの言葉は、なんて絶対聞かれるし。」
「そうだな。どっちも君からでいいんじゃあないか。」
「…なんかテキトー…。とりあえず出会いは7年前でいいとして、7年目に結婚するって、どんなストーリーがあります?露伴先生。」
「おい。敬語と呼び方はどうした。」
「今は漫画家の岸辺露伴先生にストーリーの依頼をしてるからいいんです。さ、お願いします、先生。」
「調子が良い奴だな。…まぁ、僕らは年齢も近いし、早くに交際スタートをして30代が見えてきたから結婚、っていうのが無難じゃあないかと思うが。」
「そんなもん?」
「そんなもんだろ。」
人に聞いてきたくせにつまらなそうな顔をするなよな。期待はずれという顔をされても、こういう偽造をするなら自然な話の方がいい。それは彼女も分かっているはずだが。
「じゃあ、せめてプロポーズは露伴がした事にして。」
「はぁ?なんで僕が。」
「私が先に好意を持ってアプローチ。7年付き合って露伴の方からプロポーズ。とても自然な流れだと思うけど?」
「この僕が、誰かにプロポーズだって…!?現実的じゃないだろ。」
「それを言ったら私だって。…いや、無理にとは言いません。けど、告白もプロポーズも私からなんて、露伴先生は意気地無しですね。」
なんて安い挑発だ。そんな挑発に、この岸辺露伴が乗ると思ってるのか?向こうが折れると鷹を括っていると、彼女は突然、少し顔を伏せて声のトーンを落として話し出した。
「…私、この歳になるまで男の人に興味なくて…というか、ずっと女子校で、そもそも関わりがなくて。ちゃんと恋愛をした事がないんですよ。」
「おい、急になんだ。まず敬語をやめろ。」
「大人になったら、もうドキドキするような告白をしたりしないじゃないですか。するとしても、それこそプロポーズの時くらい。…だから…偽りでも、誰かに真剣に告白されるの、憧れてるんです。」
「……。」
これは、演技か?それとも、本心か?じっと瞳を見つめてみても、心の内は分からない。いっその事、読んでみるか?
今まで何度か彼女を読んだ事があるが、隅々まで目を通したわけではない。彼女の中には、まだ自分の知らない部分がたくさんある。しかし、それは……それはそれで、なんとなく彼女に負けた気になる。
「……ハァ…分かったよ…本当に頑固だな、なまえ。」
「!本当?いいの?」
「撤回していいなら撤回するが?」
「撤回しないで!嬉しい…ありがとう、露伴。」
ぱぁっと花が咲いたように笑う彼女は、本心から笑っているだろうか。演技だとしても、読まない限り僕には見抜けない。
「プロポーズの言葉は?」
「私の知る"露伴先生"なら…"なぁ、そろそろ結婚しないか"かな。」
「……あぁ、いいよそれで。」
彼女の感性でそんなまともなセリフが出てくるとは思わなかった。突拍子もないセリフを言わされなくて良かったと、内心ホッとしていた。