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10月20日(水)
撮影が終わり帰ってから準備をして、なるべく時間をかけて終電ギリギリでS市までやってきた。いつもはもう少し人がいるS駅も、この時間になると数えるほどしかいない。いつもであれば駅から出てすぐにタクシーに乗り込むのだが…、どうしても、一歩を踏み出せずにいた。
「…おねーさん、大丈夫スか?もしかして困ってます?」
不意に声をかけられて帽子を深く被り直しながらチラリとそちらに視線をやると警察の人が着ているような制服だけが確認できた。駅を出て呆然と立ち尽くしているのだから、声をかけるのも頷ける。
「えーと…、おねーさん、身分証とか持ってる?」
口を開かない私を見て、その人は困ったように慌て始める。なんだか困らせてしまって申し訳なくて顔を見ると見た事のある顔で、まさかの再会に驚きつつも思わず笑い声が漏れてしまった。
「ふ、…ふふ。私、職務質問されたの、初めてかも。」
「あぁいや、職質っつーか、なんか困ってそうで、心配で…。」
「仗助くん、お巡りさんだったんだね。制服、よく似合ってる。」
「えっ?」
眼鏡を外してマスクもズラして、かなり長身の彼を下から見上げると「あっ…!」と声を上げようやく私に気がついた。仗助くんは露伴よりも表情が豊かで、かわいらしい。思わずこちらも、笑顔になってしまう。
「なまえさん…!?何してるんスか、こんなところで!」
「今帰ってきたとこなの。それで…、これからどうしようかなぁ、って。」
「どうしようって…帰らないんスか?露伴は?」
返答に困って、言葉に詰まる。露伴はいないんだよ、とは言えず、かといってこのまま東京へ引き返すには朝を待たなくてはならないし、岸辺邸へ行く勇気も、今はまだない。
「今はまだ、行けないの。」
含みのある言い方をして、ニコ、と笑う。今は、これしか言えない。
「…よく分かんねーっスけど…、このままここに置いてくのも心配だし、ちょうどいいとこまで送って行くっスよ。」
「ちょうどいいとこ?」
この辺の飲食店は軒並み閉まっているか、もう閉店の時間も近いはず。一体どこへ行くのだろうかと思いつつ着いていくとパトカーに乗せられ、タクシーみたいに使ってしまって良いのだろうかと不安になる。すると仗助くんはそれを察したように「困った市民を助けてるんで、いいんスよ」と笑顔を浮かべた。きっとさっきの私の笑顔よりも、ずっと自然でキラキラした笑顔。
「ここっス。」
そう言って車が停まったのは、大きなお屋敷の前で。門にある表札には"虹村"と書かれていた。
「ここ?…仗助くんのお家?」
表札を読んだからといって誰の家なのか分かるはずもなく。大きなお屋敷だが、きちんと手入れをされている形跡はなく、少し荒れているように見える。
「あぁ、俺の家じゃなく、億泰の家っスよ。親父さんと2人で住んでるんスけど、ちょっとワケありで、その…、」
なるほど、億泰くんの家だったのね、と納得しながら続きを聞いていると、珍しく仗助くんが口篭る。億泰くんのお父さんの事情だから、何か勝手に話すのは忍びないのかもしれない。私も事情を言えずにいるのだし、そこまで言いづらそうにしてる事を言わなくてもいいのに。
「大丈夫。私もちょっとワケありだし。なんにも気にしないよ。」
ふふ、と安心させるように笑顔で言ったのに、仗助くんは私の予想とは違って目を見開いて「なんか…さすが露伴の奥さんって感じっスね…」なんて言うのでこちらも反応に困る。仗助くんが露伴を褒める事はないはずだから、間接的に貶されてる気がするのは気のせいだろうか。
「あ…、ぁあ…」
「……、こんにちは。いや、こんばんは、ですね。こんな時間にお邪魔して、本当にすみません。」
外に出てきた億泰くんの案内でお屋敷の中へ入るとやっぱりボロボロで、だけど掃除はされているようで、不思議なお家だった。そしてもっと不思議だったのは億泰くんのお父さんの方で。失礼かもしれないが正直驚いてしまって、数秒間、じっと見つめてしまった。取り繕うように笑顔を浮かべてしまったが、不自然じゃなかっただろうか。失礼な事をしてしまったと、心の中で反省した。
「スゲーな親父!あのみょうじなまえちゃんがウチにいるなんてよォ!」
「うぅぅ、…あ…」
億泰くんの言葉に反応して、何やら木箱をゴソゴソ漁って取り出したのは、まだ私が20歳そこそこの頃に撮影した雑誌で。まだ少し垢抜けていない自分を見せられ、少し恥ずかしくなった。しかし、
「私の事、知ってくれてるんですか?嬉しいです。」
そんな昔の物を大事にしてくれているのは、きっとよっぽどのファンだ。だから嬉しい。ぎゅ、と握手をすると億泰くんのお父さんも何となく嬉しそうに見えて、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
「元々俺のだったんだけどな、何回取り返しても気づいたらココに入っててよォ。」
「ふふ、さすがに照れるなぁ。お礼に、サインも書いてくね。」
「いいのか!?ちょっと待ってくれ、他にもたくさんあるんだよ!」
「あ、そんなに急がなくても、」
またいつでも書くよ、と言い終わる前には、億泰くんはドタドタと物音を立てて去っていってしまった。いくらお隣の家とは距離があるとはいえ、夜中なのに元気すぎないだろうか?
「え…?何これ…?」
億泰くんのお父さんに雑誌を返し手持ち無沙汰になって部屋を見回して不意に視界に入ったのは花のような何か。花にしては大きいし、毒々しい色をしているし、何より見た事もない形だ。そういうオブジェかなと思い近づいてみると、気のせいかもしれないが少し、動いたような…?
じーっと観察し、ゆっくりと手を伸ばす。
「…!これ…、見えない、何かが……。」
壁と呼ぶには弾力があり、かといって柔らかいわけでもない、見えない何か。それが私と花の間にあって、触れる事ができない。
「おぉーっと…!?危ねぇぞなまえちゃん!」
手探りでその見えない何かの形を確認していたら億泰くんが慌てたように駆け寄ってきて、私の体をそれから離した。え?危ないの?
「コイツは猫草っつーんだよ。見た目は花だが、猫なんだぜ。」
「猫草…。」
私の知っている猫草じゃないな…と思いながらも、気になって仕方なくて距離が離れてしまった猫草を見つめ続ける。そうして数秒経った頃やっぱり動き出して、ようやく目が合った。
「か、かわいい…!」
「かわいいか…?コイツが…?」
「ウニャ〜ォ」
「声も出せるの?かわいいね〜!」
「あっ、コイツ人見知りで…!…あれ?」
億泰くんの心配とは裏腹に、猫草くんは警戒しながらも触らせてはくれた。少しだけ、心を許してくれているらしい。すぐにプイ、とそっぽを向くところは、猫そのままだ。かわいい。
億泰くんの家は、不思議がいっぱいだ。それでいて、なんだか居心地がよく温かい。
「億泰くん、私、そろそろ行くね。」
「おー。露伴によろしく…、いや、やっぱいいわ。」
「ふふ、うん、言わないでおく。本当にありがとうね。また、遊びに来てもいい?」
「おう。いつでもいいぜェ。バキンもな。」
「わんっ」
沈んで動けなくなっていた重い気分は、もう随分とマシになった。明日も露伴を探さなくちゃいけないし、これ以上お邪魔しているのも申し訳ない。億泰くんの家の中で自由にしていたバキンもキャリーケースに入れ、外に出る。
もう、行くしかない。
最後にもう一度気合いを入れて、「じゃあ、またね」と虹村家をあとにした。