動かない
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
7月9日(金)
「だからさぁ……僕はこれに関しては、絶対に折れないからな。」
夜遅く日付が変わってから帰ってきて9時頃に目を覚ますと隣に露伴の姿はなく、仕事部屋の方から話し声がしたので行ってみたら聞こえてきたのが、先ほどのセリフだ。
「僕が良いって言って…、あぁ、起きたのか。おはよう、なまえ。」
「おはよう…。」
お仕事の邪魔をするのは悪いと、挨拶だけして踵を返す。あの感じだと、話しているのはホットサマー・マーサの件だろう。
「3つの円で作られたキャラクターは問題だって言うんだ」と昨日露伴が珍しく寝る前に愚痴を零していたのを聞いた。本当、馬鹿馬鹿しい。露伴があそこまで熱くなるのも頷ける。たったそれだけの理由でホットサマー・マーサのデザインを変えるなど、ありえない。しかし、編集社側も譲るつもりはないようだ。これは…決着が着くまでかなりの労力を要するだろう。
「おはよう、バキンちゃん。」
「わふっ!」
露伴はもう、先に朝食を食べただろうか。とりあえず、1人分の朝食を作ろう。
「美味そうな匂いだな。」
「露伴!露伴も食べる?」
「いや…コーヒーだけでいい。」
そろそろ完成というところで露伴が降りてきたが…表情を見るに、話は平行線だったらしい。する、と後ろから巻き付いてきた腕を撫で、キスを受け入れる。さっき私もコーヒーを飲んだから、苦いかもしれない。
「…ハァ…。…目の前にはこんなに幸せな光景が広がっているっていうのに…。」
「ふふ、それって私がいるからって事?」
「当たり前だろ。ハァー…どうしろって言うんだ…。」
後ろから首筋に顔を埋めて動かなくなった露伴。なんだか、久しぶりに会ったらやけに甘えん坊になっている気がする。
「そうだ。君も次のミーティングに同席してくれよ。」
「…私が?」
露伴からのお願いはすごく意外なもので、双方の話を聞いた上で意見を述べてほしいと。双方の意見を聞いたところで変わらない気がするが、まさか露伴はそれを狙っているのだろうか?…いやしかし…露伴の言い方の問題もあるかもしれない。元々の性格のせいで、わがままを通そうとしているように映っている、とか。そういう事なら、確かに私が出れば役には立てそうだ。
「分かった…いいよ。」
「本当か?じゃあ、朝食を食べたらすぐにでも。」
パッと顔を上げた露伴の嬉しそうな笑顔がかわいくて、心臓がきゅんと音を立てた気がした。
「えっ、あ、あれ…、なまえさん…!?」
「お疲れ様です。私の事は、一旦お構いなく。」
そう、前置きして始まった会議…いや、ミーティング……、いや、口喧嘩は相変わらず平行線で。これでは露伴がウンザリするはずだと納得し、重い口を開いた。
「あの…。…今から言う事は、露伴の妻だとかそういうのは抜きにしていちファンとしての意見と思って聞いて頂けると助かるんですが…。」
前置きをして、何と発言するか悩む。露伴はずっと、円は3つ。それ以外は認めないと、きっぱり断っている。しかしそれを、向こうも認めないと。…であれば、攻め方を変えるしかない。
「泉さんは、どっちのデザインが良いと思いますか?」
「それは…、3つの方が良いですけどぉ。」
「ですよね、良かったです。私達と同じ感性で安心しました。」
おっと、いけない。つい役に引っ張られて、嫌味っぽくなってしまった。
「じゃあ、もしも円4つのデザインを世間に公開し、炎上した時の事を考えましょう。」
「はぁ?…おい、君…。」
まさか君もそっち派だったのか?という露伴の抗議の視線は、今は気が付かないフリをする。もうこの話題でたくさんの時間を無駄にしているはず。これ以上時間を無駄にするのは得策じゃないからだ。
「その場合、炎上の原因、詳細はどんな内容でしょう?」
「テーマパークの人気キャラクターに似ているからです!」
「へぇ…なるほど。では、それでファンは離れるでしょうか?」
「離れる人も、中にはいるんじゃないでしょうか?」
「色んな感性の人がいますからね。では、ここで露伴に質問。ホットサマー・マーサを丸3つで通してファンを失うのと、リスクを恐れ丸4つで安全に世間に公開するのを天秤にかけた場合、露伴はどっちを選ぶ?」
「!…、そんなの、丸3つで炎上する方がマシだね。」
話が早くて助かる。露伴はファンをとても大事にしているが、それは相手が、自分の感性に共感してくれているからだ。作者である露伴を批判するという事は、露伴とその人とは感性が違ったという事。露伴は自分の漫画を読んでくれる人を大切にしたい。ただそれだけだ。
「泉さん、露伴が人気が欲しいだとか、お金が欲しいからピンクダークの少年を描いているわけじゃないって、知ってますよね?」
「それは、ええ、そうですね。」
「それを承知で契約してますよね?なら、作者の要望は聞いた方が良いのではないですか?露伴は別に、漫画を読者に届けられれば、その手段は何だって良いんですから。」
「………。」
とうとう訪れた、沈黙。脅しのようで申し訳ないが、私としてもあのまま通すわけにはいかなかった。他に言い残した事はないかとしばし考える。
「…ピンクダークの少年は、岸辺露伴の物です。泉さんは編集者として正しい仕事をしていますが…作者の意向や要望を押さえつけて作品を作りかえるのは、それこそ炎上のネタになってしまいますよ。」
「……はい…、申し訳ありません……。」
「…分かってもらえて、何よりです。」
ニコ、とカメラに向かって笑顔を浮かべたが、俯いている泉さんには見えないようだ。空気が、重苦しい。なんだか申し訳ない気持ちになってきて露伴に視線を送ると呆然と私を見つめていて、話す事がなくなった私はあたふたと露伴とPCモニターの間に視線をさ迷わせた。
7月12日(月)
「なまえ…!ホットサマー・マーサのデザインが、従来のままで通ったぜ…!」
「本当?良かったね、露伴。」
「おいおいもっと喜べよ。君のおかげなんだぜ?」
「そんな事ないでしょ。」
「いーや、君の力だね。僕だけでは止められなかった。」
電話の向こうの露伴はよっぽど嬉しいのかいつもより声のトーンが高くて、思わず「ふふ」と声が漏れる。本当、かわいい。一肌脱いだ甲斐があった。
「次のオフは15日だったか?君に早く会いたいから、たまには僕がそっちに行くよ。」
「えっ、本当?」
そうしてくれたら長い時間を露伴とバキンと過ごせるから、有難い。その日はペット可のホテルを借りて、ゆっくりしよう。