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9月6日(月)
「なまえさん⋯最近、よく胃薬飲んでますよね?顔色も悪いし、大丈夫ですか⋯?」
いつもの撮影メンバー、宮城くんに痛いところを突かれて内心、少し焦る。あれからオフの日は毎回杜王町へ行き情報を探しているが、なんの進展もない。ただ他に誰もいない狭い家に、バキンと帰るだけ。それが思った以上に堪えているらしい。毎日のように顔を合わせているので、ちょっとした変化は意外とすぐバレる。特に、周りをよく見ている宮城くんみたいな人には。
「えっ、私、そんなに顔色悪い?」
「⋯はい。メイクで上手く隠せていますが⋯。さすがに、心配しますよ。」
「⋯心配かけて、ごめんね。はぁ⋯、まさかバレるなんて、私もまだまだね。」
最近、あまり眠れていないせいだ。露伴の事が気がかりで、目を閉じるとどうしても露伴の事を考えてしまっていけない。それでも撮影の時はいつも以上に集中しているのだが⋯、こうして休憩の時間になるとボーッとしてしまって、とうとう不調に気づかれてしまった。
「少し、気がかりな事があるだけなの。本当に、大丈夫だよ。」
「それなら、いいですけど⋯。無理はしないでくださいね。」
「うん、ありがとう。⋯⋯?なんだか、騒がしいね。どうしたんだろう?」
突然控え室の外が騒がしくなり耳を済ませていると、バン、と音を立てて扉が開き慌てた様子のスタッフが飛び込んできた。そして「ADがコロナ感染しました!次の指示があるまで、全員待機しててください!」とだけ告げ、来た時と同じように慌てた様子で部屋を出ていってしまった。
ADが、コロナに感染。日本中で感染者が増え続けている今、仕方のない事だ。とうとうここにも、来てしまったか⋯というだけ。
「⋯っ、う⋯⋯ッ!」
「!?⋯なまえさん、大丈夫ですか!?すみません!なまえさんが!」
突然の、腹部の痛み。胃の辺りがキリキリと痛む。さっき、胃薬は飲んだ。だというのに、この痛みは⋯。
「ゲホッ⋯⋯、えっ⋯。」
咳き込みと同時に何かが喉を上がってきて、息がし辛くて外したマスクには血がべっとりと付いていた。これは、まずいやつな気がする。
このタイミングで私が血を吐いたと話が回り、現場は大混乱を極めた。
急ぎスタッフの運転する車で病院へ行き検査を受けると、急性胃潰瘍であると診断され頭を抱えたくなった。それも、2週間の入院が必要であると。
監督は「気にするな」と言ってくれたが、気にしないわけにはいかない。このタイミングでコロナ感染ではない、急性胃潰瘍で入院なんて報道されてしまっては、この現場のイメージが悪くなってしまう。
「マネージャー⋯何がなんでも、病名は伏せて⋯。監督にも、現場のスタッフ全員にも、口止めして⋯。あと⋯バキンちゃんも⋯。」
「っ、任せろ!」
バキン⋯。露伴のところから連れ出せたはいいが、あまり構ってあげられていなくて申し訳なくなる。私がこの仕事をしていなければ、こうはならなかったのではないか。そんなどうしようもない思いに囚われてしまう。
「露伴⋯⋯、バキン⋯!」
なぜ、こんな事に。そう思わずにはいられない。
─────────────
▽露伴視点
「ハ⋯⋯おっと⋯。」
少しの間、ボーッとしていた気がする。
そうだ、いつの間にか神社に迷い込んでいて、怪しいイチイの木を調べていたんだったな。
しかしこのイチイの木、実に興味深い。あとでゆっくり、調べてみよう。なまえと電話で話してみて、良かった。
「あれ⋯もうこんな時間か⋯⋯。仕事に戻らなくては。」
スマートフォンを見ると時計は16時38分と書かれていて、思っていたよりも時間が経っていて変な気分だ。それに少し、肌寒く感じる。⋯早く帰ろう。
「⋯?すごい量の未読メールだな⋯。」
家に帰ってスマートフォンを開くと、通知がたくさん。この数時間の間にこんなに?と思いながらもメールを開くと内容もよく分からない事ばかり書かれていて。なんだ、これは。着信履歴を見るとなまえからの着信が数件あったが、かけ直しても繋がらなかった。あのあと撮影に戻ると言っていたから、きっと今は撮影中なのだろう。
なんだか変だな⋯と仕事場へ戻ると机の上に零したはずのインクは無くなり、変わりに見覚えのない原稿の束が机に積まれていた。
「うっ⋯⋯!」
何だ、何なんだ、この状況は⋯!
担当編集・泉京香へ連絡しても何が起こったのか分かるはずもない。むしろ余計にわけが分からなくなった。
トタタ─
「!?」
今、うちに誰かいたか⋯?なまえが帰ってくるのは明後日のはずだが⋯。
何はともあれ一度確認しようと寝室の方へ歩を進めると、僕の──僕となまえのベッドで寛ぐ女が1人。驚いて傍にあったバットを向けたが「今度はそれ使うのォ〜〜?」とわけの分からない事を言い出す始末。⋯待てよ、この女⋯うちの敷地内に入ってきて注意した奴じゃあないか?なぜソイツが、うちに?「オシッコ」と部屋を出ていく後ろ姿を呆然と見送る事しかできなかった。
数秒遅れて、家中を走り回る。カレンダーの日付は、10月。ホットサマー・マーサの原稿は、完成している。カメラの映像では、僕が自分であの女を招き入れている。寝室には、悲痛な表情で涙を流すなまえの絵が大量にある。
「ポロシャツ借りちゃったッ!」
「ッ、ヘブンズドア!」
ふざけた女を本にして、その中を読む。何か⋯何か手がかりはないかと⋯。しかしいくらページを遡っても、その原因となりえる記述はひとつも見つからない。
あまりの情報量の多さに、息が苦しくなる。胸が苦しい。今は10月、7日だと⋯!?
「なまえ⋯⋯、なまえは⋯⋯!?」
家中駆け回っても、どこにもなまえの姿はない。そればかりか寝室にあった彼女の宝物が無くなってしまっている。それならばとカメラの映像を遡るとあの日の2日後、ちゃんとなまえは帰宅していたがその数時間後にバキンを連れて家を出ていた。そう、出ていった。
「⋯バキン?」
なまえが出ていって1週間後、もう一度家に入ってきたなまえが映っているが、今度はバキンの姿は無い。じゃあ、なまえが連れていったバキンは⋯?
「っ、クソ⋯!!」
もう一度彼女に電話をしても繋がらなくて、あまり使わないSNSアプリを開くとなまえの名前がたくさん出てきた。しかしそれは良い情報ではなく、むしろ最悪な情報であった。
「なまえが⋯⋯、入院っ⋯!?⋯原因不明の病で、って⋯⋯!!」
ぐら、と視界が揺れた気がした。
これは、あれだ。すごくまずい状況だ。
この一連のあれこれは全て、時間が3ヶ月飛んだ事が原因だ。となれば⋯心当たりは、あれしかない。
その元凶の心当たりに向かって、家の鍵もかけずに走り出した。
なぜ⋯なぜこんな事に⋯!
なまえは、無事なのだろうか。それに、ホットサマー・マーサだって、到底納得できない⋯!
⋯あの大量にあったなまえの絵は、紛れもなく僕が描いた物だった。しかし僕は、なまえのあんな顔、見た事がない。あんな⋯⋯あんな誰かに、助けを求めているような⋯!!
「僕はまた⋯⋯まずいものを開いてしまったのか⋯⋯!」
──────────────
10月7日(木)
「バキンちゃん⋯⋯!?」
胃潰瘍の入院が少々長引き、手術以外の治療もやる事は全てやり他に打つ手がなくなってしまった。幸い入院生活中に容態は徐々に安定してきたため様子見の退院、自宅療養に切り替えたのが9月30日で、それから1週間しか経っていない、矢先の事。突然、バキンの姿が消えた。文字通り、消えたのだ。
ついさっきまでリビングで遊んでいるのを見ていたのに、私が夕飯を届けに来たマネージャーと話している間に姿を消してしまった。1DKという狭い部屋の中を隈無く探したのに、あるのはボロボロのおもちゃの残骸や餌の皿、トイレシートだけ。確かにそこにいた痕跡はあるのに、バキンだけがいなくなってしまった。
最後の望みである、バキンが歯で噛んで破いてしまったカーテンを開け閉めして、呆然と立ち尽くす。いない⋯。
「⋯は⋯、スマホ⋯。」
もしかしたら、露伴の方に何かあった⋯?と根拠のない自分の第六感を信じ、しばらく充電すらしていなかったスマートフォンを探してケーブルを繋ぐ。
「⋯⋯これ、は⋯、露伴⋯!」
たくさんの通知の中、真っ先に電話アプリを開くと1番上、新しい着信2件が露伴からのもので、戻ってきたのだと分かった。しかし、震える手で電話をかけ直してもいつものように音声案内しか聞こえてこなくて、依然何がどうなっているのか、分からなかった。
「⋯っ、う⋯⋯。」
未だ完治していない胃が痛む。これではまたすぐに入院する事になってしまうだろう。ストレスの原因を、取り除かなければ。