動かない
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手掛かりが、ない。なにも。きっかけすら掴めない。まさか1日中歩くとは思ってなかったため脚は痛むしそもそも体の限界だ。⋯帰るしか、ない。
些か絶望を感じながらも、バキンを保護できた事は唯一の収穫だったかもしれないと、キャリーケースの中のバキンを見て思った。
「バキン、静かにできて、いい子ね。」
新幹線の中なので小さい声でそう褒めるとバキンも「わふ」と控えめに返事を返した。本当に、いい子。露伴がしっかりかわいがっていてくれたのが分かる。
はぁ⋯⋯疲れた⋯⋯。
無事にマネージャーがペット可のホテルをなんとか見つけてくれて、ついさっきチェックインできた。そのまま思わずベッドへダイブしたのだが、体が限界を迎えている。明日からまた撮影なのに、これでは支障が出かねない。
「くぅん⋯」
「あぁ、ごめんね、バキンちゃん。今、出してあげる。」
悲しげな鳴き声を聞き、まずはバキンの世話をしなければと無理やり体を動かした。キャリーケースの蓋を開けバキンを外に出してから、今日ペットショップで買ったトイレシートを広げて、新しいお皿に水と餌を入れる。これで、最低限はできた。おまけに新しいおもちゃをいくつか与えると喜んで飛びついて、カジカジと噛み付いている。
「ふふ⋯かわいい⋯。」
微笑ましい様子を横目で眺めながら、今度は背中から、ベッドへと倒れ込む。
明日は朝から病院で検査をしてもらって、それから撮影現場まで直行だから⋯もうそろそろ寝ないと、この疲れは明日まで響いてしまうかもしれない。このまま目を閉じればあっという間に朝になるのだろうしできる事なら眠ってしまいたいが⋯最低限、シャワーは浴びなければ。空腹感もあるが、この睡眠用には勝てない。
ノソノソと準備してシャワーを浴びる事数分。ほぼ気を失いながらスキンケアやヘアケアをし終えた頃にはチェックインから1時間経っていて、それを確認したと同時に、本当の限界を迎えた。ドサ、とベッドに倒れ腕だけを動かし布団を掛け、電気を消す。小さい間接照明は残したから、バキンもこれで、おもちゃで遊べるだろう。
「ごめんバキンちゃん⋯私、もう限界で⋯⋯、寝るね⋯おやすみ⋯。」
バキンに向かって手を伸ばしたが、その前に力尽きて撫でる事は叶わなかった。だが、私の垂れた右手にフワフワした感触があった気がするので一応は叶ったのかもしれない。
「おはようございま〜⋯、えっ、なまえさん!その子どうしたんですか!」
「⋯⋯おはよう、かのんちゃん。この子はうちの子、バキンちゃんだよ。マネージャーに預けるために連れてきたの。もうすぐ来るから、それまで外で一緒に待ってるの。」
「あぁ、前にSNSに上げてた⋯。え〜、こんな時期じゃなかったら、抱っこしたかった〜!」
体の疲れは、ほぼ取れた。しかしそれは疲労感が取れたというだけで、筋肉の痛みなどはそのまま残っている。明日になれば元通りになるだろうか、というところ。そんな中バキンを入れたキャリーケースとトイレ、餌を持って現場までやってきた私を、誰か褒めてほしい。
「なまえさん、昨日は久しぶりに、お家に帰れました?」
「まぁ、ね。けど色々あって、ゆっくりはできなかったの。バキンもこうして連れてこなきゃいけなくなっちゃって。」
「とか言って〜!露伴先生とイチャイチャしてきたんでしょ〜?」
「⋯⋯内緒。」
壁に背を向けて話し始めたかと思うと、今は聞かれたくない話ばかり。おしゃべりはあまり褒められたものではないが、マスクもして対面ではなく横並びなので問題はないが⋯彼女を追い返す、体のいい理由はないだろうかと頭を働かせた。
「あ⋯そういえば、杜王町で仗助くんに会ったよ。」
「えっ、仗助くんに!?」
「うん。交番のお巡りさんなんだって。知らなかったからびっくりしちゃったよ。名前もね、東方仗助っていうんだって。」
ここは、話題変更で興味を他に移そう。
さすがに勝手に連絡先を教えるわけにもいかず、教えるのは名前だけに留めた。しかしそれだけでも彼女は充分に喜んで、食いついた。
「へぇ〜お巡りさんなんだぁ!なんか素敵!ヒガシカタって、どう書くんですか?」
「東の方で東方。制服に名札が付いてたんだ。」
嘘。本当は仗助くんの家に行った時、表札を見て知った。これがバレたら今度は何をされるか分かったもんじゃない。うっかり口を滑らせないように、注意が必要だ。
「なまえ!」
「⋯マネージャー。おはよう。この子がバキン。ゴールデンレトリバーの赤ちゃんで、今はやんちゃな時期なの。悪いんだけど、この中に入ってるおもちゃで一緒に遊んであげてくれる?それと、優しくブラッシングもお願い。餌は12時と18時に230gずつあげてね。残しても大丈夫だから。あとは⋯」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。メモするから。」
「⋯ふふ、冗談。中にちゃんとメモ入れてあるから。それでも分からなかったら連絡して。」
「はぁ⋯、了解。」
「じゃあ、またあとでね、バキンちゃん。」
「わんっ」
「ん、いい子。」
最後にこれでもかとヨシヨシして、キャリーケースにバキンを収めた。ペットホテルに預ける事も考えたが、バキンにこれ以上のストレスがかかるのは避けたかったためマネージャーにお願いした。バキンからしたら知らない人で少し心配ではあるが、何度か預かってもらうことになるかもしれないし今から少しづつでも、慣れていけばいい。
「はぁ⋯犬、いいですね。私も飼おうかな⋯。」
「ちゃんとお世話できるのなら、いいんじゃない?」
飼う飼わないは個人の自由だ。それに、彼女が犬を飼おうが飼うまいが、私には興味がない。
しかし⋯私がバキンに助けられているのは確か。バキンがいなかったら今頃、途方に暮れて絶望に打ちひしがれていたかもしれない。その点はやはり、バキンを飼ってよかったと胸を張って言えるだろう。
「かのんちゃん⋯私の写真をアップしたの?」
「⋯えへ。ダメでした?」
マネージャーから「これ、許可したのか?」とよく分からないメッセージが来て見てみると、花園かのんのSNSアカウントの「なまえさんと愛犬バキンちゃん!かわいい〜!」という投稿と盗撮されたであろう私とバキンの写真。なかなかにバズっているのが見て取れて、おまけに私のアカウントの方も通知の数がすごい。全く、困ったものだ。
「私個人としてだったら別に構わないんだけど⋯。かのんちゃん、ネットリテラシーというものを学びなさい。大事にはしないけど、かのんちゃんのマネージャーさんにはうちのマネージャーが話しておくからね。」
「えぇっ!?そんなぁ⋯。」
本当、いちいち頭が悪くて困る。こっちは今、そんなものに構っている暇はないのだ。
プルルルル──
「⋯⋯、康一くん⋯?ごめん、ちょっと出てくる。」
一言断って、外に出る。康一くんと聞くと露伴が連想されるが⋯なにか、あったのだろうか。忘れようとしていた嫌な予感が、胸いっぱいに広がる。
「⋯もしもし、康一くん?」
「あぁ良かった、なまえさんですか?」
意を決して通話ボタンを押し応答すると、嫌な予感とは裏腹に比較的明るい声が聞こえてきてほっと胸を撫で下ろした。いや、これでは何も進展はしないのだが。
「うん。急にどうしたの?」
「いえ、特に火急の用事というわけではないんですが⋯。昨日、露伴先生がうちに来たんですよ。なまえさんを探して。」
「⋯⋯露伴が?」
それは、どちらの露伴の事だろうか。露伴の家から康一くんの家まではすぐだが、露伴に何かあったのなら、康一くんを頼る事は充分に考えられる。
「なまえさんが来てるか聞かれて、いないと答えたらすぐに帰られたんですけど⋯。あのあと心配だったので電話してみたんですが、繋がらなくて。」
「そう⋯。ありがとう、康一くん。露伴のスマートフォン、少し調子が悪いみたいで今は電話に出られないの。買い換えるにも今は執筆にも行き詰まってるみたいで⋯。心配してくれてありがとうね。私からお礼を言わせて。」
「いっ、いえ!何もなかったのなら、何よりです!それでは、失礼します。」
本当、なにもなければ、よかったのにね。
もう、色んな方面に嘘を言って回って、少し疲れたかも。
昨日は、何も成果を得られなかった。ただ闇雲に歩き回るだけでは、きっとダメなのだ。もっと頭を使って、考えなくては。
手詰まり。行き詰まった。その感覚が思い出され、頭を抱えた。
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