動かない
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
家を借りた。
露伴の家の、すぐ近くにだ。
入居できるのはまだ先の話だが、なるべく早く借りたいと不動産屋さんにお願いして最速で入居できるようにしてもらった。
私がみょうじなまえである事は顔を合わせた時に既にバレていたため「夫が仕事に集中できるように、もう1軒ほしいなって思ってたんです。最近、ワンちゃんも飼い始めたので騒がしくて」とそれらしい理由をつけたので、おかしな噂が広まる事もないだろう。
次に向かったのはペットショップで、わざわざバキンちゃんを飼う時に行ったお店までやってきた。店内に入るとみんなマスクをして、前に来た時は家族連れがたくさんいたのに最小限の人数しかいないように見える。なんだか、悲しい気持ちだ。
「あ、岸辺さん!いらっしゃいませ。」
「お久しぶりです。覚えていてくれたんですね。」
「ははっ、忘れるわけないじゃないですか。今日はどうされましたか?あ、そろそろ餌の買い足しでしょうか?」
「はい。いつもと同じやつをお願いします。」
⋯良かった。露伴はあれからも、定期的にわざわざここまで来て決まった餌を買っていたみたいだ。怪しまれる事なくバキンの餌を入手し、店を出る。ついでにペットカメラも購入したし、準備は万端だ。
「くぅん⋯」
「あぁごめんね、バキンちゃん。お腹空いたよね。ちょっと待っててね。」
もうそろそろ、朝ごはんの時間だ。私もお腹がすいてきた気がする。
スマートフォンで近くのペット同伴可のカフェはないかと検索すると、ちょうどこのペットショップの隣に1件ヒット。このペットショップの系列店のようで、こんな状況だがなかなかツイているかもしれないと、少し笑ってしまった。
「もしもし、なまえ?急にペット可の物件を探してくれだなんて、一体どうしたんだ?」
「うん、急で申し訳ないんだけど⋯。夫が今、珍しく修羅場みたいで。少し前に飼い始めたワンちゃんのお世話を頼まれたのよ。」
「あぁ、"バキンちゃん"だっけ?へー、あの露伴先生が修羅場ねぇ。」
電話の相手は、形だけではあるが私のマネージャーだ。なにも、間違った事は言っていない。いま現在露伴の身には、間違いなく何かは起こっているのだから。それを修羅場と呼ぶのは、何らおかしい事はない。
「なるべく交通の便がいい所でお願いね。それから、今日はバキンちゃんを連れて東京へ帰るから、ペット可のホテルがあるかも調べてくれると助かる。」
「了解。」
「⋯⋯はぁ⋯。」
疲れた。
昨日1日中撮影をして、夜そのまま新幹線に乗り杜王町へ帰り朝まであの行為を耐え抜いて、今に至る。つまりは、休めていないという事だ。本当だったら今はまだ眠っている予定で、起きるのは10時頃かな、と考えていたのに。
「わふっ」
「⋯ふふ、かわいい。ご飯、美味しかった?」
「わんっ」
「そう、良かったね。⋯これからどうしようか。」
最後の一口を口に入れ、マスクを着ける。
コロナ禍という事を抜きにしても、私のキャリーケースに加えてバキンちゃん用のキャリーと、餌やトイレシートなどの入った袋。これを持って歩き回るのは得策とは言えない。というか、寝てない体では無理だ。ホテルを取ろうにも、S市や杜王町周辺で私がホテルを取ろうものならあらぬ疑いがかけられ、噂が広まってしまうだろう。そう考えて今朝ホテルに行く事をやめ最低限の処置しかできていないのだが⋯そもそも、露伴を探さなくてはならないのに、寝ている場合ではない。
「⋯⋯えっ、なまえ、さん⋯!?」
「っ!!え⋯、仗助、くん⋯?」
つい1ヶ月ほど前に見た顔が今、目の前に。偶然にしてはできすぎている再会だが、なぜ、彼がここに?というか、今日は私服じゃなく、仕事着を着ている。そう、まるでお巡りさんのような。
「なんか困ってそうな人がいるな〜と思って見てたらなまえさんに似てたから⋯。いやぁ、まさか本人だったなんて⋯びっくりっス!」
「仗助くん⋯、その格好は⋯。⋯もしかして、仗助くんって⋯。」
「あー、まぁ、そッスね。いつもは杜王駅の近くの交番にいるんすけど、たまたま応援でこっちまで来て、これから戻るところっス。」
これは⋯何たる偶然。ここで会ったのも何かの縁。神様が私に与えてくれたチャンスのような気がする。
「仗助くん。今ってお家にご家族はいるのかな?ちょっと、力を貸してほしいんだけど。」
「え⋯?おふくろは今仕事に行ってていねーっスけど⋯。どうしたんスか?」
「なら、お風呂貸してくれない?理由は言えないんだけど、ちょっとばかり今は家に行けないわけがあって。」
「えっ⋯、あ、⋯はぁっ!?」
「しーっ!⋯ごめんね、私いま、困ってるの。だから助けると思って⋯ね?お願い。」
仗助くんが純粋な子だと分かっていて、こんな手を使うのは良心が痛む。けど、ここはなんとしてでも、仗助くんのお家に行きたい。体制を立て直すためにも。
「わ、分かりました⋯!⋯⋯近くにパトカー停めてるんで、この辺で待っててくださいっス。」
「!⋯ありがとう!」
交番のお巡りさんなんて、実に仗助くんらしい。今回はそこにつけ込んで利用してしまったが、仗助くんが素晴らしいお巡りさんというのは変わらない。いつもいつもわけが言えないのは申し訳ないが、あとで何かお礼をするくらい、露伴も許してくれる事だろう。
「はぁー、生き返った⋯!仗助くん、本当にありがとう!」
「いや⋯、いーっすけど⋯。」
今さらだがコロナ禍だというのに人様のうちのお風呂を借りるなんて、本当に申し訳ない。しかし身綺麗になった今、無理にでもお願いして良かったと心から思った。
"アイツ"⋯一体何回中に出したのか⋯!それに身体中に歯型やキスマークまで残っていて、本当に信じられない!
イライラしそうになるのを抑えて一呼吸してから、しっかりとマスクを着けた。
「勤務時間中にごめんね。仗助くん、怒られたりしない?」
「まぁ、大丈夫ッスよ。困ってる市民の対応が、俺の仕事なんで。」
「⋯⋯今、初めて仗助くんがかっこよく見えた⋯。」
「がーん!」
「⋯もっと話していたいけど、長話はできないから⋯もう行くね。今度、改めてお礼させてね。⋯露伴に内緒でね。」
露伴と仗助くんが会えば喧嘩になる事はもう分かっている。それに仗助くんにお礼がしたいと言えば露伴は不機嫌になるであろう事も。そういう意味で「内緒で」と言ったのだが、お年頃の仗助くんは違う意味で受け取ったらしく頬を赤らめていた。
「ふふ。何か欲しい物があったらなんでも言ってね。」
「えっ、あっ、りょーかいっス!」
焦ったように敬礼する姿は、確かにかわいいかもしれない。
「さ、バキンちゃ〜ん。一緒に行こうね〜。」
「⋯なまえさん。理由は聞かねーっスけど、家に行けねーんだろ?駅の中にでっけーコインロッカーがあるから、そこに荷物預けたらいいんじゃないッスか?」
「そうね⋯そうする。ありがとう、仗助くん。」
いつも頼りになるが、今日は特に、助けられている。途中仗助くんの勤務する交番に寄って「ワンちゃんと逸れちゃったところを助けて頂いて⋯助かりました」と適当な嘘を並べなんとか事なきを得た。駅までパトカーで送ってもらって、やっとスタートラインだ。
「これ、俺の連絡先っス。⋯露伴には、内緒ッスよ?」
「⋯⋯、ありがとう。困ったら、連絡するね。」
実は花園かのんとの色々があった時に電話番号は登録していたが、それはこの際いいだろう。できる事ならば、仗助くんに連絡するような事態にならないのが一番いい。
「じゃ、また。」
「うん。本当にありがとう。」
仗助くんと別れて、コインロッカーへ荷物を詰め込んで。今日の残り時間は、私の残りの体力の事も加味するとあと6時間程しかない。今日解決できなければ、また1週間後だ。
何かひとつでも、手がかりを見つけられれば良いのだが⋯。
気がつけば朝日は既に登りきり、じり、と肌を焼いてくる時間だ。
「わふ」
「⋯うん、行こうか、バキンちゃん。」