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「わ…!…かわいい…!ふわふわ…!!」
コロコロと動き回って、妻であるなまえの膝に前脚を乗せる白い毛玉。
先日約束した通り、S市内のペットショップに犬を探しにやってきた。なまえと2人で。
久しぶりのデートだとはしゃいでいたのがついさっきで、今は僕よりも足元にいる白い毛玉に夢中なのが少し、気に入らない。
「君、犬が好きなのか?」
「んー、どちらかと言えば猫の方が好きだけど、うちに猫はもういるからね〜。」
「はぁ?……おい、待て。まさか君、僕の事を言ってるのか?」
「ふふ、自覚はあるのね。…そういうところだよ。」
最近、彼女は僕の事を揶揄うようになってきた気がしている。僕も彼女の反応が見たくてやる事もあるが。お互い心を開いた結果だとしたら、それほど嬉しい事はない。が、揶揄われて終わるのは癪に障るのが僕だ。
「そういう君は、犬みたいだよな。まるで、飼い主を見つけると尻尾を振って駆け寄ってくる犬だ。」
「う…。それは言い返せないかも…。」
言い返されて、彼女は唇を尖らせる。かわいい。僕はこの顔が見たいんだ。
「ねぇ露伴。この子、人懐っこくてかわいい…。露伴はどう思う?」
「…そうだな…。」
不安げな表情でこちらを見上げる、1人と1匹。…似ている。こんなの、却下なんてできる奴がいるか?もしいたら、拍手を送りたい。
「まぁ、いいんじゃあないか?」
「!良かった…!君も良かったね〜。よろしくね。」
「ふ…、またうちに犬が増えるな。」
ボソ、と言ったつもりだったが、しっかり彼女の耳には届いていたらしい。またあの不満気な表情でこちらを見上げるので、とても気分が良い。
「わ…、わ〜〜かわいい〜〜!」
子犬を迎えられたのはその翌週の事で、ペットショップの店員がうちまで届けにやってきた。事前にケージなど必要な物は用意して待っていたのだが…あまりに楽しみすぎた彼女がソワソワし歩き回るので彼女はやはり、犬が好きなのだと思う。
やっと押されたインターホンに出たのは彼女だったし、玄関で対応したのも彼女で家の中へと招き入れたのも彼女。よっぽど早く会いたいのだろうが、少しばかり妬けてきた。
「受け取りのサインをお願いします。」
「あぁ、ありがとう。」
僕がサインしている間も嬉しそうに触れ合っている。まるで子供のように。
最後の説明を聞いたのも僕だ。彼女が喜ぶのなら何だってしてやりたいが、それで僕を蔑ろにするなんて到底許せるものではない。
「なまえ。」
「はぁい。…あれ、店員さんは?」
「今さっき帰ったよ。君、よっぽど気に入ったんだな。」
「うん。あ、……露伴、もしかしてやきもち妬いてる?」
「…まぁな。」
「えっ、かわいい…!!じゃあ、私が2人ともかわいがってあげる…!」
「お、おい…!」
腕を引かれて着いていくとそのまま床に倒され、白い子犬と一緒に彼女に抱きしめられた。「おい、汚れるぞ」と言っても「洗えば大丈夫」と聞く耳を持たない。こんなにテンションが高い彼女は珍しい。というか、僕も初めて見る。これは…楽しい瞬間に水を差すようで悪いが…「ヘブンズドア」だ。
「えっ。」
「楽しそうなのは結構だが、君、少し落ち着けよ。」
「あ、ごめん。嫌だった?」
「…そういうわけじゃあない。……君、人の事かわいいかわいいってさぁ…!」
"露伴と子犬…かわいすぎる"
"写真撮りたい"
"絵画にして後世まで残してほしい"
彼女に書かれていたのは、こんな事ばかり。なんだか彼女、だんだん阿呆みたいになってないか?
「見ちゃった?えへへ…ちょっと恥ずかしい。」
「…君が照れるポイントは、分からないな…。」
忘れかけていたが、やっぱり変な奴。
「バキンちゃ〜ん、私とこの人が、あなたの飼い主だよ〜。」
「わふっ」
なんだか……平和だな。先日あった事件なんて、まるで何もなかったかのようだ。彼女がいれば、こんな平和な日常も、悪くはないかもしれない。などと、およそ岸辺露伴らしからぬ事が頭に浮かんだ、休日の朝。
「わんっ」
「…あぁ…バキンか…おはよう。」
彼女のいない朝。こういう日はだいたい、腹を空かせたバキンが起こしにやってくるようになった。先日寝ぼけ眼ではあったが、彼女が「朝になったら起こしてあげてね」と言って部屋の扉を少し開けて出ていったのを確かに見た。それを理解しているのかは分からないが、バキンも彼女の言葉通りに毎日起こしに来るので犬というものは思っているよりも賢いのかもしれない。
「…ん?…バキンのおもちゃか。まぁ、よくここまで散らかしたものだな。」
寝る前には必ず片付けているおもちゃは、朝になるとだいたい床中に散らかっている。バキンは彼女が起きたタイミングで一緒に起きているだろうから、きっと僕を起こしに来るまで遊んでいるんだろう。これを片付けるのも、もう慣れたものだ。
『…中国で発見された新型のウイルスですが──』
バキンの餌を皿へ入れ、自分の分のコーヒーを淹れながら、ニュースを眺める。中国で発見されたウイルスが、猛威を振るっているというニュースは、今や毎日耳にするほどで、感染者の数の増え方を見るにいつ日本へ来てもおかしくないのではないかと、身構える。ウイルスに怯えて生活しなきゃならないなんて、起こらなければいい、嫌な想像だ。
「お、もう食ったのか。うん…いいな。少ししたら、散歩にでも行こうか。」
「わふっ」
バキンが返事を返してくれるものだから、ついつい声に出して話しかけるようになってしまった。というか、なまえが子供に話しかけるようにバキンに話しかけるので自然とそうなった。彼女の影響力が、恐ろしい。
プルルルル──
「おっと、電話だ。…なまえ?…もしもし。」
着信を告げるスマートフォンの画面にはなまえという文字。今日は1日撮影のはずだが、一体どうしたのだろうか。まさかまた事件に巻き込まれたのではないかと、嫌な予感が頭を過ぎった。
「あ、もしもし露伴?おはよう。」
「あぁ、おはよう。何かあったのか?」
「えぇと…露伴が心配しているような事は、何も。だけどちょっと…「なまえさん、全員ホテルで待機らしいです。…あ、すみません。」
電話の向こうが、何やら騒がしい。物々しさすら感じられる雰囲気で、遠くでスタッフの動き回る音や声が、時たま聞こえてくる。
「…ニュース見てる?新型ウイルスに、日本人が国内感染だって。」
「国内感染?」
チラリとつけっぱなしのテレビに視線を向けると、今まさにその話題が上がっているところだった。
「…今見てる。そうか…。それで、それと君が焦って電話してくるのと、なんの関係がある?」
「……私、しばらく帰れないかもしれない…。」
「なに?……あぁ、いや。…なんとなく分かったぞ、そっちで何が起こっているのか。…懸命な判断だ。」
一体なぜ、と思いながらも、頭は勝手に様々な原因を模索した。その中でしっくりきたものは、感染者との接触を控えるため、そして状況が分かるまでホテルから出るなと命じられたのだと予想する。今後政府がどう対処するかも分からぬうちに彼女が杜王町へと帰ってしまえば、もしかしたら今度は東京へ行く事が困難になってしまう、という事も有り得る。海外では既にロックダウンしている国もあるのだし、充分に有り得てしまう。
「撮影も様子見でしばらくできないし…露伴にもバキンちゃんにも会えないし…無理…。」
「…僕だって嫌だ。はぁ…これで仕事が捗らなくなったら、どうしてくれるんだ。」
「えっ、それは、私も困る!毎日テレビ通話しよう、露伴。」
「……そうだな。」
一体、いつまでだ。未知のウイルスで、今後の予測が全くつかない。それは僕だけじゃあなく、この国の人間、いや、この地球に生きる人間全てに言える事だろう。
「…ごめん、もう行かなきゃ。1回切るね。」
「あぁ…。またな。」
通話終了ボタンを押し、ため息をつきながらその場にしゃがみ込むとバキンが目の前にやってきて、同じように座り込んだ。まっすぐ見上げてくる視線が、なまえそっくりだ。
「おまえの飼い主、しばらく帰ってこられないってさ。寂しいな。」
「……。」
「僕も、寂しいよ。僕と一緒に、彼女の帰りを待ってくれるか?」
「わん」
思いつきで言った事だったが、バキンを飼って良かったと心から思った。
「さ。散歩に行くか。地面が熱いから、今日も抱っこだけどな。」
公園にでも行ってからバキンを放して、気分転換でもしよう。
そうと決まれば早く行こうと、冷めて温くなったコーヒーを飲み干した。