動かない
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「なんか……今日のなまえさん、一段と気迫がありますね…。迫力があるというか…。」
「そうね…。でも、みんなそのなまえさんの気迫に充てられて、いつも以上にいいものになってる。シリアスなシーンで良かった。」
スタッフさん達がそんな事を話しているのも露知らず、私は過去最高の演技を出していたと思う。気づいた頃にはもう日は暮れていて、ようやく解散の声がかかった。
「すみません。今日はこのあと用事があるので、このまま直帰します。お先に失礼します。」
珍しく挨拶もそこそこに現場を後にしたが、今さら私に何かを言う人はいないだろう。明日は久しぶりのオフだ。露伴の様子次第では、一度杜王町に帰ってもいいかもしれない。
「露伴!」
電話も繋がらなくて、タクシーを降りてロビーで鍵を受け取り借りている部屋まで一直線。ロビーで鍵を受け取った時点で露伴が部屋にいない事は明らかだったが、それでも名前を呼ばずにはいられなかった。
「…荷物…無くなってる……。」
まさか、本当に別の部屋を…、いや、部屋どころか別のホテルを取った可能性もあるし、杜王町へ帰ってしまったかもしれない。
これからどうしようかと逸る気持ちを抑えつつ部屋を見回すと、ホテルのメモ帳と転がっているペンが目に止まった。
恐らく露伴が使用したであろうペンは、清掃が入った後に使われたはず。何か書かれているかもしれないと近づいてみたが一番上のページは真っ白で、もしかしたら何かの拍子にペンだけが落ちてしまったのかもしれない。
「…はぁ…どうしよう……。」
気持ちが折れそうになって、頭を抱えてしゃがみ込む。
露伴、どこにいるの?私、もう露伴がいなきゃダメになっちゃった。露伴に見放されたら私は、どこに帰ればいい?露伴、またいつもみたいに、私に笑いかけて。いつもみたいに、優しく名前を呼んで。露伴。露伴。
「…違う。今は露伴を探さなきゃ…。」
未来がどうなるとしても、今は露伴を見つけて、露伴にどうしたいか聞かなきゃ。卑屈になるのは、その時でいい。
気持ちを切り替えて顔を上げると、テーブルの下に白い何かが見えた。その何かを拾おうと手を伸ばすと紙切れのようで、テーブルの上にあったメモ用紙のようだった。
「…本、香水、090…電話番号、と……、なまえ…っ……。」
いつもの筆跡よりもかなり乱雑に書かれていたが、確かに露伴の字だ。前に露伴にサインを書いてもらった時と、同じ字。それを指でなぞったらそこだけ濡れてから乾いたような、ザラ、とした感触がして、露伴が泣いたのだと解釈した。
「…露伴…、すぐに見つけるから…。」
やはり露伴は、自分の意思じゃない。それが分かっただけでも…良かった。少しホッとして、頭が段々と冷静になるのが分かる。
ふぅ…、と一息ついて、携帯電話を取り出す。とりあえず今できる事は、露伴が示した電話番号に電話をかける事。迷いなくその電話番号に電話をかけるとその相手は意外な人物で。とりあえず「すぐに来てほしい!」と大体の住所だけ伝えて電話を切った。
3つのうち、1つはクリア。さぁ、次の手は。
ホテルを出て急ぎタクシーで向かったのは、今回のドラマで使用頻度の高い建物。露伴とも、何度も来た事のある撮影現場だ。
露伴の書いたメモにある"本"とは、あのリップの呪いで2人揃って怪我をした古書の事なのではないかと思ったからだ。
ドアに手をかけると鍵が開いていて、ここが当たりである事にホッと胸を撫で下ろした。ここまで来て外れだったら、また1から推理しなければならないところだった。
「っ……!…なに、この匂い…。」
一歩中へと足を踏み入れると、甘ったるい香りが鼻につく。酔いそうなくらいだ。そういえば今日も、撮影中にこんな匂いがしていたような、気がする。
「えっ?嘘…なまえさん…?」
「!…かのんちゃん!…っ、露伴!」
明かりはないが、窓から差し込む街灯のおかげで2人の姿を確認できた。椅子に座った露伴と、その膝の上に座る花園かのんを。
「なに…してるの…?」
「何って…。…露伴先生、なまえさんに説明してあげてください。」
「…今、彼女とキスをするところだ。」
「ですって、なまえさん。…残念でしたね。露伴先生に捨てられるんですよ、なまえさん。分かったら、邪魔しないでください。」
「…っ、邪魔してるのは…あなたでしょう!花園かのん!」
「怖〜い!いつもあんなに優しいのに、それがなまえさんの本性なんですか?」
煽るような言葉と、黙ってこちらを見る、露伴の冷たい視線に、足が竦む。きっと向こうから見れば、震えた私はとても惨めだろう。それでも、逃げる事はできない。せっかく見つけた露伴を、そのままにはしておけないから。
「まぁいいや。ねぇ露伴先生。むしろなまえさんに見せつけちゃいましょう!私達がラブラブなところ。」
「…あぁ…それもいいな。」
「やったぁ!じゃあ露伴先生、キスして。ね?」
「やめて…!露伴に触らないで!!」
「うるさいなぁ…なまえさんは、そこで黙って見ててください!」
露伴に自らの体を押し付ける花園かのんを見て咄嗟に飛び出そうとしたのに、彼女が一言言葉を発しただけで突如、体の自由が効かなくなりそのまま体は床に倒れ込んだ。
なんだ、これは。なぜ急に、体のいうことが効かなく…。
花園かのん…、まさか…、また呪いの品を…!
そう叫んだつもりだったが声すら出なくて、情けない息遣いだけが漏れ出る。しかし、これで分かった。露伴のメモの、最後の謎が…!
"香水"
さっきから部屋中に充満している甘ったるい匂いは、きっとその香水のもの。そしてその香りには、人を惑わす、もしくは人を意のままに操る力がある。呪いなんてあまり詳しくはないが、露伴から聞いたそういうものの話を思い返すとありえない話ではない。というか、きっとそうだ。現に今、そういう状況に陥っている。
こういう時はどうすればいいか。…考えろ…考えろ、…考えろ…!!