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「なまえ。」
「?なぁに?どうしたの、露伴。」
夜遅くホテルに着くなり、何やら真面目なトーンで名前を呼ばれたので敢えて明るい声で返事をする。こういう時の露伴は何か考え事をしてじっと私を見つめるので、実は好きだったりする。何を考えているかまでは、分からないが。
「いや…、…変な事を聞くようだが、僕は今日、いつもの僕だったか?」
「……、…本当に、変な質問だね。」
こちらもじっと、露伴の目を見つめる。数秒間お互いをまっすぐ見つめ合うと露伴が先に動き出して、まっすぐこちらに顔を近づけてくるので静かに目を閉じた。
「ふ…、かわいいなぁ、君は。」
すぐ目の前で聞こえた声に、パチ、と目を開けると、至近距離で変わらずこちらを見つめていて。キスされると思って目を閉じたのにひどい仕打ちだ、と思わず眉間に皺が寄った。
「…露伴はいつもちょっと意地悪だから、何も変わりないよ。」
「はは、悪かったよ。」
せっかく露伴が初めて私を「かわいい」と言ってくれたのに。謝罪を込めたキスはきっちり頂いておく。"今日の露伴はいつもの露伴だったか"なんて、変なの。露伴が露伴でなくなってしまったら、私はこんなにもドキドキしないのに。
「…ちょっと露伴、顔色が悪いけど、大丈夫?」
今日の現場で準備を終えて露伴の待つ大部屋の控え室へ行くと、椅子に腰掛け頬杖をついて、周りの様子をボーッと眺めている露伴の姿があった。しかしその顔色は悪く、思わず駆け寄って露伴の頬に手を当てて体温を確かめた。
「…あぁ、なまえか…。そうだな…少し、吐き気がする…。」
「…水を持ってくるから、外に行こう。無理しないで、ホテルに戻ってもいいんだからね。」
そもそも、元々露伴の目的であったあのリップは既に回収している。目的は達成されているのだ。それでもこうして毎日取材と称してここへ通っているのは、元凶である花園かのんの調査もあるが私の身を案じているからだろうというのは想像に容易い。
「なまえさん、監督が呼んで…、どうかしたんですか?」
「宮城くん。ちょっと、露伴が疲れちゃったみたいで…。私の代わりに、少し外の空気を…「えっ露伴先生大丈夫ですか?私が連れていきます!」
「あぁ…悪いな……。」
「あ……、露伴…。」
突然横から入ってきたかのんちゃんに、露伴はついていってしまった。あんなに怪しんでいた彼女相手に、あの岸辺露伴が、ごく自然に頼るなんて…。なんだか、不安だ。そして、ショックだ。体調が悪いからといって私じゃなく、宮城くんでもなく、あの子を頼ったのが。
「……監督が呼んでたんだよね?私、行ってくるね、ありがとう。」
「えっ、あぁ、はい…。」
私は今、いつも笑顔を浮かべているみょうじなまえを、上手く演じられているだろうか。自信がない。心の中に広がった真っ黒い感情が、外に滲み出てしまっていないだろうか。…何だか私も、吐き気がしてきた。
──────────
「露伴先生、大丈夫ですか?」
至近距離から聞こえてきた高い声に、ハッと意識が覚醒する。僕は今、何をしていた?
重い頭を右手で支えて軽く周囲を見回すと外で、そして隣にいるのは花園かのんという女。
なぜ、僕がコイツと2人で、外に…?
サァ、と吹いた風に乗ってきた甘い香りに、ズキリと頭が痛んだ。
「…君…その、香りは……。」
「あ。昨日から、新しく買った香水を少し、つけてきてるんです。いい香りでしょう?」
「あぁ、…そうだな…。」
頭の中がグルグル回って、吐き気がする。きっとこの、香水の匂いのせいだ。匂いが嫌というよりも……もっと…、嫌な感覚がする…。
「露伴先生…。」
腕に巻きついてくる彼女の腕も、気持ち悪い。「離せ」と言って振りほどきたいのに、体がいう事をきかない。声が出ない。
まるで、僕の体が、僕の体じゃあないみたいだ。
──────────
「露伴。」
監督との打ち合わせが終わって露伴の姿を探していると、外のベンチに腰掛けて話をする2人の姿を見つけた。もうそろそろ出発の時間だが、露伴の体調は戻ったのだろうかと駆け寄ると顔色が良くなった露伴の顔が私を見上げた。
「君か…。今日はもう、ホテルに戻るよ。」
「そう…。気をつけて帰ってね。」
「あぁ。じゃあな。…君も、また明日。」
「!」
「はい!またね、露伴先生!」
露伴は今、彼女になんと言った…?"また明日"だって?それに、いつも私に向ける優しい笑顔を、彼女に向けていた。
「……待って、露伴。」
既に帰ろうと歩き出している露伴のあとを追いかけて手を掴むと、露伴はゆっくりと振り返った。その露伴の表情はひどく無機質で、思わず息が止まってしまって足が竦んだ。
「……何だよ。」
「あ……。…露伴、何かあったの?今の露伴、いつもの露伴じゃないよ。」
情けなく震える声は、同じく震える手からも露伴に伝わってしまっただろうか。だけどきっと露伴なら、私が震えていたらきっと私の手を取って、優しく"どうしたんだ"と聞いてくれるはずだ。
そう、思っていたのに。
「別になんだっていいだろ。僕らは契約して結婚したんだ。個人の事には、口を出さない約束じゃあなかったか?…それと、そろそろ離してくれないか?」
「……っ!!」
これは…目の前にいる露伴の姿をした人は、本当にあの、私の大好きな岸辺露伴だろうか。
思考が停止して、息が苦しい。ただ心臓の音だけが、耳の奥でドッドッドッ、と嫌な音を立てている。
「…じゃあ、僕は帰るからな。ホテルの部屋も、君とは別の部屋を取るよ。」
「…ッ、……露伴っ…!!」
露伴はもう、私を見ない。私の声も、届かない。
やがて露伴の後ろ姿は、見えなくなってしまった。
「えぇ〜、もしかしてなまえさん、振られちゃったんですかぁ?」
「…は、ッ……、露伴に、何をしたの…っ!?」
「失礼だなぁ。何もしてませんよ!ただお話してただけです。」
そんなわけ…、絶対に、そんなわけがない…!
息ができない、苦しい…。
「それにしても、露伴先生となまえさん、契約結婚?だったんですね。今どきそんなのあるんですね!すごいです!」
「…はッ…、ハァッ……!」
じわ、と瞳に、涙が溜まる。頭の中もグルグルグルグル回って、それでも、泣けばメイクが落ちて、倒れれば衣装が汚れると、自分自身を落ち着かせるため目を閉じ、天を仰いだ。
大丈夫。露伴のあれはきっと、本心じゃ、ない。彼女に──花園かのんに何かをされて、混乱しているだけだ。露伴はきっと、自分がおかしくなっている事に気がついたから、私の前から去っていったんだ。
「………すぅーーー………、………はぁーーー………。」
今はまだ、行けない。これから撮影が始まる。
ここで撮影を投げ出してしまえば、今度こそ本当に、露伴を失望させてしまう。それに、私自身もそんな事は許せない。
「……はぁ……。…かのんちゃん、早く行くよ。」
「え…?……は。マジ…?」
だから今は、完璧な演技をして、早く今日の撮影を終える事だけを考えなければ。