結婚してみる
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7年前の、彼女と出会った時の夢を見た。
今日の夜彼女に会うからと、眠る前に無意識に彼女の事を考えていただろうか。
僕と彼女の話を語るには重要な、出会いの話。
僕は漫画家、彼女は女優。
そんな僕らが出会ったのは、僕が描いた漫画"異人館の紳士"の実写映画化の話が出たのがきっかけだ。
当時20歳そこそこだった僕はまんまと実写映画化を受け入れ、そのおかげで酷い目に遭ったものだが、結果的にみょうじなまえという僕にとって数少ない友人を得たので、損害金額も含めてプラスマイナスゼロか。
あの現場で1番若かったのは彼女で、その上映画の経験もあまりなかった彼女は勉強のため、と言って他の演者や裏方とよく会話をしていたしかわいがられていたのをよく覚えている。例に漏れず、僕もその1人だった。
「君、本当に熱心だな。そういう仕事に真っ直ぐなところ、僕は嫌いじゃない。」
嫌いじゃない、どころか好ましく思っていた。しかし同じ年頃の異性に"好き"だなんて言えるはずもなく。
それでも彼女は「えへへ、ありがとうございます」と顔を綻ばせて笑っていた。
彼女の真面目さや努力は実際演技に現れていたし、このままいけば数年後には売れるだろうと確信していた。
綺麗な見た目だけで抜擢されたわけじゃないと、世間に見せつけてほしい。
気がついたらいつの間にか彼女を応援している自分に驚いたが、もしかしたら彼女の貪欲なところを自分自身に重ねていたのかもしれない。"僕もがんばるから、君もがんばれ"と。
その日は、とにかく暑かった。もう秋だというのにニュース番組で熱中症の注意を呼びかける程であった。おまけに西日本での撮影で、杜王町に住む僕にとってはまだまだ夏といえる気温だったと記憶している。
その暑さのせいか、その日は朝から、現場がピリピリしていた。いや、暑さに加えて、主人公を演じる國枝という男がイライラしていたのだ。普段から横柄な態度を取る奴ではあったが、その日は特に酷かった。終始ADに当たり散らしていたのを今でも覚えている。
「露伴先生。きちんと水分補給されてますか?」
ス、と目の前に差し出された、冷えたペットボトル。持ってきたのは彼女だった。撮影の邪魔にならないよう小声で囁くのが、なんだかかわいらしく思えた。彼女は先ほど出番が終わり、今撮っているシーンが終われば休憩に入るので見守りに来たようだ。
「これは、君らが飲んだ方がいいんじゃあないか?演じ手が倒れたら撮影できなくなるだろう?」
「それはご最もですね。でも、もし露伴先生が倒れたら、私含む先生のファンが困りますし。この撮影の取材中も、漫画を描いているんですよね?」
「⋯有難く頂くよ。」
彼女からペットボトルを受け取ったと同時に、現場でカットがかかる。どうやら、今のシーンは無事に撮り終えたようであった。
途端に辺りがザワザワとし始め、國枝の周りに人が集まり始めた。彼女も行くかと思っていたのだが、感情の読めない笑顔を貼りつけて僕の隣で微笑んでいるだけだったのが少し意外であった。
「水の買い置きもうないのォーー?」
國枝の急を要するような物言いに彼女の方を見ると彼女も横目でこちらを見ていた。どうやら僕がさっき貰った水が最後だったらしい。少しバツが悪そうに苦笑したあと、彼女は驚くべき行動に出た。
我慢できなくなった國枝が女性のスタッフに半ば無理やりジュースを飲ませるよう強要している所へ、彼女はまっすぐ歩を進め「國枝さん」と柔らかい微笑みを浮かべて間に入ったのだ。
「私、さっき一口だけ飲んじゃったんですけど、急を要するのであればこれ、どうぞ。ジュースは糖分が気になりますし、國枝さんが倒れてしまっては、撮影ができなくなってしまいますから。」
「君、なまえちゃんだっけ?いいの?」
「はい。私が最後の1本を開けてしまったみたいで⋯すみません。どうぞ。」
まさか自分の飲みかけの水を、差し出すとは。それも、笑顔で。嬉々としてそれを勢いよく飲んでいる國枝にはさすがに引いた。しかしそれを目の前で見せられた彼女は相変わらず笑顔を浮かべており、思わず背中が一瞬、ゾクリと冷えた気がした。
その時だ。
現場に突如、悲鳴が響き渡ったのは。
「きゃあああぁああっ!」
女性スタッフの悲鳴が響いた直後、國枝がドサ、と床へと崩れ落ちた。悲鳴、床の水溜まり、人混みを押しのけて確認した、干からびたような國枝。これは、普通ではない。
「露伴⋯先生⋯?」
腕に誰かが触れる感触がしてそちらを見ると、みょうじなまえが震える手で僕の腕を弱々しく掴んでいた。彼女は國枝のすぐそばにいた。突然会話をしていた人間がこうなってしまったのだ。恐怖し、混乱するのは仕方のない事。
「おい、大丈夫か?落ち着くんだ。絶対に、僕から離れるなよ。」
「は、はいっ⋯!」
怖がりながらも、彼女は頷き、邪魔にならぬよう今度は僕の服の裾を強く掴んだ。一体何が何だか分からないが、僕が守れる人がいるのなら守らなければ。少しでも多くの人を。
「露伴先生っ⋯!これっ⋯!」
「スポーツドリンク⋯まだ、残っていたのか⋯。」
体の水分をだいぶ搾り取られ、満身創痍の身体。これでは全員、入院する事になるだろう。彼女もダメージを受けているはずだが、僕よりは動けるらしい。まぁ、死ななかっただけマシか。
「すぐに死にはしない⋯。君が飲め。」
「駄目です⋯!」
「いや⋯君の方が僕より元気だ。君が飲んで、すぐに救急車を呼ぶんだ⋯。」
「⋯⋯、本当に、死なない、ですよね?先生⋯。」
「この程度じゃ死なないよ。⋯さぁ、早く呼べ。」
スポーツドリンクを飲み、控え室にある携帯電話で救急車を呼ぶ。ここにいる全員が助かるには、それは今、最も重要な役割だ。
彼女は意を決したようにペットボトルの蓋を開け、飲み口に口を付けた。彼女のゴクゴクと動く喉を見て(エロいな⋯)と思う程には自分は大丈夫らしい。「っは⋯!」と息を漏らして口を離した表情は光悦としていて、極限状態だというのにスケッチして残したいと思った。
「露伴先生も、飲んでください⋯。私は、もう動けますから⋯!」
「は⋯?いや⋯おい!」
ぎゅ、と僕の手に中身の半分残ったペットボトルを握らせ、彼女はヨロヨロと覚束ない足取りで立ち上がりこちらの言葉も聞かずに壁伝いに去っていってしまった。さっきまでは僕のいう事を聞いて、離れなかったというのに、だ。
手の中にあるペットボトルを、中身を零さぬよう口元へと持ってきて、グイ、と傾ける。少し塩味のそれはカラカラに渇いた体にじわじわと染み込んでいき、やがて消えた。
「なるほどな⋯これは⋯あの顔になるのも納得だ⋯。」
なんだか心に余裕ができてホッとして、頭がフワフワしてきた。
(あぁ⋯これは、気を失うな⋯)と思ったところで意識は途絶え、それからどうなったのかは分からない。
しかしあとから聞いた話によると救急隊員が来た時には彼女も僕の隣で気を失っていたようだ。救急と電話が繋がっていたらしいので、恐らく電話をしながら戻ってきてそのまま気を失ってしまったのだろう。
「⋯懐かしいな⋯。」
これが、彼女との出会い。
この後数週間入院になり、なぜか彼女と2人部屋にされたのだった。そこから友人関係がスタートするのだが、今日はこの後、彼女と会う約束がある。思い出すには少し時間に余裕がないな。また今度、時間がある時にゆっくりと思い出してみる事にしよう。