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「もしもし露伴。申し訳ないんだけど、仗助くんを連れて今からメールで送る病院に来てくれない?」
そう電話で伝えたのが2時間前。ガラスの破片が傷口に入ってしまって処置に時間がかかってしまったが、何とか手当てをし終えて今は病院の待合室だ。さっきまでマネージャーとスタッフが私を心配してついていてくれたが、お会計も終わったし医師の説明も受けたし「夫が迎えにきてくれるから大丈夫よ。現場に戻って明日以降のスケジュール確認してきて」と帰らせた。それから10分程経っただろうか。病院内に患者さんの姿は殆どないというのに、入口の方が騒がしくなってきてチラリとそちらを見ると、露伴と仗助くんが何やら言い争いながら入ってくるところで、脚の怪我の事も忘れて「露伴!」と思いの外嬉しそうな声で呼んでしまった。…だって、起きてる露伴を見るのは久しぶりだったから…。
「なまえ!無事か?何があったんだ?」
「実は、撮影中に怪我しちゃって…。仗助くんには申し訳ないんだけど、怪我を治してほしくて来てもらったの。」
「えっ?……露伴、なまえさんにスタンドの事、話したんスか?」
「そんな事今はいいだろ。早く治せよ。」
「治すよ!治すけどよ!」
仗助くんの手の動きに合わせて、ぽふ、と何かが当たる感触がして、直後、痛みは消えた。もしかして、もう治ったという事だろうか?どうなの?という視線を露伴へと向けると静かに包帯へと手をかけたので、やっぱり治ったらしい。すごい。
「わぁ…!すごい、綺麗さっぱり…!ありがとう、仗助くん。」
「いや…そんな…。うっ…俺には眩しすぎるぜ…。」
「ご苦労だったな、仗助。もう帰っていいぜ。」
「はぁっ!?テメェ…!」
「えぇと…明日何も予定がなければ、ホテルに1泊してく?治してくれたお礼に、私が払うよ。」
「なまえちゃん…!正真正銘の天使…!!」
露伴はものすごく嫌そうだけど、何もお礼しない訳にもいかない。それに今はもう日が沈みかけているし、たった数分のために来てくれた仗助くんに"私が"申し訳なくて仕方ない。…という思いを込めてじっと見つめると露伴も観念したように「ハァ…仕方ないな…」とため息をついた。
「…という事がありまして。」
「なんだソイツ。怪しいなんてモンじゃあないな。」
私がたまに使うホテルにて、事のあらましを掻い摘んで説明した。関係のない露伴を巻き込むのは抵抗があったが、すぐにでも撮影に戻るためには仗助くんの力が必要だったし、その仗助くんの連絡先は生憎知らなかったので露伴に頼むほかなかった。それに露伴はこういう事に詳しそうだし、力になってくれるならとても心強い。
「…なぁ、その撮影…、取材させてもらえないだろうか?」
「えっ?」
「正しくは撮影の取材ではなく、その君が貰ったというリップだ。どう考えたって怪しい。」
あぁ、なるほど。一度現物を見たいというのは、露伴が考えそうな事だ。だけど、何がどうしてかは分からないが、あのリップは良いものではないのは確か。露伴にも危険が及ぶのは避けたいが…それと同じくらい、あの花園かのんに露伴を近づけたくないというのが本音。
「大丈夫だ。僕にはヘブンズドアがある。」
露伴が言いたいのは、もしも危なくなってもヘブンズドアで対処できるという事だろう。
掻い摘んで説明はしたが、花園かのんについて─彼女が、露伴のファンである事などは話していない。それは今回の例のリップとは、別問題だと思ったからだ。
「リップを持ってくれば問題ないんじゃないかな。…それに私、露伴がいたら演技に支障が…。」
「はぁ?……ふむ。…君、なんか隠してるだろ。」
「…えと…、隠してるという程では…。」
「じゃあ何だよ。返答によっては、別の手を考えてやるよ。」
「う…。……その前に、露伴の補充をさせて…。」
「補充って…、あぁ。」
こんな時に何を言ってるんだと思われただろうか、と少し心配したが"補充"と聞いてその意味を察した露伴は最初呆れた様な表情を見せたあと、フッと顔を綻ばせた。優しい表情を見るに、どうやら大丈夫だったらしい。
「君は僕が寝てる間、僕に触れていたじゃないか。」
「それじゃ足りないよ。露伴の目を見てお話したいし、キスだってしたい。」
「君、随分と甘えん坊になったな。」
それは露伴もだよ、と言い返したかったが、久しぶりの露伴の匂いと温もりに包まれてどうでも良くなってしまった。はぁ…癒される…。
「露伴…、今度はちゃんと、ご飯も食べて夜も眠ってるみたいね。」
「まぁな。そうしないと君、安心して仕事できないだろ?」
「ふふ、じゃあ私のために?嬉しい。」
「僕のせいで君の仕事に支障をきたすのは、不本意だからな。」
「露伴のそういうところ、大好き。」
露伴は私の仕事を理解し、いつも応援してくれる。私も、露伴の仕事を理解できているかは分からないが応援しているし、力になれる事があれば手助けしたい。私達ってもしかして、もう既にちゃんと、夫婦になれているんじゃないだろうか?そうだったら嬉しい。
「なまえ。」
キスの合間に私を呼ぶ露伴の声や視線に脳内が痺れて蕩けて、体温が上がっていくのが分かる。あぁ、幸せ。数日まともに会えていなかったのにもう、満たされている。
「露伴、今の私、読んでみてよ。」
「…君はいつ読んだって、変わらないだろ。…ヘブンズドア。」
バラバラ、と左肩の辺りが解ける感覚。見るまでもないと言いながらも読んでくれるのは、私の願いを聞き入れてくれたという事で。多少なりとも自分の意見よりも私の要望を優先してくれたという事実は、更に私を露伴から離れられなくする要因になるのだが、露伴はそれでいいのだろうか?
「…!…おい、待て。いつもと違うぞ。」
「えっ?」
「"僕と花園かのんを近づけたくない"と書いているが?…へぇ、なるほどな。」
「あっ、えぇと…私、ネガティブな感情は、書いてないんじゃ…!」
「あぁ、そのはずだったんだがな。…ふむ…、なぜ読めるようになったのかは気になるが、あとでゆっくり考察しよう。それで、この"花園かのん"についてだが。」
私はただ露伴に、今この瞬間にどれほど露伴の事で頭がいっぱいか知ってもらいたかっただけなのに。どうしても隠したかった訳ではないが、それにしたってこんな風にバレるなんて、そんなのって、酷い。
「君…もしかして不安なのか?…いや、少し違うか…。」
不安なんて、なくはないだろうがちっぽけなものだ。私のはそれよりもっと黒色に近い感情で…。…私は、露伴には私以外の女の人を見てほしくない。私だけを見ていてほしいという、独占欲。そんな事を頭に思い描いてしまったものだから、スゥ、と肩口の開いたページにはその文字が浮かび上がってしまって、慌てて右手で隠した。
「…おい。」
「だ、だって露伴、そういうの、煩わしいでしょう?」
「……僕は君に、そんな事を言った事があるか?」
「え…、いや…、ない、けど…。」
「はぁ…。君、僕の事よく分かっているようで分かってないな。」
そんな馬鹿な。私は誰よりも、岸辺露伴という人間を分かっている。はずだ。露伴が無意識にやっている小さな仕草だって、その意味や意図が分かる。それが…それが勘違いだなんて、あるわけが…。
「確かに、僕は元々、そういうのは嫌いだ。想像しただけで鳥肌が立つ。だが君なら…君が相手なら、大丈夫なんだ。鳥肌が立つような行為も、君とならなんだって、……。…クソ……。」
「……露伴。」
「…今の君の"独占欲"だって、嬉しいと思ったよ、正直な。」
そんな。そんなの、岸辺露伴じゃない。私の知っている岸辺露伴は……露伴先生、は…。
「本当、ムカつくよな。君はそうやって、僕から僕らしさを奪っていくんだ。」
「わ、私に、そこまでの影響力は…!」
「はぁ?じゃあこの僕が嘘をついてるとでも?」
「ちが、…だって、私の知ってる露伴先生は…!」
「人はな、変わっていくんだよ。それも本人の意思とは関係なく。君はまさか、こんな僕は嫌いなんて言わないよな?」
「っ…!!」
自信満々に、そして挑発的に、ニヤ、と悪い笑みを浮かべた露伴を見て、心臓がドクンと音を立てた。こんなのずるい。かっこよすぎる。私がどんな露伴だって好きだと言うのを、分かって言ってる。ずるい。もう既にこんなに好きなのに、数分前より、数秒前よりも露伴の事が好きになってる。
「大好きに、決まってるじゃないですか…っ!!」
「ふ…はは、敬語に戻ってるぜ。」
こんな露伴は、知らない。いや、最近の露伴はずっと、こうだった。身をもって知っていたはずだ。
私だけじゃなかった。私だけが、想っているわけじゃなかった。直接"好きだ"とかそういった言葉を言われたわけじゃないけど、そこは露伴らしいところだから、いい。言ってくれなくったって、こんなにも幸せだから。