動かない
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「……なまえ、さん。」
東京からS市まで、新幹線で約2時間。タクシー乗り場まで早足で移動中に後ろから呼びかけられ足を止める。この声は最近聞いた覚えがあり、残念ながらそれは、あまりいい記憶ではなかった。
「…橋本、陽馬くん…。」
あれからまだ2週間も経っていないというのに、彼は怪我ひとつない姿でそこにいた。露伴は指の骨を3本も折られ、不自由な生活をしているというのに。
「安心してください。僕はあなたに、何もしませんから。」
「……そう。」
確かにあの時感じた、露伴に向けられた殺気や狂気のようなものは今は感じられない。演技でそれを隠すというような芸当は、今の彼にはまだ、できないだろう。
そう結論づけてから、彼の顔を見た時から自然と硬くなっていた肩の力を抜いた。
「私は、あなたが露伴に怪我をさせた事、許さないからね。」
「…それは、別にいいです。」
「じゃあ、私に何の用?」
「そうですね……。あなたに、会いたくて来ました。」
その言葉は、意外だった。だって彼は、露伴に執着していると思っていたから。あんな事をしでかすくらいに。
「あなたはたった1度顔を合わせた俺を、ずっと覚えていてくれた。俺はそれが、嬉しかった…。ありがとう。」
「…ごめんだけど、別にあなただから覚えていたわけじゃないの。みんなの事、覚えてるよ。」
「それでも、いいんです。俺の事を見てくれる人が1人でもいるって、分かったんで。」
「…そう。」
「用はそれだけです。俺、近々引っ越すんで、安心してください。…もしも引っ越して尚露伴先生に会う事があれば、その時はよろしくとお伝えください。」
「!待って…!」
まだ、諦めてなかったのか…!"待って"と伸ばした手は彼を捕える事はできず、空振った。走り去る背中を追いかけて、追いつくという事は、私にはできない。彼の背中は、あっという間に見えなくなってしまった。
「橋本…陽馬くん…。」
もう二度と、会う事がなければいいが。
「はぁ!?橋本陽馬に会った!?」
「うん。」
「…何も、されてはないようだな…。」
「大丈夫。ただ、少しお話をしただけ。」
あの時の彼──橋本陽馬の様子を思い出す。前の命の危険を感じるような雰囲気は綺麗さっぱり消え去って、何か吹っ切れたような…別人に生まれ変わったかのような変わりようだった。彼の中で、何かが変わったのかもしれない。何がどう変わったのかなんてものは、分かりようもないのだが。
「…もしかして露伴、心配してくれてるの?」
「はぁ…?っ、当たり前だろ…!」
「ふふ、嬉しい。ありがと。…でも、本当に大丈夫だよ。」
彼のあの様子…、何となくだが、もうあちらから近づいて何かをしようとはしない気がする。わざわざ私ひとりの時に声をかけてきて、「ありがとう」と言っていたのだから、きっとそうだ。
「彼、どこかに引っ越すんだって。だからもう、大丈夫。」
私が、彼の事を忘れない限りは、大丈夫。
「あ、でもね、引っ越して尚露伴と会う事があれば、その時はよろしくって。」
「……それは、大丈夫と言えるのか…?」
「会わなきゃ大丈夫、でしょ?」
それにきっともう、会う事はない。ただの私の、勘だけど。