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「なまえちゃん、最近かわいくなったね。」
久しぶりにドラマの仕事を受け、その顔合わせでやってきたテレビ局内。これまた久しぶりに会った監督と顔を合わせた瞬間に言われたのがこれだ。
「はは、ごめんごめん。いや、元々君はかわいかったな。結婚して、大人の魅力が出てきたんじゃないか?」
「そうですか?自分の事は、よく分からなくて…。」
「今回の役、いつも君が演じているような役とは違うだろう?最近の君の雰囲気に合うと思ってね。」
今回もらった役は、どちらかと言えば悪女。今までは事務所の意向で純粋無垢、純情可憐な役ばかり受けていたのだが、今回のオファーはたまたま私がその場に居合わせ、即OKした。そろそろ違う役もやらなければ、この仕事を続けている意味がない。
「本当ですか?確かにいつもとは違うなとは思ってましたけど、楽しみです!今の言葉を聞いて、さらに楽しみになりました。」
「僕から君への指示はただひとつ。君のその"圧倒的透明感"を徹底的に抑えてくれ。」
「透明感…。私に自覚はないんですけど…、分かりました。善処します。」
透明感。人気が出てきた頃に事務所が私につけたキャッチコピーのようなもの。それが今、この役を演じるにあたって障害になりつつある。
「露伴。相談があるんだけど、いい?」
感情のコントロールや所作は、もう自分で何とかできる。しかし今回のこの"透明感"というものはあまりにも抽象的すぎて、尚且つ私自身が自覚していない事柄のため抑え方が分からない。ならばどうするかと考えて、人の力を借りるという結論に至った。
「…透明感は、その人から滲み出るオーラのようなものだと思うんだが…。そうだな…一番手っ取り早いのは、見た目を変える事だ。」
「見た目かぁ…。」
「濃いメイクをするとか、黒い服を着るとかだな。」
「…露伴、メイクできる?」
「あぁ、お安い御用だ。」
貰ったばかりの1話目から3話目の台本は読んだ。演技に関しては、なんの問題もない。むしろ自信すらある。しかし、今まで意識してこなかった透明感というものは……果たして私に消す事ができるだろうか?
「君、楽しそうだな。」
「楽しそう…。…そう?」
「あぁ。最近、君の感情は分かりやすくなってきている。僕の思い違いでなければな。」
「…露伴の前では、なるべくその時の感情を出すように心がけてるの。たまに混乱する時もあるけど、何かあれば、露伴がヘブンズドアで何とかしてくれると…、…ごめんね、勝手に。」
「いや、構わん。むしろ頼られているようで、嬉しい。」
スル、と優しく頬を撫でられた、と思ったが、ただメイクをされているだけであった。露伴の手つきが優しくて気持ちよくて、思わず目を閉じる。
「私はね、自分が何を好きで、何が嫌いかも、分からないの。ただね、絶対的に、露伴の事は好きなの。とっても大事。」
「……、…そうか。」
「あ。あと、お仕事も好きで、大事。私がこうなったのはお仕事の影響だけど、だからといって捨てる事もできなくて……。」
「……。」
「!」
唇に温かくて、柔らかいもの──露伴の唇が触れたのが分かって、思わず目を開ける。案の定目の前には露伴の瞳があって、そして離れていった。その顔は、少し赤い。
「君な……。…僕は君の、仕事に対する真剣さや情熱、想いだって、全て知ってるんだぞ。」
「え…、うん。…ありがとう…。」
「それと……僕を並べるなんて…。君の、僕を好きだという気持ちを、舐めていたみたいだ…!」
まさか、あの露伴が。あの岸辺露伴が。私の気持ちを知って顔を赤くして、照れている、なんて…!
「そりゃ、私にとって露伴は大切で、大事だよ!だって私の事をきちんと正面から見てくれて、見てくれだけで判断しない。努力だって、評価してくれる。私の問題だって、寄り添って一緒に考えてくれて…、そんなの、好きにならない方がおかしい。私は、仕事も露伴も、どっちも欲しいの。」
「……、…君、ストレートすぎないか?」
「露伴には、私の全部を知ってほしいの。ヘブンズドアでちゃんと読めないんだもの。私がちゃんと、正しく言わなきゃ。露伴、私の言葉、信じてくれる?」
「…あぁ。それは信じている。心配するな。」
「じゃあ、もっと聞いてほしい。私がどれだけ露伴を大事に想ってるか。」
「待て。その前に、メイクが先だ。君、そんなんじゃいつまで経っても透明感とやらに悩まされるぜ。」
「ん…、分かった…。そうだね。」
私が言い出した事なのに、危うく脱線させてしまうことろだった。上手く躱されたようにも見えなくもないが、露伴に私の気持ちを伝える時間はまだたくさんある。同じ家に住んで、毎日顔を合わせるのだから。
「どうだ?」
「わぁ…!すごい!いつもの私じゃないみたい!」
鏡の中に映る私は本当に私か?途中露伴が丁寧に説明を入れてくれていたが、ファンデーションをマットな物にしてアイラインは長く、シェーディングやハイライトをしっかり入れ鋭利な雰囲気になった。
「露伴…天才?」
「メイクと呼べるかは分からないが、絵を描くのと同じだと思えばなんという事もない。」
「さすが露伴…。かっこいい…。」
もはや流石としか言いようがない。
「露伴から見て、透明感は消えたように見える?」
露伴の腕は確かだが、問題はそこである。これでまだ残っていると言われては、また新しい手を考えなくてはならない。
「まぁ、消えたかと言われれば消えてないな。」
「えぇっ!?」
なんともストレート。露伴のそういう包み隠さず言うところは好きだが、これは困った事になった。一体、何がいけないというのか。
「大丈夫だ。ほとんど抑えられているし、君なら何とかできる。あとの問題は…君の、その目だな。」
「目…?」
「ハァ…。君には自覚がないと思うから言うんだが……。僕に向ける視線が、純粋すぎる。」
「?……そう、なの?」
「あぁ、そうだ。こっちが恥ずかしくなるくらい、僕に全幅の信頼を置いているのが伝わってくる。」
「!その通りだよ!」
「君は犬か…。」
あ、露伴、また照れてる。
その露伴の姿を見ていると、なんだか胸の辺りがギューッと締め付けられて、ドキドキする。多分これは、愛おしい、かな。少し苦しいけど、幸せな苦しさだ。
「何はともあれ、撮影現場には僕以外の人間が大勢いる。だから心配しなくていいだろ。」
「そっか…。」
つまりはぶっつけ本番という事か。撮影が始まってから、どう見えるか。監督にOKを貰えるかは、あとは私の演技力にかかっているという事。なら、大丈夫だ。問題ない。なんてったってあの岸辺露伴のOKが出たのだから。
「ありがと、露伴。露伴がいてくれるだけで、私、なんでもできそう。」
「そうかよ。…ほら、早くメイク落としてこいよ。その姿は、落ち着かない。」
あ、また照れてる。露伴は意外と、かわいいんだな。またひとつ、露伴の好きなところを知れた。