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「露伴のばか…。」
全治4週間。逃げるようにビルを出てタクシーを捕まえて、駆け込んだ病院でそう診断された。診断された時にショックを受けたのは僕ではなくなまえの方で、その拍子に無理やり抑えた涙が決壊したダムのように次から次へと溢れて…それで、さっきの台詞だ。
彼女の言う通り、馬鹿な事をした。勝負を挑まれてそれを受けた時点で、どう転んだって僕はこうなる運命だった。そしてそれを僕は、事前に予測できていたのだ。その上で乗ったのだから、本当にこれは、僕が悪い。
「そうだな…弁明のしようがない。悪かった、なまえ。」
無事だった左手で涙を拭ってやると、彼女の瞳がこちらを見た。「ばか」と言った癖にその目には悲しいという感情しか無く、それが僕の中の罪悪感を増長させる。
しかし彼女の口から出たのは僕にとっては意外な言葉で、しかしとても、彼女らしい言葉だった。
「謝るのは…私じゃなくて、露伴のファンに…でしょう?」
咄嗟に、言葉が出てこない。自身があんなに怖い思いをしておきながら、僕に怒るでもなく、怖かったと泣いて縋るわけでもなく、僕の、僕の漫画のファンの心配をするなんて。
「たしかに…、怖かったよ…。目の前で、ろはん、怪我するし…まど、割れてるし……。」
「……うん。」
「あのときは、露伴が死んじゃうとおもって、こわかった…。それくらい、あのくうきは、異様だった……。でも…、ろはんの指、明らかに骨がおれてたからッ…!まんが、描けなくなったらどうしよう、って…!」
ふたたび僕にしがみついて泣き始めたなまえは、見ているこっちも泣きたくなるほどに肩を震わせていて思わず自身の唇を噛んだ。今回ばかりは、本当に、心から反省している。
「僕は…大丈夫だ、なまえ。ちゃんと漫画も描けるようになる。どうしようもならなくなったら、仗助の奴に治させるさ。」
「じょうすけ…?」
以前会った事があるはずだが、彼女は不思議そうな顔でこちらを見上げた。まさかなまえに限って覚えていない事はないはずだが…と考えて、思い出した。僕はまだ、仗助のスタンドの話をなまえにしていないのだと。
「僕の、ヘブンズドア、あるだろ?あれと似たような力が、仗助にもあるんだ。」
「……そうなの?」
「あぁ。アイツのは、物でも人でも、何でも直せるんだ。パーツさえ揃っていればな。」
「!!…じゃあ、今すぐ行こう!」
「ッ待て!…言っただろ、どうしようもならなくなったらって。僕は奴に借りを作るのはゴメンだ。」
「そッ…!」
立ち上がりかけたなまえを制止すると、彼女は何か言いたげだったが言葉を飲み込み、やがてベンチへ腰を下ろし力なく僕の胸に戻ってきた。
「仗助と露伴…2人揃ったら、無敵じゃない…。」
「……僕は揃いたくないけどな。」
なまえが本当の意味で落ち着きを取り戻した事で、ようやく僕の体の力も抜けた。今回は本当にやばかった。できる事ならば今すぐここで、横になりたいくらいだ。
「…君に被害がなくて、良かった。」
サラ、と彼女の髪の毛を撫でると、シャンプーのいい香りが広がった。そういえば、直前にはシャワーを浴びたんだったな…と眺めていると徐ろに彼女の瞳がこちらを向いた。それは真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐで、思わず色んな意味でドキリとした。
「……、露伴…。今、キスしてもいい…?」
「……それは…、今じゃなきゃダメか?」
病院側の配慮で人気のないところにいさせてもらってはいるが、病院は病院。それも救急なので、いつ人が来るかも分からないのにだ。
なまえは自分で聞いたくせに譲る気はないらしく、ズイ、とその整った顔をこちらに近づけた。
「今すぐじゃなきゃダメ。」
返答を待たずにゆっくりと近づいてくる、彼女の唇。手は痛むし後ろは壁だし、そもそも僕は逃げるつもりはない。そのまま静かに、唇が重なった。
「なまえ…暑い。少し離れてくれ。」
「やだ。目を離すと露伴、すぐに動き回るもの。ちゃんと近くで見てなきゃ、安心できない。」
「だからといって、こうもピッタリくっつかなくても良いだろ?」
あの件から1週間。なまえは仕事で忙しくしながらも時間さえあれば家に帰っては僕の世話をしてくれている。それが余計に罪悪感を煽っていたのだが、1週間の間ピッタリとくっつかれては動きづらくて仕方がない。今だってベッドに腰掛ける僕の膝の上に頭を乗せて、動きを制限されている。初めて彼女の事が鬱陶しく思えてきている、今日この頃。
「君、意外と心配性で、過保護なんだな。」
「……露伴は意外と、子供みたいね。」
「それを言ったら君もだろ。こうして僕にしがみついて、離さないしな。」
「それはただ単に、私が露伴に甘えたいだけ。こうしてると、安心する事に気づいたの。それに、幸せ〜って、頭がふわふわするし…。」
なんだ、それ。そんな事を言われてしまっては、引き剥がす事なんてできなくなってしまうじゃあないか。なるほど。もしやこれが、惚れた弱みというやつか。なかなか悪くない。
「……橋本陽馬くん、最後の最後に、私を見てた。その時の顔が悲しそうで、悔しそうで…。」
「…そうか…、なまえ…君、疲れてるだろ。離れないから、少し眠るといい。」
「…うん。…ありがとう、露伴。3時に起こしてくれる?」
「あぁ。おやすみ、なまえ。」
毎日東京と杜王町を行き来し夜遅くなってから帰ってくる事もザラにあるなまえ。特にこの1週間は僕の事を心配してスキマ時間にもわざわざ帰ってきているため特にあまり眠れていないはずだ。今日は夕方からS市でテレビ番組に出ると言っていたから、帰ってくるのは暗くなってからになりそうだ。
ややあって寝息を立て始めたなまえを眺めて改めて、なまえを守れてよかったと、安堵する。
自身の右手よりも、守りたいと…守らなければと思った。それは僕の人生において初めての経験。
今回ばかりは本当に後悔している。それにさすがに、この僕だって反省だってしている。こんな事、二度とごめんだ。
「…ん、……。」
「起きたか?」
3時まであと15分というところで、僕の膝の上でなまえは薄らと瞼を開けた。もう一度閉じて数秒瞑想したのちに開かれた目からは眠気はもう感じられず、仰向けになり静かに、身体を伸ばした。
「おはよう露伴。ちゃんと逃げずにいてくれたんだね。」
「疲れてる君を起こすわけにはいかないだろ。」
「…露伴のそういうところ、好き。」
「そうか。それは良かった。」
「だからね、キスしたい。キスして、露伴。」
愛おしげな表情でこちらを見上げる彼女が、愛おしくて堪らない。僕は今、一体どんな顔をしているだろうか。とてもじゃないが、なまえ以外には見られたくない、そんな顔をしているに違いない。