結婚してみる
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「みなさん、私たちの結婚を祝福して頂いて、ありがとうございます。どこに行ってもおめでとうと言ってもらえて、とっても嬉しいです。」
今日も今日とて、テレビを点けるとなまえの姿ばかり。2人でホテルで話してから2日が経った今日もだ。あの後「すぐ帰る…明日帰る…」と言って本当にすぐにでも帰ろうとしていた彼女だったが、家の周りにはまだ数人の記者が彷徨いているからと説得をした。のだが…それが彼女を動かす原動力になっていたのを今知った。
「私、夫の住む街に引っ越してからほとんど外を出歩いていないんです。夫が、私が街に出ると騒ぎになるって心配してくれてて。」
「確かに、なまえちゃんがいきなり自分の住む街にいたら驚くし騒ぎになりそうだよねぇ。」
「私もスーパーに行ったり、コンビニに行くくらいしますよ。…でも、今はまだ気軽には外を出歩けなくて。せっかく知らない地に引っ越したのに、残念です。」
「それはどういう意味で?」
「実は自宅の周りにまだ記者さん達がいるみたいで。私たちに注目してくださるのは嬉しいですけど、ご近所さん達にご迷惑がかからないか、心配です。」
「なるほどねぇ。」
さすがは国民的女優だな、と感心した。僕らが迷惑を被っているとは言わず、元々そこに暮らしていた住民を気遣う言葉で同情を誘うなんて、彼女の表情管理が完璧な事も相まって簡単な事のように映っている。
「せっかくこうしてテレビに映してもらってるので、その記者さん達に向けてお願い事をさせてもらってもいいですか?」
「いいよいいよ。じゃああのカメラに向かってどうぞ。」
「ありがとうございます!」
「30秒ね!」
「はい。…それでは…。まず、私で良ければ、時間が許す限りテレビでもラジオでも新聞でも、それこそ地域新聞でも、出演致します。だからS市の皆さんの日常を守る、お手伝いをしてください。自宅の周りだったり、駅だったり、そういったところで私や岸辺露伴に取材をするのを控えて頂くだけで構いません。私も夫も、ただ結婚したというだけで今までと何も、変わりはありませんから。それでも諦めない記者さんがいたら、金輪際出演NGですからねっ!」
「えぇ〜!それはまずいね!今自分の事かもと思った記者さん!今すぐ帰る事をおすすめします!」
「ふふ、本気ですよ〜。」
彼女の柔らかい笑みが映ったところで、ちょうどCMに入った。
彼女自らが仕事を断る事のできる地位にいる事は、一目瞭然だ。そうじゃなければ、今みたいに自宅に記者が集まる事なんてないのだから。記者たちからしてみればこの条件の提示はかなり効いた事だろう。
チラリとカーテンの隙間から外を覗くと、数人の記者が早速電話をしながら慌てたように去っていくところで。残った記者は何事かとその様子を不思議そうに眺めていたが、この分だと今日中には全員帰る事になるだろう。本当、自分の妻の影響力が怖い。
「いや〜、CM前のなまえちゃんの宣言を聞いて、もう何人か帰ったんじゃない?」
「そうだといいですね。夫の仕事にも支障が出ると困りますし、皆さんお願いしますね。」
純粋無垢そうなキラキラした笑顔で念を押す彼女。内心は本気で迷惑だと思っているに違いないのに、それをおくびにも出さないなんて、やっぱり彼女はプロだ。
「ただいま〜。露伴〜!」
朝のニュース番組で見てから半日ほど経った頃、家の鍵を開けて実に数日ぶりに帰ってきたなまえは、案の定とても機嫌が良さそうだった。
「あぁ、おかえり。朝のニュース番組、見てたよ。」
「本当?言ってみて良かった。目に見えるところには、1人もいなかったよ。これで少しは、外に出られるね。」
ぎゅう、と自然に僕の体を抱きしめる彼女の、かわいい事よ。
「もう少ししたら、春になるね。そうしたら、露伴と桜を見に行きたいな。」
「桜か…どうせなら、まだ行った事のない桜の名所に行って取材もしたいな。」
「取材…。露伴、私も取材に同行させてくれるの?」
「当たり前だろ。そもそも、桜と君は絶対に合う。いや、桜だけじゃあないな。向日葵や椿、彼岸花だって似合いそうだ。季節毎に色んな花を見に行くものいいかもしれないな。…なんだ。何笑ってる。」
言葉を紡ぎながら視線を感じて少し視線を下げると、楽しそうに…いや、嬉しそうに笑う彼女と視線がかち合った。最初に比べると随分、彼女の表情が読めるようになってきた。
「露伴が、春よりもっと先も私と一緒にいる想像をしてくれてるのが、嬉しくて。」
言われてみればそうだ。当たり前に桜の季節も向日葵の季節も彼岸花の季節も、椿の季節まで、想像できた。ただ単にこういう花が似合うと思ったといえばそうなのだが、ご丁寧に季節の花を無意識に選んでいるあたり、そういう事なのだろう。
「なまえ。明日時間あるか?」
「明日?あるよ。17時から2時間くらいは杜王町でラジオ番組に出るけど、それだけ。」
「そうか。じゃあ、明日は外に出かけてみよう。その後は収録に間に合うよう、僕がスタジオまで送るよ。」
「えっ!本当に!?」
「それはどっちに対する"本当に?"だ。」
「どっちも!露伴と出かけるのも嬉しいし、送ってくれるのも嬉しい。」
「それならどっちも本当だよ。なんなら終わる頃には迎えもな。」
「そんな至れり尽くせりでいいの…?」
「あぁ。どうやら僕は、君に毒されてしまったようでな。例え恋人だとしてもベタベタしたり甘やかしたりするのは好きじゃなかったはずなんだが…どうやらそれは間違いだった事に、最近気がついたんだ。」
気がついたというよりは、気づかされたの方が近いか。いや、実は前から薄々勘づいてはいたが気がつかないフリをしていただけ、か。
「今まで僕がしてきたのは、本当におままごとのような恋愛の真似事だったんだ。だからきっと、そういった甘えたりだとか引っ付いたりだとか、一般的な恋人達がするような行為に違和感があったんだよ。」
「…それは、私もそうかも…。振られる理由も、いつも同じだし。」
「"本当に自分の事が好きなのか"か?」
これは、恋人だった人間に必ずと言っていいほど自身が言われた言葉である。彼女も同じだったようで、静かに首を縦に振った。
「露伴は、私と同じだと思った。恋愛経験は人並みにあっても、何のために恋愛をするのか…途中で、この時間や行為に意味はあるのか、って考えて、冷めちゃって…。…それに、好きとか嫌いとか、よく分からないし…。」
「正直それは僕もよく分からなかったが…。…君、僕の事が好きなんじゃあなかったか?」
まさかそれすらも勘違いか?と若干不安になりながらもストレートに問うてみると、彼女は慌てたように「ち、違うんです!」と必死になって否定した。それを見た僕は内心ホッと胸を撫で下ろしつつ、外ではなんでもないように笑ってみせた。