結婚してみる
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プルルルル…
「…、…まずい。」
今何時だ?というか、今日は何月何日だ?
先日康一くん達に頼んだお使いは、目の前に広がる書籍の山。康一くんに呼び戻された仗助達は僕からの用事だと分かるや否やブーブー文句を垂れていたが、書籍を買う用のカードとは別に現金を手渡してやったら仕方なくといった風ではあったが最終的には頼まれてくれた。全く、使い勝手がいい奴だ。
着信音を鳴らし続ける携帯電話のディスプレイに書かれていたのは、なまえの名前。結婚を発表したタイミングで杜王グランドホテルに避難してから連絡を取れていなかったため、随分久しぶりだ。
「もしもし。」
「もしもし露伴先生ですか。」
ホテルに避難したからと言ってゆっくりできていたわけではないと思うのだが、彼女の声はいつもと変わらない、疲れを感じさせない声色であった。むしろこちらの疲れをも吸い取ってくれるような気さえしてくるのだから、恐ろしい奴だ。
「露伴先生、ちゃんとご飯は食べられてますか?数日間ご連絡できなかったので、心配だったんです。」
「あぁ…。まぁ、それなりにちゃんとやってるよ。」
時間を忘れるくらい本を読み耽っていた手前、後ろめたさが邪魔をしてハッキリと「問題ない」とは言えなかった。読書に集中していたお陰で、まともに食事を摂っていなかったからだ。それを自覚した途端、自身の腹が情けなくグゥ、と音を立てた。
「…腹が減った。」
「ふふ…、露伴先生、これからお昼ですか?」
「そうだな。」
「じゃあ、どうにかしてホテルまで来てくれませんか?そろそろ露伴先生に会いたいです。ルームサービスでも頼みましょう。」
現在の時刻は13時を少し回った頃。少しばかり遅い昼食にはなるが、今さら自分で何かを作る気にもならない。外に食べに行くのも絶対ナシだ。となれば出前を取る事になるが、待つ時間の事を考慮すると彼女からのお誘いはとても魅力的に見えた。と、言い訳させて貰おう。
「あぁ、それは良いな。分かった、腹も限界だし、すぐ行くよ。」
「はい、お待ちしてます。」
ただ家でただ出前が届くのを待つよりも、こちらから飯を食いに行く方が気持ち的に良いってだけだ。
「露伴先生!」
案内された部屋は随分と広く、それも景色のいい部屋と見た。窓があるであろう方向からは存分に陽の光が入り込んでいる。
「あぁ、久しぶりだな」と軽い挨拶をして部屋に入ると既に料理がテーブルに広げられており、しかしまだ温かいのかスープからは湯気が上がっている。ホテルマンももちろんだが、やはりなまえという人間は気遣いが細かくスケジュール管理が完璧だ。
各々席につき、静かに夕食の時間が始まった。
「君、よく時間が取れたな。君に出演して欲しいというテレビ局はまだわんさといるだろうに。」
「本当、忙しいです。私は俳優の仕事がしたいのであって、テレビなら何でもいいわけじゃないのに。」
「まぁ、そうだな。」
「露伴先生は……、…少し、痩せましたか?」
ギクリ、
さすがの観察眼、と言う他ない。じっと見つめられている瞬間から居心地の悪さを感じてしまい、恐らく彼女にはそれがバレてしまったであろう事は明白だ。
「…少し気になる事があって、書籍を買ったんだ。それを片っ端から読んでいたら、な。」
「えっ、まさか飲まず食わずで?」
「いや、気づいた時にはちゃんと食ってたさ。ただ、不規則にはなっていたな。」
「もう!ダメじゃないですか!何事も健康第一ですし、心配です!」
"心配"か。僕は彼女に、心配をかけていたのか。
そう自覚すると申し訳ないやら情けないやら、しかし少し嬉しくもあり、不思議な感覚を感じた。今までの僕の人生の中で、抱いた事のない感覚。
「……、…露伴先生?」
「…いや、…何でもない。」
またひとつ、気になる事ができてしまった。今感じたこの感覚、感情の正体は。…いや、今はまだ、知らなくていい。そう考える事すら普段の僕からは考えられない事ではあるのだが、これは恐らくなまえの影響で、そして康一くんの見立てが正しければ、それは悪い事ではないらしい。そう、むしろいい事だ。
「……なぁ、なまえ。」
「はい。何ですか、露伴先生。」
「早く帰ってきてくれよ。僕は君がいないとこの通り、まともに生活できなくなってしまった。……それに、普通に寂しい。」
「!」
僕は何を言っているんだ。僕らしくもない。それでもやっぱり、気恥しさはあるものの悪い気もしない。変だ。どう考えても。だってそうだろ。この岸辺露伴が、素直な言葉を吐くなんて。それもこれも、目の前にいる妻、なまえのせいだ。
「…らしくない事を言ったな。聞かなかった事にしてくれ。」
「えっ、…はい…。………、っ露伴先生、無理ですっ…!!」
「はぁ…?」
「う、嬉しくて…、聞かなかった事には、できません…!」
ごめんなさい…と頭を下げる彼女は両手で頬を隠していたが、僅かに見えている箇所がピンク色に染まっていて。おまけに持ち上げられて顕になった顔は眉も目尻がこれでもかというくらいに下がっているし、逆に上がった口角は簡単に戻りそうもなさそうだ。よくもまぁ、たったあれだけでここまで喜べるものだ。
「…駄目だ。忘れろ。」
「う…、嫌です…嬉しいから、忘れたくないです。」
「ヘブンズドアで消してやろうか。」
「だっ…!駄目です!読むのはいいけど、消すのは嫌ですっ!私、誰にも言いませんから!」
「……あぁ、分かった分かった。」
大袈裟なやつだな。僕としては忘れてほしいものだが、ここまで拒絶するのも珍しい…というか、初めて見るため、仕方ないが折れてやる。いつも記憶を読ませてもらっている、対価と思えばいい。
「ご馳走様でした。……露伴先生。」
「…なんだ。」
「今日…泊まって行かれますか?」
…それは、そういう意味か、とは聞けなかった。彼女の顔には、そういった意味は含まれていないように映ったからだ。少なくとも、僕の目には。
「そうだな…。君と、話したい事もあるしな。」
「ふふ。露伴先生、せっかちですからね。話せる時に、話しましょう。」
「せっかちね…、…行動力がある、と言ってくれるか?」
「そうですね。時間を無駄にするのは勿体ないですし。」
「…おい、その話し方……。君、なんだか結婚する前に戻ってないか?なまえ。」
「……、露伴先生に会うのが久しぶりすぎて、今さらですけど緊張してきちゃいました。」
「久しぶりか…確かにそうかもな。……じゃあ、君と僕との距離感を思い出すために、とりあえずキスでもするか?」
「!……はい。」
ススス、と素直に近寄ってくる彼女を軽く抱きしめてひと息つくと、数日ぶりの彼女の香りが鼻腔を擽った。結婚した今となっては、一番安心する、落ち着く香り。そしてややあって重なった唇の感触も、もうしっくりくるといってもいいほどに心地いい。食事を摂った直後だというのに、なんだか甘い気がする。
「露伴先生。」
「こういう時に、先生はやめてくれ。」
「……露伴。」
「あぁ、なんだ。」
「…ふふ、呼んだだけ。呼びたくなっちゃった。」
全く。こんなバカみたいなやりとりも、彼女がやるとかわいく見えてきて困る。