結婚してみる
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
数分間、仗助、億泰、康一くんから聞いたみょうじなまえという人間のイメージは大体が予想していた通りのもので、大した収穫はなかった。康一くんはともかく、仗助と億泰に何か期待するだけ無駄だったという事だ。
「はぁ…もういい。君らの感性に期待した、僕が馬鹿だった。」
自分以外の客観的意見も大事かと思ったんだがな。お茶を出す程ではなかった。
「用は済んだ。早く帰れよ。」
シッシッと手で払うと何かぶつくさ文句を垂れながらも家から出て行った。記者に囲まれるかもしれないが、そんなの僕の知った事ではない。
ソファに深く腰掛けてため息を吐く。今の感情はあれだ。稀にあるネタがない時の悲壮感や焦燥感に似ている。いや、似ているどころか、同じかもしれない。全く、嫌な気分だ。
「あの…露伴先生?」
ビク、と体が揺れた。声の主は康一くんで、仗助達と一緒に帰ったと思っていたものだから不意に声をかけられて驚いた。
「康一くん。君も帰ったのかと思っていたよ。」
だらしなくソファに体を預けているところを、康一くんに見られてしまった。それに、いつもよりも声に覇気がないのが自分でも分かってイラついた。
「露伴先生が、なんだか思い悩んでいるように見えて…気になって戻ってきたんです。」
「康一くん…。」
そういえば、前にもこんな事があったな。確かチープ・トリックが背中に取り付いて、何かの冗談だろうと出ていったのに引き返してきたんだったな。全く康一くんは、いつもいつもタイミングが良い。これだから僕は、康一くんが好きなんだ。
「えぇと、違ったら申し訳無いんですけど…。なまえさんの事でしょうか?」
「……あぁ、…そうだよ。」
せっかく戻ってきてくれて、原因も言い当てられたのだ。違うと否定するのもおかしいだろうと、素直に肯定した。そんな僕の姿が予想外だったのか、康一くんは僅かに目を見開いて驚いていたが視線がかち合うと慌てて視線を逸らした。なんだ、そんなに意外か。そうだな、僕だって自分で自分が分からない。
「なまえさんの何で悩んでいるのかは知りませんけど、…今日の露伴先生、いつもの露伴先生らしくないですよ。」
「っ、……そんなの、僕が一番分かってる…!…分かってるんだよ…!!」
ドン、と無意識に机を叩いた右手が痛い。こんな時彼女がいれば「露伴先生、痛くないですか?見せてください」と駆け寄ってきて心配するんだろうなと考えた僕は絶対におかしい。だって、彼女は僕をおかしくさせている元凶なんだぜ。おかしいだろ。
「僕は…、なまえさんといる時の露伴先生、好きですよ。」
「…彼女といる時の、僕…?」
「はい。僕は露伴先生の事、そこまで理解しているわけではないので勘違いかもしれないですけど…。…その、なまえさんといる時の露伴先生は、僕達といる時よりも素直で…。もしかしたら、なまえさんが露伴先生の方が、本当の露伴先生なんじゃあないかと……。」
康一くんは「客観的に見た、僕個人の意見ですけどね」と最後に付け加えて、口を閉ざした。
彼女といる時の、僕は…僕らしくないと思っていた。だが、それが本来の僕で、いつもの僕は取り繕った僕だと…?いや、そんな事はない。そんなわけがない。しかし彼女といる時は何も考えなくてもいいのは確かで、息がしやすいのも、確かだった。僕らしくないと言いつつも、彼女といるのが心地よくて、2人でいるこの時間が悪くないと…いや、むしろいつからか好ましく思っていた。
「そんなわけ、ないだろ…。」
そう口から出たが、説得力がない程に弱々しい声だった。
「はぁー……。悪かった、康一くん。声を荒らげたりして。」
視界を手で覆いため息を吐いて無理やり気持ちを落ち着かせ一言謝罪すると返事がなく、まさかと思い彼を見やるとまたしても意外そうな顔。なんだよ、僕だって悪いと思ったら謝罪ぐらいする。
「…康一くんだから話すけどさぁ、僕が今一番頭を悩ませてるのは、それじゃあないんだよ。」
「あ、そうなんですか?」
「なまえに関わる事には違いないんだが…。彼女、ヘブンズドアで正しく読めないんだよ。」
「えっ!?…というか、露伴先生またなまえさんを読んだんですか!?」
「おい待て。何か誤解しているようだが、勝手には読んでないぜ。彼女、僕に読まれるのが嬉しいらしい。僕にもよく分からんが、僕の興味が自身に向くのが嬉しいとか何とか…。」
おい、なんだその目は。僕だって彼女の事が分からないんだよ。なんせ僕と一緒で、変な奴、だからな。
「今は彼女の真意は関係ない。問題は、彼女の心の内が読めないってところだ。」
ネガティブな感情が書かれていたはずが、徐々に薄くなり読めなくなる。そんなの、未だかつてなまえ以外に見た事がない。素直に認めたくはないが、単純に人と違うから興味が湧いたのとは違い、僕は彼女の本心が知りたい。僕が思い描いている彼女が本当の姿なのか、はたまた全く別の人間なのか。まさかみんなのイメージしているみょうじなまえが本当なのか。それが知りたいから読んだ。それなのに読めなくて、ますます分からなくなった。僕はそれが、悔しいのだ。
「ヘブンズドアに…嘘はつけないはずなんだ。」
それは周知の事実で、僕もそうだと思って使ってきた。それが違ったのだとしたら、僕が今までしてきた事は、水の泡になるわけだが。
「…なまえさんは、嘘をついているわけではないんじゃあないでしょうか?」
「…それは、康一くんの願望じゃあないのか?彼女は、みょうじなまえは、実力派人気女優なんだぜ?」
言ってしまえば演技は、嘘だ。彼女の仕事を悪く言うつもりはないが、彼女はテレビの中で役になりきっているのであって、その人そのものになったわけじゃあない。
「いわゆるカメレオン俳優っているじゃないですか。どんな役でもやれる人。なまえさんもそうだと思うんですけど、そういう人って、自分が分からなくなるって言いますよね?色んな役になりきるから、どれが自分だったのか、分からなくなるって。」
「……、…解離性、障害だと…?」
「その辺は僕は詳しくはないですけど、別にありえない話ではないんじゃあないでしょうか。」
「…そう、だな…。」
ありえない事なんか、この世界にひとつもないんだ。それは僕自身が、よく知っているはずだ。
「康一くん。今すぐ亀友デパートへ行こう。」
「えっ、今ですか?露伴先生は今、なまえさんと同じくらい、時の人ですよ?人だかりができちゃいますよ。」
「なぜ僕が他人に配慮なんかしなきゃいけないんだ。僕は普通に、買い物をしに行くだけだ。」
「……人だかりができたら、その中心は露伴先生なんです。その状況で、ゆっくり買い物なんてできると思いますか?」
「……チッ。なまえが言ってたのはこれか。」
事前に彼女からは「結婚を発表したら、露伴先生も注目の的になると思います。記者や通行人に囲まれたりだとか、平穏な生活が送れなかったりだとか…」と心配した様子だったが、僕は普段家にいるか遠出をするかのどちらかだったため「問題ない」と返したのだった。杜王町を気軽に出歩くのをしばらくの間だけ我慢すればいいと思っていたのだ。それがまさか、こんな事態になるなんて。
「康一くん。君とは昨日のうちに話しておけば良かったよ。」
本当、なんてタイミングなんだ。昨日までは普段通り、外を出歩けていたというのに。
「康一くん、頼みがある。礼は弾むからおつかいに行ってきてくれ。なんなら仗助達を連れて行ってもいい。」
「…別にいいですよ、お礼なんて。それで、何を買ってくればいいんですか?」
自分で行けないのなら、頼むしかない。なに。難しい事はない。ただ少し、運ぶのが大変ってだけだ。
買ってきてほしいリストの詳細を話し出すと、康一くんは慌ててメモを取り始めた。そして全て聞き終えて「……仗助くん達も呼ばなきゃいけませんね…」と顔を引き攣らせた。