結婚してみる
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「ごめんなさい、監督。実は私、最近結婚したんです。ちょうどタイミングが重なっちゃって、関係者の方々には先に、近々お知らせをするところだったんです。」
例のドラマの件を正式に断るため、杜王町からわざわざオファーを頂いた監督のところまでやってきた。
もちろん、私ひとりでだ。
この後テレビ収録のお仕事も入っていて、どちらにせよ都内まで来なきゃいけなかったから仕方がないが…しばらく露伴先生とのふたりの時間を過ごしていたためか本音を言えば杜王町から出たくなかった。
いや、露伴先生から離れたくなかった、と言った方が正しい。
それでもこうしてやってこれたのは、いつも贔屓にしてくれる監督からのオファーだったので直接伝えたかったのと、露伴先生が「頑張ってこいよ」と行ってらっしゃいのキスをしてくれたからだ。
「君が結婚…。そうか…。監督としての僕は残念だけど、個人的には祝福するよ。おめでとう。しかし、全くタイミングが悪かったなぁ。」
ハッハッハ、と豪快に笑う監督に「このタイミングでなければ、喜んでお受けしたんですがね。監督のキャスティングは、毎回好評ですから」と相手を喜ばせる一言も忘れずに添えておく。
「そらで、結婚の公式発表はいつだい?事務所宛に1番大きな花束を贈ろう。」
「来週には、恐らく。実はまだ、写真が撮れてないんです。夫が、その前に旅行に連れてってくれて。」
「そうなのか!お相手は、聞いてもいいかい?僕の知ってる人?それとも一般人?」
「そうですねぇ…。お断りしてしまったお詫びに、監督にだけ先にお教えしますね。…内緒ですよ。」
声のトーンを落とした私を見て、監督は私の相手が一般人ではないと判断したようだったが…。
残念!露伴先生は有名人ではあるが、芸能人ではない。
「…漫画家の、岸辺露伴先生です。」
「…えっ、…えぇ〜!」
「ふふっ、驚きすぎです、監督。」
「岸辺露伴、って、あの岸辺露伴だよね?君が結婚するのも正直驚いたが…、へぇ〜、あの岸辺露伴とねぇ…。」
そんなに、意外だろうか?
そもそも私と露伴先生は元々友人であったし、お付き合いはしていなかったがとても話が合い一緒にいて居心地が良かった。
もしかしたら世間の反応も、監督と同じなのかもしれない。
…露伴先生の世間のイメージって、もしかして良くないのだろうか?
「露伴先生は、私の良き理解者なんです。それにお仕事には常に真摯に向き合って、妥協を許さないのが素敵だなぁって。ふふ…その癖、私にはとても優しく、過保護なんです。最近、彼の家に引っ越したんですけど、1人で外に出るな!なんて言われちゃって…、って、ごめんなさい。つい惚気けちゃいましたね。」
「いや、いいんだよ。…なるほどなぁ、僕のイメージしていた岸辺露伴先生と君の言う岸辺露伴は、随分違うようだ。」
「まぁ、お仕事に真摯に向き合っている分、妥協は許さないでしょうしね。自分にも他人にも厳しいんです、彼は。クリエイターの鑑、とでも言いますか…。本当、尊敬します。」
露伴先生を賞賛する言葉は、淀みなくスラスラと出てくる。
準備してあった解答とも取れるほどで、やりすぎ1歩手前で留めておいた。
これでも充分、露伴先生へのイメージは良い物になったのではないだろうか。
「…へぇ、なるほど…。…ねぇなまえちゃん。短編映画を作ってもいいかい?君と露伴先生のラブストーリー。」
「えっ?」
忘れていたが、監督も中々の仕事人間だった。
何でもかんでもドラマや映画にしたがるのだ。
「ダメですよ、監督。露伴先生は気難しくて、あまり人にプライベートを知られたくないんです。」
「あぁ、そこはイメージ通りなのか。」
「それに、露伴先生はメディアには出させませんよ!先生の素敵なところは世間に広めたいですが、漫画以外でファンができても本意じゃないでしょうし。」
「なるほど。分かったよ。…あ〜あ、残念だなぁ。」
これで、頭も良く気の回る監督は、私と露伴先生の今後の扱い方は理解した事だろう。
役をお断りした手前、向こうからの要求は全て飲みたかったのだが…生憎、独り身の時とは違い今は露伴先生がいる。
そして、なるべく露伴先生を尊重したい。
結婚の提案をした私はともかく、露伴先生は半ば巻き込まれたようなものなのだから。
「今度、露伴先生も一緒に食事でも」と言う監督に「帰ったら聞いてみますね。なにぶん、人嫌いなもので…」とフォローを入れつつ雑談をし、お開きとなった。
さぁ、この後は久しぶりの、テレビ収録だ。
番宣でもなんでもないが、テレビ局の方に結婚の話は通してあるはずだ。
放送予定日は結婚発表の直後。
これは露伴先生のイメージアップのため、私の腕の見せどころである!
マネージャーの案内のもと、私は次の目的地まで歩を進めた。
「なまえちゃん!」
「あぁ、藤崎さん。お久しぶりですね!」
収録も終わり挨拶周りをしている最中に声を掛けてきたのは、俳優の藤崎正樹だった。
何度か共演はしたが、印象は特にこれといってない。
「なまえちゃん、結婚するってマジ?結構ショックだわ!」
…うーん、前言撤回。馴れ馴れしくてウザい。
「あはは。もう6年もこっそりお付き合いしてたので、そろそろ結婚しようって。結婚ってなったら、また違う感情が湧いてきて…付き合い始めの頃みたいに幸せなんです。あ…ごめんなさい、つい惚気ちゃって…!」
「あぁ、いや…。」
「もう早く公表したくて…。話せるようになった人には、つい惚気ちゃうんですよね。さっきも高野監督のところで30分も喋っちゃって、反省したところなのに。」
「はは、そんなに?」
「私、好きな事になると口が回るみたいで。自分でもびっくりです。あ、ごめんなさい。そろそろ挨拶回りに戻らなきゃ。じゃあ、また。」
こんなチャラチャラした人間にかける時間なんてない。
あなたはただ、私がどれだけ露伴先生の事が好きか、露伴先生が私の前だと優しいのだという事だけ、周囲に伝えてくれれば良いのだ。
…なぁんて、ちょっと性格が悪いかもしれない。
「写真撮影なんだけど、今週末の金曜日でどう?」
「は、え…、今週末、ですか…!?」
今日の予定も全て終わり、ホテルへと向かうタクシーの中、マネージャーの口から出たのは急な予定の提案だった。
写真撮影とは、私と露伴先生のウェディングフォトの事だろう。
そんな急な予定、私は慣れているが露伴先生にしてみたら迷惑極まりないじゃないか!と心の中で抗議したが、そろそろ公表もしたいし、背に腹は変えられない。
「…一度露伴先生に、お伺いしてみます。」
大体失礼なんだよな、社長もマネージャーも。
本人に会ったら、そんな失礼な態度も取れないだろうに…と頭の中でぶつくさ言いながらスマートフォンを取り出しまず時間の確認をした。
時刻は22時。まだ露伴先生の眠る時間ではない。
もしかしたらお風呂に入っている可能性はあるが、とりあえず電話してみて出なければメッセージを残しておけば良いだろう。
と、いうのは建前で、露伴先生の声を聞きたいというのが本音だった。
プルルルル…としばしの発信音の後、一瞬の間を置いて「もしもし」と聞こえてきたのは間違いなく露伴先生の声で。
電話越しの露伴先生の声は久々だったので、思わず初心な少女のように心臓が音を立てた。
「露伴先生、急にごめんなさい。起きてましたか?今、お時間ありますか?」
「あぁ、まだ起きてたよ。なんだ、何かあったか?」
「えぇとまず、本題から。露伴先生、今週末の金曜日はお忙しいですか?マネージャーから、その日に写真撮影をしたいと言われまして。」
「…あぁ、金曜日……。大丈夫そうだ。特に予定はない。」
「良かった…。露伴先生、いつもお忙しいから、予定が入っていたらどうしようかと。」
これは、隣で聞いているマネージャーに対する嫌味だった。
ばつが悪そうな顔をするなら、今後二度としないで欲しいものだ。
「まぁ、仮に予定があったとしてもずらしてたさ。あれがないと、君も困るだろう?」
キュン、と心臓が切なくなった。
露伴先生のこういう気遣いが、堪らなく好き。
「それで、さっきこれを本題と言ったな。他にも何かあるのか?」
「…はい。露伴先生、今日は何を食べましたか?ちゃんと3食食べました?」
「っはは、君は僕の母親か何かか?あぁ、食べたよ。朝はトースト。昼はレトルトのパスタ。夜は出前を取った。」
「もう!食べてるけど…冷蔵庫に、色々入ってたじゃないですか。」
「いや…、君が作る飯が美味いから、自分で作る気にならなかったんだ。それに…、」
"君の作る飯が美味いから"なんて、素直に口にする露伴先生の言葉が嬉しくて口角が上がりかけたが、続いた露伴先生の声がなんだか言いづらそうにしていたので喜ぶのは一度待つ事にした。
「調理器具。どれがどこにあるのか、全然分からなかったんだよ。そもそも好きにしていいと言ったのは僕だからな。君に文句をつけるつもりはないよ。」
かわいい。
露伴先生がかわいい。
1回は戸棚の中を見たんだろうなと思うと余計にかわいい。
「だから、なるべく早く帰ってきてくれ。君がいないと、僕は一生飯が作れない。」
えぇ〜何それかわいい、好き。
電話越しの露伴先生がかわいくて、脳みそが溶けそうだ。
対面じゃない分、逆に少し素直なのかもしれない。
「私、もう露伴先生の胃袋掴んじゃったんですか?」
「…っはは、いいな、その返し。今度使わせて貰うよ。」
「本当ですか?光栄です。」
「それと、ティーセットと茶葉の場所も聞きたくてね。どこにある?」
「寝る前にカフェインは摂っちゃダメですよ。ハーブティーなら、冷蔵庫から左に2個隣の……」
プロポーズして良かったな、と思った。
私が一方的に想っているだけだと思っていたが、露伴先生だってきっと、歩み寄ろうとしてくれている。
ちゃんと結婚生活を営もうとしてくれている。
もちろんそれは露伴先生の仕事のためかもしれない。
だけどそれを前提として私も提案しているし、不満なんてない。
ただこの幸せな時間がなるべく長く続けばいいと、願うばかりだ。