結婚してみる
name change
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「その時に撮った写真がこれ。私が撮った露伴、モデルさんみたいじゃない?ねぇ、康一くん。」
「は、はぁ⋯。」
約2週間にも及ぶ休暇、もとい新婚旅行は大満足のうちに終了し、昨日無事に杜王町への自宅へと帰ってきた。
事務所からの不在着信にはあとで折り返し電話をするとして、露伴が電話で「土産を渡したい」と呼び出した康一くんを捕まえて、今回の旅がいかに楽しく幸せな時間だったかを熱弁させてもらっていた。
少々喋りすぎたと冷め始めた紅茶を一口飲むと少し鮮度が落ちていて、1度淹れ直そうと腰を上げると「いい、僕が淹れてくる」と露伴が横からティーポットを掻っ攫って行ってしまった。
「露伴先生⋯なまえさんには優しいんですね。」
コソッと何故か小声で言う康一くんを見て、私は首を傾げた。私"には"優しい、なんて、他の人には優しくないみたいじゃないか、と。
「露伴は、いつも優しいよ?康一くんにも優しいでしょう?」
「そう、でしょうか⋯?僕にはちょっと、分からないな⋯。」
「そう⋯。確かにそう言われてみれば、少し分かりづらいかもね。」
「少し…ですか…、はは…。」
なんだか康一くんは、納得していないようだった。
もしかしたら、まだ露伴の事をよく理解できていないのかもしれない。
「それにしてもこの写真、綺麗に撮れてますね。プロの人が撮ったみたいだ。」
話題を変えようと康一くんが手に取った1枚の写真は、ゴンドラで老夫婦に撮ってもらったものだった。
「あぁ、これ。撮ってもらった後に聞いたんだけど、本当にプロの写真家の人みたいだよ。」
「えっ!?そうなんですか!?」
「うん。名刺も貰ったんだ。本当すごいよね、カメラマンって。」
瞬間を切り取って、あとから一目見て思い出せる物。
あの紳士はどうやら人物を撮るのが得意だったようで、まるで見るだけで息遣いや周囲の喧騒まで聞こえてきそうである。
「なまえ、紅茶が入ったぜ。テーブルの上を片付けてくれ。」
「はぁい。ねぇ露伴、あとで写真立て買いに行きたい。」
「あぁ、分かった。たまにはS市内まで行ってみるか。」
「本当?嬉しい。」
露伴とデートができる!と考えただけで、旅の疲れも吹き飛ぶ気がする。
「その前にマネージャーには電話しろよ」なんて小言を言われたが、もう既に頭の中はスケジュールを組む事に大忙しだ。
「ねぇ露伴。せっかくS市の市街地まで行くんだから、色々見て回ってもいい?」
「フッ……あぁ、分かった。明日にしようか。僕が車を出すよ。」
なんだか子供扱いをされたような気がしないでもないが、それはもうこの際気にしなくていいや。
今の露伴先生の笑い方、綺麗でかわいかった。写真撮りたかったな。悔しい。
「なんだか露伴先生、雰囲気変わりましたね。旅行の間、何かあったんですか?」
「!…別に、僕は何も変わってないさ。気のせいだろ?」
ジト、とした目で露伴先生を見ていた康一くんの鋭い言葉に、露伴先生は僅かに口を尖らせた。
あれ、露伴先生、こんなに分かりやすかったっけ?
康一くんは「そうかなぁ?」と言って諦めた様子だが、どう見たって前とは違う。
…まぁ、私だけが分かっていればいいか、なんて優越感に浸ってみたり。
「…なんだその顔は。仗助なんかがやってたらこの上なくムカつく表情だな。」
「ふふっ、それってつまり、私ならムカつかないって事?」
「あぁそうだな。君の表情管理能力の賜物か?なぁ。今度仗助の隣で同じ表情をしてみてくれないか。興味が湧いた。」
「…!!はいっ!喜んで!!」
なんだか今日の露伴先生は、すこぶる機嫌が良いみたいだ。
珍しく目を輝かせてたくさん喋っていて、子供みたいで少しかわいい。
「なまえさんって…、その…。」
「うん、なぁに?」
露伴が席を外し部屋の外へ出たのを確認し、康一くんが言いづらそうに口を開いた。
この口篭りようは、よっぽど露伴には聞かれたくなかったのだろう。
絵に描いたような康一くんのその様子を、何か参考になるかもしれないとじっと見つめた時、ようやく康一くんがその重い口を開いた。
「その、…なまえさんは、本当に露伴先生の事が好き、なのでしょうか…!」
あまりに勿体ぶるものだから、康一くんのその言葉を聞いて少し拍子抜けした。
なんだ、そんな事か、と。
一応康一くんの前では夫婦として、名前を呼び捨てにしたり敬語を封印したりして、所作なんかも完璧だったはずだが…いや、露伴先生の事だから、康一くんには既に偽装の結婚だと言ったのかもしれない。
いやしかし、だからといって私の返答は何も変わらないのだが。
「好きだよ。当たり前でしょう?」
「当たり前…。いや、だって露伴先生は、」
「それは露伴から聞いた話でしょう?私が露伴を好きだとか好きじゃないとか、私の言葉を聞くべきじゃない?康一くんが聞きたいのは、私が露伴を好きかどうかじゃないの?」
「……それは、…そう、ですね。すみません!」
康一くんが勢いよく頭を下げるのを見て、思わず(しまった!)と思った。
私よりも3歳下の、社会に出てまだ間もない子を相手に…それも露伴の唯一の友達である康一くんを理詰めしてしまったと、素直な謝罪を見て少しばかり良心が痛んだ。
「つまりは、私は露伴の事を好きって事。7年前からずっとね。」
「えっ?な、7年も前からですか?」
「そうそう。…露伴の気持ちは、知らないけどね。」
(私も、露伴の心の中が読めたらなぁ…)と心の中で付け足した。
この前露伴に私の本心を読んでもらった時、露伴は何も言わなかった。何も言わず、私をかわいがった。何も言わなかったから、私は露伴がどう思ったか知らない。
別に「僕も好きだ」だとか、「これから真剣に考えてみる」だとか、そう言って欲しかった訳じゃない。私が、単純に私がどれだけ露伴を好きか、知って欲しかっただけだ。
それなのに何も言って貰えなくて不満を抱くだなんて、そんな面倒くさい女にはなりたくはない。なるつもりもない。
ただ、私の心の内を見ても何も心が動かなかったのではないかと、私の露伴に対する好きが足りなかったのではないかと、あの時見せたのは間違いだったのではないかと、少しだけ…ほんの少しだけ後悔していた。
「ねぇ、康一くんも結婚してるよね?今度は奥さんも連れてきてよ。会ってみたい!」
そんな不要な気持ちを康一くんに悟られぬよう、明るい声で話題を変えた。
パチン、と手を合わせたのはやりすぎだったかもしれないが、康一くんはそんな事に気づく素振りもなく首を傾げ、また微妙な空気を醸し出した。
「えっ…!?あー…、その、実は由花子さんと露伴先生、仲が良いとは言えなくて…。」
「そうなの…?じゃあ、露伴が出掛けてる時とかは?」
「露伴先生がなまえさんを1人にするでしょうか…?」
その問いに関する答えは、NO一択だ。
露伴は自身が有名人であるというのに変装なんて一切せず、その代わりにといってはなんだが、私のプライバシーに関しては私よりも徹底している。つまりは、露伴が私を1人で外に出すなんて事は私が仕事に行く時以外にはありえないという事になる。
「じゃあじゃあ、康一くんのお家にお邪魔するのは?康一くんの家に、露伴に送ってもらうの!」
「それならまぁ、考えてやらん事もない。」
「露伴!」
突然の露伴の登場に、内心少し驚いた。一体いつから話を聞いていたのだろうかと。
「康一くん。さっきから携帯鳴ってるぜ。何度も掛けてきてるって事は、由花子だろ。康一くんの帰りが遅くて、やきもきしてるんじゃあないか?」
「えっ!?うわ、もうこんな時間…!帰らなきゃ…。露伴先生、なまえさん、慌ただしくてすみません、また今度…!」
バタバタと慌ただしく帰り支度をし転びそうになりながら部屋を出ていく康一くんを、私は呆然と眺める事しかできなかった。奥さんからの電話だというのに、あんなに焦った顔をして逃げるように帰るなんて、一体由花子さんとはどんな人なのだろうかと興味を惹かれた。
「ねぇ露伴、本当に今度、康一くんのお家に連れてってくれるの?」
「…君の目的は、康一くんか?由花子か?」
「?由花子さんだけど…?」
「そうか、ならいい。あとで康一くんに連絡しておく。…というか、なんだ、由花子"さん"って。由花子は君よりも年下だ。"さん"付けなんてしなくていい。」
どうやら康一くんが言っていた通り、本当に露伴と由花子さんの仲は良くないみたいだ。まぁ私としては、都合が良いのだけど。