結婚してみる
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「もう無理……動けません…。」
「…安心しろ。僕ももう無理だ。」
何度も痙攣を繰り返した彼女の体は限界を迎え、終了の宣言とともにくた…とベッドの上で項垂れた。
いくらか体力のあった僕が後始末をしていると「やっぱり露伴先生、優しいですね…」と力なく言うので「別に誰にでも優しいわけじゃあない」と返すと嬉しそうに目を細めて綺麗に口角を上げた。
「…ごめんなさい、露伴先生。私、「いいから、早く寝ろ。明日もドルチェ、食べるんだろ?」
2度目の謝罪を遮って布団をかけると、じっと僕の目を見たのちに「うん」とだけ呟き目を閉じた。
「おやすみ、なまえ。」
「うん…おやすみ、露伴…。」
おやすみの挨拶ももう慣れたものだ。
最初は(僕だけが)ぎこちなかったのだか、彼女が毎日根気よく"おやすみ"と言い続けていたおかげである。今日の彼女の告白と、僕らの初めての性行為で、また僕らの関係は何か変わるのだろうか。そう考えるとやはり、彼女との結婚は正解だったな…と考えるのは彼女に対して失礼だろうか。
(もうこんな時間か…寝よう。)
彼女も既に寝息を立て始めている事だし、シャワーは明日起きてからでいいか、と、最近すっかり定位置となった彼女の隣で、布団に潜って目を閉じた。彼女の隣は、安心する。
「もしもし…。今、ベネチアなんですけど……。あぁ、ドラマですか?」
翌朝、彼女の話し声で目が覚めた。声量を抑えた静かな声ではあったが静かな部屋では目立ってしまい、気を遣って話しながらベッドを離れようとした彼女と目が合った。
「ごめんなさい、起こしちゃいましたね。」
「…いや…仕事の電話だろ?気にせず、ここで話していい。」
寝惚けながらも彼女の手を見つけて引っぱると、緩やかにベッドへと戻ってくる彼女の体。いつの間にか下着を身につけてバスローブを羽織っているので、少し前には起きていたらしい事にその時気がついた。
「あ、はい、聞いてます。それでいつから……。えっ、来月ですか!?しかも高校生って……、いや、私、結婚発表するんですよね?イメージ微妙じゃないですか?あぁ、なるほど……。私いま、露伴先生との新婚旅行中で忙しいので、帰ったらまたこちらからご連絡します。それじゃ、失礼します。」
高校生とかいう面白い単語が聞こえた気がして、微睡んでいた意識が一気に覚めた。まさかとは思うが、彼女に女子高生の役が回ってきたとでも言うのだろうか。まぁ彼女の事だから、演技の面は問題ないだろう。それに外見だって、学年に1人はいる大人びた女子生徒という立ち位置の役ならば全く違和感がない。問題があるとすれば、彼女が結婚の発表をするタイミングだという事だけだ。
正直、彼女の女子高生役は見てみたい。と思っているのが顔に出ていたのか、目が合った彼女は途端に困惑の表情を浮かべた。
「露伴先生…面白がってます…?」
「はは、あぁ、面白いね。受ければいいじゃあないか。」
聞くとどうやら、元々該当の役に決まっていた女優がスキャンダルになってしまいその後釜だという事らしい。
「逆に話題性抜群じゃあないか。ドラマの視聴率も上がるだろうしな。」
「それはそうでしょうね。……いや、この話は帰ってからにしましょ。」
「そうだな。何せ新婚旅行、だからな。」
「そうです。だから露伴先生も、一旦忘れてください!」
ムキになって言う彼女は可愛らしく、これなら女子高生役も問題なくできるだろうな、と思ったが、そろそろ準備を始める時間なので口には出さなかった。予定が狂うのは勘弁だからな。
朝と昼、どちらも食後にはしっかり複数個のドルチェを平らげた彼女は1日中ご機嫌で「さすがに太るかも」とか言ってはいたがこれまで太っていた事なんてなかったのでその姿が想像できなかった。むしろ、少し肉がついた彼女の姿を見たいまであるのだが…それは彼女が許さないだろう。
「気温が下がってきましたね…露伴先生、寒くないですか?」
「あぁ、問題ない。…君は寒そうだな。うわっ、冷たっ!」
寒いと言って両手を擦り合わせる彼女の手に触れると案の定冷たくなっており、また僕に気を遣って何も言わなかったのだと気づいた。
「全く…。寒いなら寒いと言えばいいだろう。」
「寒さが気にならないくらい楽しくて…気づきませんでした。」
「ハァ…そんなわけがあるか。すぐに防寒具を買いに行くぞ。」
自身の身につけていたマフラーを彼女に巻いてやると、頬まで冷たくて驚いた。よく見たら鼻の先も赤くなっているし、どう見ても体が冷えきっている。だと言うのに「露伴先生の匂いがする…」とはにかんでいる彼女は、実はアンドロイドなのではないかと一瞬、馬鹿な考えが頭を過ぎった。
「はぁ…露伴先生、とっても綺麗ですね。」
手袋やらマフラーやらを買い揃えて、無事に日暮れ時のゴンドラへ乗る事ができた。彼女がため息混じりに在り来りなセリフを口にするが、本当に美しく絵になる風景で、僕もそれ以外の言葉が浮かんでこなかった。写真を撮るためにファインダーを覗くのさえ勿体ない景色だ。
「…露伴先生、写真、撮りましょうか?」
「!…いや、大丈夫だ。」
ゴンドラに揺られながらボーッと景色を眺めていたところにかかる彼女の気遣いの声に、咄嗟に遠慮の言葉が口をついて出た。
「…ふふ、私、実は少しだけカメラ使えるんです。私も撮ってもいいですか?」
なるほど、口が上手い。僕が自分の目て見たいという思いを理解しつつ、気を遣わぬように言葉を変えて彼女自身が写真を撮りたいのだと言う。こう言われては、断る理由もない。
「水に落とさないようにな。」
「はい、露伴先生。」
嬉しそうに手渡された僕のカメラを構える動作は慣れたもので、思わずその横顔を目に焼き付けようと数秒見入ってしまい、慌てて周りの景色へと視線を戻した。本当、何をしても絵になる奴だな。
カシャ
「……おい、君いま…。」
「ふふ、露伴の横顔が綺麗で、撮っちゃった。」
「はぁ?」
「ねぇ、現像したら、私に頂戴ね。」
「なら僕も、君の写真を撮ってもいいよな?返してくれ。」
「そうね…美人に撮ってね。」
あっという間に返ってきたカメラを落とさないように受け取ると同時に、後ろからトントン、と肩を指で叩かれた。
「よかったら、2人の写真を撮ろうか?」
そう言ったのは、国籍は分からないが高齢の夫婦で、なるほど、それもいいなと思った。
「いいんですか?お願いします!」
僕が言うより早く彼女が答えて、場が和む。この国はスリが多いと聞くが、もし不審な動きをした時は僕にはヘブンズ・ドアがある。
カメラを手渡すと旦那さんの方が慣れた手つきでカメラを操作して、奥さんが「もっとくっついて!」や「楽しそうにして!」と野次を飛ばしてくるのがなんともいたたまれなかった。そんな事は彼女に言うわけがないからで、その言葉は全て僕に言われていると分かったからだ。
「…僕はあまり、写真を撮られ慣れてないんだ。」
「これから慣れていけばいいのよ。写真は撮った方がいいわよ。大事な人との写真なら尚更ね。」
「そうか…覚えておこう。」
覚えておきたい思い出なんてものは今まであった試しがなかったが、彼女はそういうのが好きそうだな…と思い至った。
仕方ないから、付き合ってやるか。